27年ぶりの来日でエモーショナルな歌を聴かせるジョン・ハイアット。今宵は彼のソロ・ステージを堪能しながら、初夏の夜風を満喫しよう。
燻し銀のギター、エモーショナルで彫りの深い歌声――。そぼ降る雨の中を、今は無き日本青年館に出向いて聴いたバンド・サウンドでのジョン・ハイアット。あれから、27年も時が流れていたとは!順調にキャリアを重ね、存在感のある渋い歌声で人生の喜怒哀楽を届け続けてきたジョンが、『ビルボードライブ東京』のステージにソロで登場した。
70年代からシンガー・ソングライターとしてアルバムを発表し、87年には『ブリング・ザ・ファミリー』をニック・ロウ、ライ・クーダー、ジム・ケルトナーというゴージャスなバックアップで制作し、大ヒット。続く『スロウ・ターニング』でも男臭い歌を聴かせ、一躍、アメリカン・ロックを代表するミュージシャンになったジョン。アメリカの労働者階級の平凡な暮らしを細かく描写した歌の数々は素晴らしく、「オレのことを少しだけでも信じてくれれば、それでいい」と不器用な男が切々と歌う「Have A Little Faith In Me」などは真の名曲として、今、聴いても胸が熱くなる。そんなジョン・ハイアットがソロで来日するというニュースが飛び込んできたのだから堪らない。
90年代には『ブリング・ザ・ファミリー』のレコーディング・メンバーで『リトル・ヴィレッジ』というグループを組み、アルバムまで発表していたジョンだから、バンド志向の強い人かと思っていただけに、ソロでの来日というのは意外で、嬉しい展開だ。以前のときは無骨ながらもグルーヴィなバンド・サウンドの上でイキイキと歌っていた彼のソロ・ライヴがどんなものになるのか、とても興味が広がって楽しみで仕方なかった。
果たして1人でステージに上がったジョン。それにしても、いい曲を書く人だ。持ち前の渋い喉を繊細な抑揚を利かせながら、言葉を噛み締めるように歌う、聴き覚えのあるナンバーたち。ヘヴィ・ゲージのギター弦から弾き出される音は彼の声をしっかり支えて太く、ソロで来日した意図がよく伝わってくる。つまり、彼は今まで作ってきた曲の核心をえぐり出すように音数を絞り、曲が持つメッセージにピントを当てようとしているのだ。会場は曲が1つ終わる度に喝采が沸く。ギターもハーモニカも演奏はシンプルそのもの。決して楽器のテクニックで聴かせる人ではなく、歌の持つ表情や世界観でオーディエンスを惹きつけるミュージシャンなのだ。
近年も順調にアルバムをリリースし、実に20枚以上の作品を発表しているジョン。今回のライヴは、それらで歌い綴ってきた自己表現の世界を深めていくプロセスの1つに感じられた。長年、来日しなかった間に発表したアルバムからの曲にも味わい深いものが多く、彼が曲作りの腕を磨きながら、ソロという原点に回帰してきたことがひしひしと伝わってくる。
これぞ大人の、そして男のロック。塩辛い彼の声に耳を傾けていると、人生の深さをほんの少しだけでも知ることができるような感覚になれるから不思議だ。人生、悲喜こもごも。いいこともあれば、悪いことも――。でも、ジョンはそんなことも含めて“生きる価値”を聴き手の心に食い込んでくるメロディに乗せて、我々に伝えてくれているのではないか。そんな印象を抱いた今回のソロ・ライヴは、僕の心のやわらかい部分を鷲掴みにし、すっかり彼の歌の虜になってしまった。歳を重ねることで、これだけ深みのある表現ができるようになるのであれば、長く生きることの価値が確かに存在する。
音楽シーンの第一線で活動しながらも、近年はマイ・ペースで傑作を発表し続けているジョン・ハイアット。彼のライヴは、今こそピークを迎えていると言っても過言ではない。残る公演は東京で23日、大阪で25日。絶対に見逃したくないステージだ。
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。夏野菜が旬を迎えるこの時期、ズッキーニやパプリカ、トマト、ナスなどを煮込んだラタトゥイユと一緒にプロヴァンスのロゼワインを。バゲットを用意すれば食事代わりにもなるから、ぜひともお試しを。
Photo: Masanori Naruse
◎ジョン・ハイアット公演情報
ビルボードライブ東京
2015年5月22日(金)~23日(土)
ビルボードライブ大阪
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