国会議員が最も真剣に向き合った法律

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【山本洋一・株式会社政策工房 客員研究員】

 国会議員たちの長い夏休みが終わり、週明けの29日から臨時国会が始まる。審議が予定される法案の中で、最も注目されそうなのがカジノの国内解禁に向けた「統合型リゾート(IR)整備推進法案」だ。与党内でも賛否両論が渦巻いており、党派の壁を超えた激しい議論が予想される。

 与野党のカジノ推進派議員は今春の通常国会にIR法案を提出。通常国会では本格的な審議まで辿り着かず、臨時国会への宿題として残った。臨時国会は重要法案が少なくなる見通しのため、官民問わず、成立への期待が高まっている。

 ただ、法案を提出したのは超党派で作る議員連盟。与党内でも意見がまとまっているわけではない。自民党内にも慎重派はいるし、公明党内には反対派議員が多い。民主党などその他の野党でも賛否が割れており、いざ採決となった場合には各党が党議拘束を外す可能性がある。

 党議拘束とは、国会で議案を採決する際に、党が「賛成」「反対」の方針を決め、全議員に方針に従うよう求めること。米国ではほとんど適用されないが、日本の場合はこの党議拘束が非常に強い。各政党は基本的にほぼすべての案件で党議拘束をかけ、違反すれば罰則の対象となる。

 全議員が出席する本会議の前には「代議士会」(衆議院の場合)を開き、国対幹部が議案の賛否を確認するのが習わし。「このA法案は賛成で、B法案は反対、C法案は棄権です」というように、丁寧にレクチャーするのだ。それでもたまに間違える議員がいるのだが。

 かつて各党が党議拘束を外した、珍しい例が2009年の臓器移植法改正だ。

 以前の臓器移植法は、移植元の対象年齢を15歳以上と限定していた。そのため深刻な病を抱えた幼い子どもに合う臓器が国内で見つからず、臓器を求めてアジアなどに出向く例が多かった。このことが海外から「日本人が臓器を買いあさっている」と批判され、対象年齢の引き下げが課題となっていた。

 しかし、脳死となった子どもの臓器を摘出し、息の根を止めることには根強い反対がある。家族の判断で心臓が動き、体もあたたかい子どもを「殺して」しまっていいのかーー。反対意見の中には「臓器を売るために子供を虐待し、脳死に追い込む親が出るのではないか」といった声もあった。

 こうした問題に、明確な「答え」はない。それぞれの死生観や宗教観、倫理観によって様々な正解がありうるだろう。各政党内でも賛否が割れ、最終的に推進する立場のA案や慎重な立場のC案、中間派のB案、折衷案のD案という4つの案に収束された。そして棄権した共産党を除く各党は党議拘束を外し、全国会議員が自由な立場で採決に臨んだ。

 2009年6月18日、今も忘れないが、本会議場は緊張感に包まれていた。マスコミの事前調査では態度を明確にしない議員が多く、採決の行方は読めなかった。各議員は自分の持つ1票で結果が変わるかもしれないと考え、苦悩の表情を浮かべながら投票に向かった。記者席にいた私も、その様子を固唾を飲んで見守った。

 結果はA案が賛成263票、反対167票、棄権56票で可決。残る3案はすべて否決された。参院でも党議拘束を外した採決でA案が可決し、成立。2010年に施行され、幼い子どもたちへの臓器移植の道が開けた。

 採決結果をどうこういうつもりはないが、あの時ほど国会議員が一つの法案に向き合った瞬間を私は知らない。普段は投票行動が党によって決められているので、半ば適当に票を投じる議員が多いのだ。特に与党は政府が提出した法案にすべて賛成するからなおさらである。ここに国会改革のヒントが隠されているのではないか。

 政局につながるような対決法案はともかく、一般的な「軽い」法案であれば、党議拘束を外して採決してみてはどうか。議員提出法案も自由投票に適しているだろう。党から投票行動を支持されなければみんな、真剣に考える。そうでなければ有権者にも行動理由を説明できないからだ。

 与党による「事前審査」制度も再考の余地がある。事前審査とは政府が法案などを国会に提出する前に、与党の政策調査会などで議論すること。これを通ったものは与党が「お墨付き」を与えたことになり、国会の審議で賛成する理由となる。逆に与党がお墨付きを与えたものに、与党議員が反対するのは論理矛盾となってしまう。

 そのことが国会における審議を空洞化させている。最初から結論が決まってしまっているので、与野党ともに真剣に議論しないのだ。国会審議を活性化させ、国民のために議論するようにするには、与党の事前審査と党議拘束のあり方を見直さなければならない。

 さて、IR法案の行方やいかに。

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