この部屋では人間臭いドロドロとした感情が露わに……『愛の渦』【菅野いちはの映画レビュー】
はじめまして。AV女優の菅野いちはと申します。2012年9月にAV女優として活動開始し、これまでに50本以上のアダルトビデオの撮影を経験してきました。性格はマイペースで真面目。モノづくりが大好きで、ピンク映画や舞台にも挑戦しています。今年3月に大学を卒業し、さらに精力的にアダルト分野で活動したいと思っているところです。ひょんなことからこの連載のお話を頂き、こうして筆を執っています。拙い文章ではありますが、楽しんでいただける連載になればと思っています。どうぞよろしくお願いします。
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第1回の題材に選んだのは、三浦大輔監督の「愛の渦」。男女10人がマンションの一室に集まって乱交パーティーをするという、AV女優としては観ずにいられない内容。これが性に閉鎖的な日本でロングラン上映になっているという事実にますます興味をそそられた。
日曜日の夕方、客層は全体的には30代くらいの男性が多い印象だが、白髪の紳士から20代女性グループやカップル等、様々。ほう、この人たちはみんな「乱交」に興味をもってやってきたのか。セックスってこんなに普遍的なものなんだ、と当然なことに思い至った。
他人のセックスを見る
AV女優になるまでは、他人のセックスを見るなんて経験は皆無だった。きっとみなさんもそうではないだろうか(この映画を観てしまったいま、その発想に自信は持てないが)。そしてAV女優としてある程度の場数を踏んだいま、他人のセックスを見るなんてことは、もはや日常となった。同日撮影の他の女優さんの喘ぎ声を聞きながらお弁当を食べることに、なんの違和感もなくなった。職業病である。
ただ、私が見聞きしているのはあくまで見せるためのセックス。この映画に出てくるのは、ニートや学生やサラリーマンなどの生のセックス。しかもそれを互いに覗き合う。「この人ってどんなセックスするんだろう?」野次馬根性もありつつ、ふと他人のセックスと自分のセックスを比べて、安堵したり焦ったり。そんな登場人物の心理に思わず飲み込まれてしまう。日常の中のセックスって、AVで見るよりもずっと汗臭くて感情がもつれてて無意識で、えげつない。そんなリアルさが描かれているから、見ていてムズムズと歯がゆくも面白いんだろうな。
昼と夜は別世界
ふたつの象徴的なシーンがあった。冒頭、池松壮亮扮する主人公が乱交パーティーの行われる部屋に向かう路地の途中に現れるY字路。もうひとつは、大乱交の夜が終わってカーテンを開けると突如として射しこむ朝の光。
プライド、情、美醜、欲、羨望、蔑視……夜のこの部屋では、太陽の下では隠れてしまう人間臭いドロドロとした感情が露わになる。あまりにもまざまざと見せつけられるから、あ、自分もこんなにドロドロしてていいんだ、って自分を肯定されたようで気持ちよくなる。先入観なんか取っ払った人生の分かれ道に一歩踏み入れたら、なんだか生真面目に生きてきた自分がバカバカしくなっちゃった。こんな面白い世界があったなんて! このまま知らずに生きてたら損してた。いまAVをやっている私の心境そのままだ。しかし一転、大騒ぎの夜が明けると、みんな元通りに服を着て、カバンを持ち、名前や肩書きを取り戻し、それぞれの生活に戻っていく。さっきまでのは夢だったの? と騙されたような感覚に陥る。でも、この一夜を経験した彼らは、確実に昨日までの彼らとは違っているはずだ。
劇場を一歩出て、思わず一緒に観ていた人の顔を見回した。性も年齢も仕事もふだん見ている世界もバラバラであろう、人、人、人。その人らの存在がすべて性的に見えてくる、非日常の感覚を覚えた。「この人ってどんなセックスするんだろう?」ここにいる人たちであの部屋に集まったとしたら、私はどう思い、誰とセックスするのだろう? この映画を観たあとは、きっと誰しもそう思うのではないだろうか。
プロフィール
菅野いちは(かんの・いちは) AV女優。ピンク映画、舞台でも活躍中。NAXプロモーション所属。
Twitterアカウント @kanno_ichiha
公式ブログ「徒然いちは」http://blog.livedoor.jp/kanno_ichiha/
(C)映画「愛の渦」製作委員会
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