小説家・深町秋生×映画ブログ「破壊屋」が映画『渇き。』の魅力を語る! 「ヒロインは薬のメタファー」
第3回宝島社『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した深町秋生さんの「果てしなき渇き」(宝島社刊)を、『告白』の中島哲也監督が映画化。元刑事のロクデナシ親父・藤島が、成績優秀、容姿端麗、学園のカリスマでもある失踪した女子高生の娘・加奈子を探すうちに、娘の本当の姿が明らかになるという衝撃の物語が6月27日より公開となります。
役所広司が日本映画史上トップクラスのクズを演じ、暴力シーンやドラッグシーンにも果敢に挑戦しながら、中島監督らしい色彩美でポップに仕上げた本作は、ドラマの映画化や誰も得しない企画映画、難病もの、広告代理店映画ばかりが生まれる今の日本映画界において、キラリと光る希望でもあります。
今回は原作者の深町先生と、毎年読者の投票によるランキング「この映画はいったい誰が観に行くんだ!?大賞」を発表している映画情報中心のブログ「破壊屋」管理人ギッチョさんによるスペシャルな対談が実現。「今はお行儀のいい安全な時代だけど、映画はつまらなくなっている」と日本映画界を危惧するお2人に、最凶の劇薬エンタテインメント『渇き。』の見所についてお話を伺ってきました。
――まずお伺いしたいのは、「果てしなき渇き」の映画化が決まった際の率直な感想なのですが。
深町:決まりました、っていう明確な決定の日が無くて、じわじわと進んでいった感じですね。最初は宝島社『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した時に中島哲也監督が興味を持っているというお話を聞いて、その1年後にお会いして小1時間話して。内容が内容なんて無理かもしれないなと思っていたんですが、そのさらに1年後に準備稿が来てすごく面白いなと思ったけど、まだ信じがたい部分があって。
一昨年になってから映画の撮影が進んでいる事と、配役を知ってゲゲって思って。役所さんをはじめ、豪華すぎるキャスティングだったので。
破壊屋:役所広司が藤島っていうのが一番驚きですよね。キャストが決まってから「果てしなき渇き」を読み直すと、藤島のセリフが役所さんで脳内再生されるという。
6年前、一緒にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのライブに行った帰りに飲み屋で深町さんが「俺の小説は映画化無理だろうな」と話していて、私はその時「果てしなき渇き」を読む前だったので「そうなのかな?」と思う部分もあったけど、読んだら「ああ、これは無理だ」と(笑)。
深町:やっぱりそうだよね(笑)。
――私も「果てしなき渇き」を読んだ時に、誰をも虜にしてしまう加奈子役とうのはキャスティングがすごく難しいと思っていたのですが、小松菜奈さんは見事なハマりっぷりですね。
深町:本当にそうですね。あの子が相手では皆たらしこまれるでしょう。妖しい魅力というか。新人さんを選んだからこその無垢な部分もあって、監督の手腕ですよね。
破壊屋:あんな子いたら確かに野球部辞めるわっていう。原作だと野球部を辞めるあたりの描写もすごくリアルですよね。あれって深町さんの実体験に近いんですよね?
深町:小説の中の瀬岡(映画では「ボク」)みたいに暴行されたりだとかは無くて、全てが実体験なわけではないけど、野球部で酷い目にあったというのは本当で。体育会系的なものに対して常に反逆する性質が身に付いてしまって。26、7の時に書いたのですが、サラリーマンをやっていて全然面白く無くて。当時「リタリン」という強力な精神賦活剤を処方されていたのですが、これは今では規制が厳しくなって、簡単には処方されない薬になりました。、それを飲んでハイになっていたりしたんですが……。
次第に耐性が出来てきて1錠が2錠に、2錠が3錠と量が増えていって、そんなにたくさんには医者も処方してくれないですから、ナルコレプシーという睡眠障害用の薬を海外から輸入してきて飲むという薬中心の生活になってしまって。「果てしなき渇き」は半分イカれた状態で書いていたわけです。だから、今思うと加奈子ちゃんっていうのはリタリンのメタファーかもしれません。
破壊屋:なるほど! 加奈子は薬のメタファーなんですね。
深町:薬がたくさん出てくるから暗喩しているわけじゃないんだけど。その時はハイになるけど、後から疲労がどっと来て10数時間寝てしまうという。翻弄されていましたね。
破壊屋:原作だと加奈子が置いていった覚せい剤に藤島が元気づけられるというシーンがありますね。映画だと違う表現になっていますが、役所さんが覚せい剤を使うシーンって『シャブ極道』好きからすると、どんな女優のヌードよりもサービスショットですよね(笑)。
深町:そうそうそう、良いシーンだよね。
破壊屋:役所さんってビールと車と住宅のCMに出ているじゃないですか。この映画だと、お酒に酔っぱらって娘殴って、車で人はねてっていう。全部酷い事になっていますよね。大丈夫なのかなっていう。
深町:でも、ほらビールうまそうに飲んでるから良いんじゃない(笑)。
