『90メートル』中川駿監督&山時聡真インタビュー「映画というエンターテインメントを通して社会問題を知ってもらう」
人生の岐路に立つ高校生の息子と、難病を抱えながら我が子の希望ある明日を願うシングルマザーの揺るぎない愛を綴った映画『90メートル』が全国公開中です。
直木賞作家・朝井リョウの連作短編小説『少女は卒業しない』で商業長編映画デビューを果たし、『か「」く「」し「」ご「」と「』でも高く評価された中川駿監督渾身のオリジナル企画を映画化。母親を看病した経験を持つ監督が、自身と自身の母を重ね合わせてキャラクターを作り上げ、半自伝的映画を生み出しました。難病の母と2人で暮らす高校生・藤村佑(たすく)役を演じたのは山時聡真さん。スタジオジブリの『君たちはどう生きるか』で主人公声優の座を射止め、ドラマ「ちはやふるーめぐりー」など話題作への出演で注目を集めています。
中川監督と山時さんに撮影の思い出や届けたいメッセージなど、お話を伺いました。
【STORY】小学生の頃からバスケットボール一筋だった佑。母・美咲が難病を患ったことで、母子家庭で育った佑は高校2年生のときにバスケを辞め、美咲の世話を優先せざるを得なくなる。ヘルパーの支援はあるものの24時間体制ではないため、佑が美咲のケアをしながら家事をこなす日々を送っていた。高校3年生になった今、東京の大学に進学したい気持ちはあるが、美咲を一人にするわけにはいかず、常に手元にある呼び出しチャイムの音が、佑の心を引き留める。その看病が一生続くかのように、自分の夢や希望はすべて諦めかけていたが、担任の先生から自己推薦での受験を勧められる。しかし、日に日に身体の自由を失っていく美咲の姿を見ると、上京したい気持ちを打ち明けられずにいた。そんなある日、介護施設のケアマネジャー・下村からヘルパーの増員 により24時間ケアの体制が整ったことを告げられる。我が子の明るい未来を願う美咲は「お母さん、大丈夫だから。好きなようにしていいからね」と優しく声をかけるが──。
──素晴らしい映画をありがとうございました。中川監督による初めてのオリジナル脚本となっていますね。
中川:『少女は卒業しない』(2023)という僕の商業デビュー作があるのですが、その時にご一緒したプロデューサーから連絡がきて、「終末医療」などをテーマにしたオリジナル作品を作ってみないか?というお話をいただいたんですね。そこから終末医療に限らず福祉のことについてまでリサーチを広げていって。その時に、ヤングケアラーの親子を描いたドキュメンタリーを見たのですが、それがALSのお母さんとその面倒を見ている高校生の男の子だったのです。ヤングケアラーという問題には僕も元々関心があったのですが、番組の中でケアマネジャーさんが「僕が家にいないといけないという状況を無くすことが、我々の仕事です」といったことをおっしゃっていて。
僕自身が母親の介護をしていた経験もあったので、自分に置き換えて考えてみた時に、「こちらで十分に面倒を見られるので、気にせずに自由にしていいよ」と言われたとして、出ていけるんだろうかと考えました。自分だったら出ていきづらいなと思ったんです。その時の感情が、ヤングケアラー問題の核心なのではないかとその時に気付かされまして、ドキュメンタリーの親子と、僕と僕の母親との関係がシンクロして運命的なものを感じたんです。その時に、家を出ていきたいし、出ていけるけれど、行っていいのか迷う子の話を描こうとイメージが湧きました。
──山時さんは脚本を読んで、最初の印象はいかがでしたか?
山時:僕は佑と年齢が近いので、佑の目線で読んだ時に、自分の生活と比べて難しいものを抱えているなということは率直に感じました。でも、その中に親子愛や友情、周りの人の優しさを感じられるシーンも多くて、すごくあたたかな気持ちになる作品だなと感じました。佑を絶対に演じたいという想いでオーディションに挑んだのですが、オーディションの内容がお芝居をするわけではなく、「僕が母と電話をする」というものだったんです。電話をする前に監督と少し話し合って、質問を考えてから母に電話をして、その様子を10分ほど見られているという状況でした。
僕はいつもオーディションのとき、緊張して、見てくださっている側と自分に距離を感じていました。でも、今回は監督とすごくコミュニケーションがとれていて、対話が出来ている感覚があってとても新鮮でした。
中川:たぶん、俺「ありがとう」って言ったと思う。
山時:はい、覚えています。
中川:僕は、山時くんが主人公を演じている『君たちはどう生きるか』(2023)が大好きなんです。人生のターニングポイントになっているほど大好きな映画で、劇場で観て、すぐに物販コーナーでポスターを買って、家にすぐ貼ったくらい大好きなんですよ。その山時くんがオーディションに来てくれたので、まずは「ありがとう」と伝えました。
──素晴らしい出会いですね。映画発表時のコメントで、監督は山時さんのことを「自分の若いころに少し似ていて感覚が合う」といったことを書かれていましたね。
中川:2人ともバスケが大好きということもありますし、バスケ部に打ち込んでいたことは佑のキャラクターにも入れ込んでいます。あとは、小さな共通項が多いなと思いました。明るいけれど、周りに気を遣いがちなところとか、シンパシーを感じる部分が多いです。
山時:劇中に面接のシーンがあるのですが、そこで監督と一番気持ちが通じ合ったなと思います。監督が撮影前に「ここ、俺が一番好きなシーンなんだよね」と言っていて、僕も同じ気持ちで臨みましたし、終わったあとに2人で安心しあったことがすごく印象的でした。
中川:オーディションで、芝居をあえて見なかったというのも、彼の芝居の実力は他の作品で知っていたし、感情表現豊かな人だなと分かっていたので、そこに心配は無かったんです。彼にとってお母さんがどういう存在なのかということを見たかったので、電話してもらったのですが、お母さんに対する尊敬みたいなものがすごくあって、佑に通じる所を感じたんですね。だからこそ山時くんにお願いしたいと思ったのですが、その尊敬の様なものが一番象徴的に表れているのが面接のシーンで。
本当、芝居じゃなくて、彼の体から自然に発せられている言葉のように見えたので、完成した後も僕の一番好きなシーンですし、良いものが撮れたと自負しています。
──山時さんは監督の演出で、特に素敵だなと思った所はどんなことですか?
