放射能はジワジワやってくる

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放射能はジワジワやってくる

今回はessaさんのブログ『アンカテ』からご寄稿いただきました。

放射能はジワジワやってくる

原子爆弾は爆薬ではない

原発の放射能は「ドカーン」と来ることはなくて「ジワジワ」来ます。安全厨にも危険厨にもここを勘違いしている人が非常に多い。

放射能を爆薬の超強力なやつと思ってるんですね。それが一番の間違い。これをなるべく簡単な言葉で説明してみます。

爆薬っていうのは、反応を止めることも加速することもできる。放射能はそれができない、超マイペースなんです。

たとえば地雷なら、分解するか爆破してしまえばいい。分解が反応を止めることで、爆破が反応を加速することです。放射能は(正確には放射性物質は)、そういう意味で、止めることも加速して無効化することもできません。常にマイペースでジワジワ熱を出し続ける。

この熱を止めることができるという話はドラエモンレベルのSFになります。本当に止められたらアインシュタイン10人分くらいの天才。放射能はそれくらい定評のあるマイペース。

「外で何が起きても一定の熱を出し続けるもの」って、地球上にはほとんどありません。だから、本当は、勉強しないと放射能のことはわからない。こんなブログを見ている場合ではないんです。勉強してないとニュースを見て、いろいろな方向に勘違いしてしまいます。

たとえば、「石棺にしてしまえ(コンクリートで封じ込めろ)」なんて言います。これは、封じ込めることによって熱の発生が止まることを期待しているからだと思うのですが、放射性崩壊の熱の発生は、たとえコンクリートで密閉しても止まりません。熱の対策がないまま封じ込めると、中の燃料の温度が(少しづつですが)どんどん高くなって、最後には、コンクリートを溶かしてしまいます。そして、高い温度の燃料が外に出て来ると水蒸気爆発によって破壊的な結果になる可能性があります。

そして、石棺がダメと聞くと、だいたい次は「それなら原爆でふっとばしてしまえ!」と言います。これは反応が加速して無効化されることをどこかで期待しているのだと思いますが、残念ながら、原爆や水爆程度の熱や衝撃波を外側から与えただけでは、燃料の原子核の反応には影響はありません。結果として「ジワジワ来る」毒物がそのまま広範囲にバラまかれることになります。

このへんの勘違いが、どうも「原子爆弾は超強力な爆薬だ」と考える所から出てくるんじゃないかと思います。

化学反応と核分裂と放射性崩壊

なぜ「超マイペース」なのか。それは原子核に関わる反応だからです。

原子力は原子核をぶっこわしてエネルギーにします。それ以外の爆薬や毒薬ではそういうことはしません。原子核はそのままで、同じ部品を組み換えて違う分子を作る。こういうのを化学反応と言います。

化学反応という言葉を知らない人も、それがどういうものかはよく知っている。日常生活で目にするものは全部それだからです。

原子力や放射能を化学反応と同じものと考えることから、いろいろな誤解が生じます。原子(分子)の大きさを東京ドームにすると原子核はピンポン玉です。大きさで全てが決まるわけではないですが、根本的に違うものと考えた方がいいです。

化学反応でできた普通の爆薬は「ドカーン」といくし、反応を止めることも加速することもできます。爆薬でも毒薬でも、反応を加速するということは、無効化するということです。

世の中にある大抵の危険物は、反応を加速して無効化することができる。放射性物質はそれができません。

ちょっと細かい話をすると、原子核の反応には、核分裂と放射性崩壊があって、核分裂の方は「ドカーン」と来るし、ある程度はコントロールできる。原子爆弾も稼働中の原子力発電所も核分裂を使っているので、それについては「ドカーン」と来る爆薬の強力バージョンと思っても大きな勘違いはしないかもしれません。

しかし、今、問題になっているのは、核分裂の燃えカスが起こす放射性崩壊という現象です。熱が発生し続ける原因も、放射性物質が毒性を持つ理由もコレ。

この放射性崩壊というのが、「超マイペース」で「ジワジワ」来る。

ラスボスと中ボスは倒した、しかしスライムが仲間を呼び続けて止まらない

原子核の反応は1000度や2000度の熱では反応が加速することはありません。原子核にとって、一億度以下は身も縮むような超低温であり、ちょっとやそっとの加熱は反応に一切影響を与えません。