破壊屋:車のCMって特にアルコールとか、不祥事に厳しいじゃないですか。車のCMも出て、『渇き。』で藤島を演じられる役所さんってすごいですよね。
深町:好感度だって下がるかもしれないしね。僕の書いた原作は非常にウェットな物語なのですが、映画では暴力的でありながらポップな作風に仕上がっていて。酷い話なのにそれを明るく楽しくっていう中島イズムを感じましたね。
破壊屋:やっちゃいけない事をやってくれる監督ですよね。映画って観客からするとやっちゃいけない事をやって欲しいんですよ。日本のエンタテインメント映画ってあまりそれをしないですよね。誰にでも受け入れられる方を選択する。今って悪ガキがタバコを吸うシーンすら規制されたりして。
深町:まったく、くだらない。そんなアホらしい事ないよ。
破壊屋:それに反発している様な作品ですよね。悪ガキがタバコ吸うどころじゃない事をやってくれてる。大切な映画です。原作だとHIPHOPが流れるクラブのシーンが、映画だとでんぱ組inc.のアイドルソングになっているという。アイドルソングの方がHIPHOPより狂っているという。色調もカラフルですごくて。暴食的なのにポップというこの映画を象徴するシーンですよね。
深町:そう、そこが『渇き。』で一番感動したシーンかな。若者のパーティが格好良く撮れてるっていう。ヘタすると『マトリックスリローデッド』のださすぎるパーティーシーンになっちゃうから。
――「果てしなき渇き」を書くにいたってはそうした若者のパーティとかドラグ事情とか取材をしたりする事はあったのでしょうか?
深町:いえ、一切していないですね。あくまでも個人的な心情や感情から想像をふくらませて。
破壊屋:原作発表時は「大宮を舞台にしたハードボイルド」って事で話題になっていましたよね? 新宿じゃない。
深町:そんなに話題にはなっていないけどね(笑)。当時、池袋や渋谷を舞台にしたクライムサスペンス物が流行っていたからね。都心に特化した物語があふれているのが嫌で、埼玉の様などこででもあり得る物語にしたかった。『渇き。』も高速道路のサービスエリアやショッピングモールなど、どこの街でもあり得るストーリーになっていますよね。
――ここまで過激なシーンの連続でてっきりR-18かと思いきや、R-15という(笑)。
破壊屋:それは本当に思いましたね。よくぞこれをR-15に出来たと!
深町:ギリギリに見せないテクニックがすごいんだろうね。でも薬のシーンはばっちり出てたな。
破壊屋:大人がドラッグやるならともかく、子供がやるのはアウトですよね。映倫って判定する人のさじ加減という話を聞くので、もしかしてその人はドラッグじゃなくてお菓子だと勘違いしたのかな。
深町:いや、もろ薬だよね(笑)。配給会社さんの努力の賜物だろう。
――やはり昔と比べて去勢された日本映画が多いというか、ライトな物ばかりになっているという傾向があるのでしょうか。
深町:世の中がどんどんキレイ好きになっちゃってる。昔は高倉健さん主演の『山口組三代目』というモロな作品を上映出来ていたわけですから。
破壊屋:時代としては今の方が良いかもしれないけど、過激な大衆映画が無いと寂しいですよね。そんな時にこんな『渇き。』みたいな映画が出てくるとシビれるわけですよ。
深町:昔は高校生の校内暴力とかすごかったからね。それが良い事だとは全然思わないけど、若い時に多少荒れているくらいの方が耐性がつくんじゃないかな。いい子ほど、群れてるととんでもないことやらかしちゃうような気がするし、皆がやってるからいいじゃんっていう。ただの偏見だけど。
破壊屋:『渇き。』って全キャラむかつくんですよね。私が映画を観て一番良かったなと思うのは、役所さん演じる藤島と、オダギリジョーさん演じる愛川の役柄が対比になっている所ですね。家庭を築けなかった男と、完璧な暮らしを築いている男が対決するという。映画冒頭に出てくるあるシーンは「ダイワハウス」のパロディかと思っていたんですが、伏線になっているという。そういった細かな演出にも注目して欲しいですね。
深町:原作者としても、こんなに素晴らしい映画が出来上がって嬉しいです。『嫌われ松子の一生』の中島監督らしいポップな映像に包まれた、痛いほど暴力的なこの映画を出来れば多くの若い人に楽しんで欲しいですね。
――今日は楽しいお話本当にどうもありがとうございました!
関連リンク
『渇き。』
http://kawaki.gaga.ne.jp/破壊屋ブログ
http://hakaiya.hateblo.jp/entry/2014/06/24/002000 [リンク]
「果てしなき渇き」
受賞歴
第3回(2004年) 『このミステリーがすごい!』大賞受賞内容紹介
失踪した娘を捜し求めるうちに、徐々に“闇の奥”へと遡行していく父。娘は一体どんな人間なのか――。ひとりの少女をめぐる、男たちの狂気の物語。その果てには……。著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
深町/秋生
1975年、山形県生まれ。専修大学経済学部卒業。製薬メーカー勤務
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