山時:1つ1つのシーンにとにかく丁寧に寄り添ってくれて、「俺は、佑はこういう気持ちだと思うんだよね」と意見を言ってくれて、色々な話が出来たんです。その上で、僕的には自由にやらせてもらっている感覚があって、それがすごく素敵だなと思いました。中川監督は、親しみやすいけれど程よい距離感を持って接してくれていて、バスケの練習の時からずっとお父さんみたいな存在で。
中川:ちょっとまって、お兄ちゃんじゃない?
山時:(笑)。そうだ、お兄ちゃんですね。キャストのみんなとのバスケの練習をする日程をまとめてくれたり、本当に優しくて頼れる存在でした。
──面接のシーン、私もすごく好きなのですが、カット割りなどをせずにじっくりと撮影していて素晴らしかったです。
中川:長回しシーンって、その言葉の重みを伝えたいからだと思うのですが、やっぱりカットを割ってしまうとどうしても空気感も途切れてしまいますよね。その場の空気感をダイレクトにお客さんに伝えることが出来なくなってしまうので、しっかり重みを伝えたいシーンは、セリフを言ってない間の部分にも意味があると思うので、そのままの状態で見せるということを意識しています。
山時:僕的にもすごくやりやすかったです。役者からすると、一番新鮮な状態で撮ってもらえるというか、感情を途切れさせることなく芝居が出来るのでありがたかったです。
──介護の所作も、ずっとお母さんのお世話をしていたのだなという説得力のあるものでしたね。
中川:そういったシーンを撮る時には、介護士さんやヘルパーさんに来ていただいて、持ち上げ方や車椅子の使い方をレクチャーしてもらいました。単純に介護が上手いだけじゃダメなんですよね。息子だからこその“雑さ”みたいな要素が加わってこないと、佑とお母さんのシーンは成立しないので、そこの佑らしさは山ちゃん(山時さん)が自分で調整してくれたのだと思います。
山時:介護練習は2回ほど行って、色々なことを教えていただきました。その上で佑らしさを自分で考えて。その後も、この介護練習に助けられる場面がありました。もう亡くなってしまった祖母がいるのですが、去年施設にお見舞いに行った際に、車椅子を僕が動かしていたら、家族のみんなに「すごいね、上手だね」と言ってもらえて。その日は1日僕が介護をしたのですが、そうやって祖母にしてあげられたことが良かったなと思います。
──素敵なエピソードを教えていただきありがとうございます。本作は介護をテーマにした親子のお話ですけれど、そこに限らず色々な方の心に刺さる、観ていただきたい作品だなと思いました。
中川:本作では社会として向き合わなきゃいけないことをテーマとして描いてるわけですが、そういった社会問題を解決するために1番大事なことって、認知を広げることだと思うんですね。それで、認知を広げる上でさらに大変なのが、無関心層をどれだけ取り込むかってことだと感じていますが、それって僕らが作っている映画とかエンターテインメントが役に立てるところだと思うんです。
エンターテインメントって、楽しそう、面白そう、感動出来そうという行動原理で人を集めることが出来るので、結果としてその作品を通じて社会問題やテーマを知ってもらうことが出来ますよね。そこがエンターテインメントとしてすごく重大な役割の1つだと思うので。そういう意味であまり暗く描き過ぎない様に。前向きなお話として受け取って欲しいという想いをこめています。
──最後に、作品とはちょっと離れてしまうのですが、監督が『君たちはどう生きるか』にどの様な影響を受けたのかお聞きしても良いでしょうか?
中川:僕らは宮崎駿さんのことを信頼しているんだな、ということを感じた作品です。言葉を選ばずに言うとちょっと意味が分からない部分もありました。でも、それに対して「こちらの考えが足りていないんだろうな」と疑いなく思えるんですよね。宮崎駿さんだからこそ明確に伝えたいことがあるのだけど、僕はまだそこに達していないのだと思える。それは彼のこれまでの作品作りがあったからこそなのですが、そこまで信用を築き上げられるって、映画監督としての境地だなと。そんな内容でタイトルが『君たちはどう生きるか』ですので、「お前はどういう映画を作るんだ?」と言われている気がして、ぶっ刺さったんですよね。もうこの感覚はずっと忘れずにいようと思って、終わった後すぐにポスターを買ったという。あとでこのポスターには山ちゃんのサインをもらいたいと思います。
山時:あっ、まだしていなかったですね!嬉しいです。ぜひ書かせてください。
──改めて、素敵な映画とお話をありがとうございました。
撮影:稲澤朝博
映画『90 メートル』全国公開中
©2026 映画『90 メートル』製作委員会
配給:クロックワークス
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