波瀾万丈のロマンタジー大作〜キャリー・ハート『クイックシルバー 異邦の錬金術師と妖精王子』

波瀾万丈のロマンタジー大作〜キャリー・ハート『クイックシルバー 異邦の錬金術師と妖精王子』

 ロマンスとファンタジイは騎士物語の時代から親和性の高いもので、フィクションの系譜のなかに延々と受けつがれてきたが、両者をぴったりと融合させ「ロマンタジー」というジャンルを打ち立てたのは、2020年代のアメリカだった。レベッカ・ヤロス『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』が起爆剤となり、ロマンタジー・ブームはまたたくまに世界へと波及した。同書は邦訳刊行時に、本欄でも取りあげた(https://www.webdoku.jp/newshz/maki/2024/09/17/120000.html)。

 こんかい紹介する『クイックシルバー 異邦の錬金術師と妖精王子』は、2024年に発表されたロマンタジーの新作。著者キャリー・ハートはそれまで何十冊もロマンス小説を書いているが、ロマンタジーはこれがはじめてだという。本書の「訳者あとがき」によれば、当初は自費出版として出されたものがTikTokで評判となり、十社でのオークションを経て商業出版に至った経緯がある。たちまち大評判となり、すでにNetflixが映像化の権利を取得しているそうだ。

 邦訳版の副題に「異邦の錬金術師と妖精王子」とあるが、この錬金術師というのは主人公セアリス・フェインのことで、彼女は二十四歳、漆黒の髪と印象的な青い瞳の持ち主だ。いっぽう、妖精王子は、セアリスの相手役となるキングフィッシャーで、いまの日本語の「王子」の語感に漂う清潔感よりも、荒々しく精悍なイメージで、戦えば誰よりも強く、性格は人を寄せつけぬところがある。

 さて、錬金術師といっても、物語開幕時のセアリスはその才能の兆しがある程度で、その自覚がない。砂漠の国ジルヴァレンの貧民区で弟ヘイデンとギリギリの生活を送っている。その彼女が、圧政を敷く女王マドラの監視兵の籠手を盗んだかどで、宮殿でなぶり殺しにされそうになる。あわやというとき、セアリスは部屋の奥の壇に突き刺さっていた剣を抜き、そのとたんに床が溶けた銀へと変わった。のちにわかるのだが、その溶けた銀というのはクイックシルバー—-異界への門を開く力を持つ魔術的な物質だ。

 クイックシルバーの大きなプールから、ひとりの男(セアリスは「死」だと直感した)があらわれ、セアリスをプールの彼方の領域へと連れ去る。

 彼方の領域。そこはフェイ(妖精)の世界だった。セアリスをここへ連れてきた男は、キングフィッシャー。妖精界の北西に位置する国イヴェリアの王ベレコンの義理の息子にあたり(ただしベレコンからは酷く嫌われている)、この百十年ものあいだ行方不明だった戦士だ。その間、どうしていたのかをキングフィッシャーは一切語らない(その謎がきわめて重要な伏線になっている)。その彼が、突如、マドラの宮殿のクイックシルバーのプールにあらわれたのは「剣が呼んだ」からだという。

 セアリスは妖精界に島流しになったかたちだ。クイックシルバーのプールを活性化させるためには、あの剣が必要だが、いま剣はベレコンの元にある。そもそもクイックシルバーの挙動すら、ほとんど解明されていない。

 ベレコンはセアリスの錬金術師—-金属を変容させる魔術が使える—-としての潜在能力(それがどれほどかはまったく未知だが)に賭け、クイックシルバーの制御を研究するよう命じる。キングフィッシャーは、かつて国を裏切ったという嫌疑によって、ベレコンに処罰されそうになるが、側近の口添えがあって、セアリスのクイックシルバー研究の協力者として猶予を得る。

 かくして、セアリスとキングフィッシャーとの奇妙なかかわりがはじまった。キングフィッシャーはしばしば辛辣な言葉を吐き、セアリスはそれにいちいち楯突く。このあたりはロマンス小説のひとつの王道だが、セアリスの芯の強さと率直さ、キングフィッシャーの孤高な雰囲気、この両者が絶妙なケミストリーで読者をぐいぐい引きつける。胸がキュッとなるロマンス要素も、これでもかというくらいに仕掛けられている。

 さらに、エロチックな引力が淫艶なほどに描かれているのがこの作品の大きな特色で、それがたんなるサービスシーンにとどまらず、セアリスの個性や情動をみごとに際立たせている。そして、重要なのは、その濃厚なエロティシズムが、この作品の隠された設定と分かちがたく結びついていることだ。その設定は物語の終盤に急浮上して、読者を驚愕させる。まったく心憎い演出といえよう。

(牧眞司)

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