「ドカーン」と来ないからと言って安心できません。マイペースでジワジワ熱を出し続けるものは相当やっかいです。

ドラクエにたとえると、原子力発電所のラスボスは、異常時に核分裂反応を止めること。中ボスは、その直後の放射性崩壊の高い熱を処理すること。最初に強いのが連続して出てきて、そのあと、ザコ敵がたくさん出てきます。

福島第一は、ラスボスはきれいに倒しました。つまり、スクラム(緊急停止)は何の異常もなく成功しました。しかし、その次の中ボスで苦戦しました。

放射性崩壊の熱は、運転停止後が高くてだんだん下がっていきます。本当は、区切りはないのですが、運転直後の熱量は特に高いので、ここでは「中ボス」と呼びます。「冷温停止」という言葉を聞いたことがあると思いますが、あれは「中ボスは倒した。あとはスライムだけだ」という宣言と思っていいでしょう。

この中ボスと戦っている最中に、全電源喪失から燃料がメルトダウンして、水素爆発を起こしてしまいました。倒したとはとても言えないのですが、放射性物質の拡散が今のレベルで収まっていることは、ギリギリ「中ボスも倒した」と言っていいかもしれません。

しかし、これで福島第一は満身創痍になってしまいました。あとはスライムでしかもそのスライムも年単位で見ればだんだん弱いのが出てくるので、普通ならここまで来れば楽勝です。

しかし、やくそうもない、やどやにも行けない、まほうも使えない、一切回復の手段が無いまま、無限にわいてくるスライムを倒し続けなくてはいけない。

放射性崩壊に対しては、密閉して水をかけ続ければいいだけです。ザコ敵です。でも、設備をメンテしたり敵の状態を調べることがほとんどできません。いかに敵が弱くても、これでは苦戦します。

この状態にあるので、放射性崩壊の「超マイペース」で「ジワジワ来る」という性質が響いてくるわけです。

東電や政府のどこがマズいのか?

東電は、今にもスライムにやられてしまいそうです。つまり、大規模な漏出事故を起こしそうです。

ここで「スライムはこうやって倒すんだよ」とか「スライムごときにやられるとは何たる怠慢!」などと言うのは、的外れです。

問題は、「やくそうもない、やどやにも行けない、まほうも使えない」という限界状態の方です。この状態で、スライムと何年もノーミスで戦わなくてはいけないことは、3.11の直後からわかっていました。

ここでSOSを出さなかったことが東電と政府の罪です。

つまり、不完全な設備で水冷を続けなくてはいけないことはわかりきっていて、地下水の問題があることもわかっていたはずです。水冷を続ければ汚染水がたまってしまうことも明白です。

そして、その汚染水は、ただの毒水ではなく、「ジワジワ」来る放射性物質を大量に含んだ扱いの難しい水です。汚染源のメルトダウンした燃料も「超マイペース」で何があっても熱を出し続けます。

詳しく状況がわからなくても、ほとんど「詰んでる」ことは、3.11の数日後には、ハッキリしていました。ここで、東電がきちんと状況を報告して、するべき対処をしなかったことには、大きな責任があると思います。バンザイしようとしたらその手を封じられた*1という言う話が本当なら、政府の責任は大きい。

*1:「東京電力社員らしき人が福島第一の絶望的な状況を本音で語る」 2013年08月25日 『アンカテ』
http://d.hatena.ne.jp/essa/20130825/p1

東電を責めるな!*2と言ったのは、この状態でスライムを倒しそこねたことを問題にするのではなく、スタート時点の間違いに目を向けるべきだと言うことです。

*2:「東電を責めるな!」 2013年08月22日 『アンカテ』
http://d.hatena.ne.jp/essa/20130822/p1

低線量被爆の問題にも同じ構造が?

低線量被爆の影響についても、爆薬と同様の誤解につながりやすい要素があるような気がします。

「放射能は恐ろしい」→「バタバタ死ぬ系の害がある」→「あれもこれも放射能のせい」という不安を高めて、根拠のない噂に振り回される人も多いし、逆の方向で「バタバタ死ぬことはなかった」→「放射能は意外に安全」と短絡的に考えてしまう人も多いような気がします。

放射性物質は毒物でもありますが、化学反応ベースの他の一般的な毒物とは、性質が相当違います。人がバタバタ死ぬような毒にはならなくても「ジワジワ」細胞を痛めつけます。遅効性の毒物は他にもあると思いますが、絶対に中和できない毒物は他にはありません。中和するには一億度以上で熱する必要があります。原子核の反応(放射性崩壊)から生じる毒性は、その点が特殊です。

ジワジワ来る放射能に対しては、人体には対抗策を講じる時間が十分にあって、ほとんどの攻撃は無効化できます。でも相手は絶対にあきらめない、止まらないので、このせめぎあいがどう決着するかは微妙で、研究がなかなか難しいようです。結論が出てない所もあります。また、結論が出ていても、それをどう政策に反映すべきかについては、いろんな意見があります。

基本的に放射能に関する基準は、相当安全側にサバを読んでるんです。ただ、それは「ジワジワ」「マイペース」(無毒化の困難性)という特殊な性質を考えると、意味のあるサバ読みだと私は思います。だから、基準を超えたからと言って、すぐに人がバタバタ死ぬわけではないですが、その影響がジワジワ進むことは覚悟しなければいけない。

低線量被爆の問題は複雑だし、生体が関わることなので、他の毒物との類似点もないことはありません。だから、無毒化の困難性が難しさの主因ではないし、その点で合意が取れても議論が収束するとは思いません。

むしろ、これについては、意見が簡単に一致しない方が自然だと思います。

しかし、化学反応でなく放射性崩壊の問題であるという点に合意してから議論すれば、ムダなスレ違いが少しは減るような気がします。

熱では再臨界は起こらない

もうひとつ、このエントリを書いた理由は、再臨界の問題です。

福島第一の苦境が明かになるにつれてネットでは、冷却停止が再臨界につながるという話があちこちに書かれていますが、私が見た所、二種類に分かれます。一つは、単純に核燃料を「ドカーン」型の爆薬と勘違いして言っている人。こういう人は、燃料の濃度でなく温度の変化によって、再臨界が起こると言います。このタイプの言説は単純に間違いです。

放射性崩壊と違い、核分裂は「ドカーン」と来ますが、その条件は温度ではありません。燃料の濃度と減速材の有無です。温度をトリガーのように考えている人は、ほぼ間違いなくトンデモです。

もう一つは、「水素爆発が起きてその衝撃で燃料が圧縮され臨界反応が起こる」というような主張で、濃度に言及して圧縮されるメカニズムを説明していれば、通説とは違っても単純なトンデモとは言えません。この当否は私には判断できません。また、臨界以外での爆発や燃焼による拡散を言う人もいますが、これも当否はわかりません。

私自身は、「トラブルの多発と影響の累積」→「冷却処理作業の困難化」→「炉内またはプール内の使用済み燃料の露出」→「温度上昇」までは起こる可能性が高いと考えています。ただ、そこから再臨界や爆発につながる可能性は低いと見ています。どちらも強い確信や根拠があって言っているわけではないですが、両者を一緒に考えることは間違いであるということにはある程度確信があります。そして、そこを区別できている人が少ないことに懸念を持っています。

とりあえず、熱だけを問題にして、濃度に言及しない再臨界説は間違いなくトンデモだ、ということは覚えておいた方がいいと思います。

問題はジワジワと続く

ということで、この問題は、ジワジワと続くか、どこかで破局をむかえるかどちらかで、簡単に片付くとは思えません。それに対し、日本がどうすべきか、自分がどうすべきか、全くわかりません。

ただ、放射性崩壊という現象の「マイペース」で「ジワジワ」進むという現象がいろいろな意味で、問題の難しさのキーになっていることは、意識しておいた方がいいと思います。

執筆: この記事はessaさんのブログ『アンカテ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年09月04日時点のものです。

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