所持金・身分証・住民票ナシで「家が借りられない」。行き場ない人々に人生再出発の拠点”良質な賃貸物件”を提供できるワケ 「ホッとスペース東京」の挑戦
高齢者や生活保護受給者など、住宅を必要としていても一般の賃貸市場では入居を断られる人がいます。とりわけ大きな壁となるのが、連帯保証人や安定収入がないだけでなく、「住民票や身分証そのもの」がないケースです。
ホームレスやネットカフェ生活者で転出・転入届が未提出で住民票がなかったり、家族関係が疎遠で住民票のある実家に戻れないことで身分証を作成できていない人たちに対し、役所への同行から物件の提供までワンストップで支援するのが、株式会社ホッとスペース東京です。制度や慣習の隙間で取り残されている人々に、どのように再出発への手を差し伸べているのか。管理会社やオーナーにとっても空室対策や安定入居につながる取り組みについて、代表取締役の貝賀裕考(かいが・ひろたか)さんにお話を伺いました。
年間1000件を超える相談。20代の若者からも増える「住まいのSOS」
ホッとスペース東京が住まい探しに困っている人々へ紹介する物件は、現在約150室。対して、同法人への相談件数は年々増加し、直近では年間約1000件に達しているそうです。
「近年、特に目立つのが、20代の相談者の増加です。コロナ禍以降、若い世代からの相談がぐっと増えました。非正規雇用の拡大やスポットワークアプリの普及によって、生活基盤が不安定な人が増えているのが理由として考えられます。また、親との関係が希薄化している若者も増えている印象です。その結果、親にも頼れず、賃貸契約に至らないケースが増えているようです」(貝賀さん、以下同)
実際、厚生労働省の「2021年度(令和3年度)被保護者調査」「2024年度(令和6年度)被保護者調査」によると、全生活保護受給者のうち、20代が占める割合は、コロナ前の2021年には全体の約2.7%であったのに対し、2024年には約5.9%と倍増しています。
とりわけ難しいのが、ネットカフェや友人宅を転々としていたり、実家に住民票はあるものの関係が途絶えて戻れないなどの理由で今暮らしている場所に住民票がなく、身分証を持てない人たちの支援です。
住民票がなければ生活保護を受けられないだけでなく、パスポートなどの身分証明ができるものもつくれません。そうすると銀行口座の開設や、携帯電話の契約もできず、賃貸借契約を結べない状態に陥ります。その結果、住所が定まらない――そうした「負の連鎖」から抜け出せなくなってしまうのです。
「実際、現在の入居者の約4割が『生活保護を使わずに、ネットカフェなどで生活し、住まいを探している人たち』です。そういった人を支援するのが、私たちの仕事です」
家族関係が希薄になり、知人や親類に頼れないまま孤立してしまうケースも増えている(画像提供/ホッとスペース東京)
脱法ハウスの衝撃から始まった挑戦。支援の距離感に悩みながら走り続ける日々
「ホッとスペース東京」創業のきっかけは、創業者の一人が目にした「脱法ハウス」や「違法貸しルーム 」と呼ばれる劣悪な居住環境の実態でした。
そこでは1室に何人も押し込み、門限が設けられ、生活保護を受給しても手元に残るお金はほとんどありません。福祉制度を使っても、住まいが安定しなければ困窮してしまう、その現実を突き付けられた創業者は「すべての人に良質な住宅を」というミッションのもと、2016年に法人を設立。2021年に東京都の居住支援法人の指定を受けました。貝賀さんはそのミッションに共感して2019年に参画し、現在は代表取締役を務めています。
「前職の人事・採用支援の仕事を通し、制度を整えるだけではダメで、現場の声をきちんと拾い反映させることが大切だと学びました。それは今の仕事も同じだと感じています。
当初は『アパートを提供すれば問題は解決する』と考えていたのですが、それだけでは不十分だとわかりました。かといって関わりすぎれば依存を招き、距離を置きすぎれば孤立を生みます。支援には、その中間を見極める繊細なバランス感覚が求められるのです」
人事・採用支援の会社を立ち上げた後、ホッとスペース東京の掲げるミッションに共感をして経営に参画した代表取締役の貝賀裕考さん(画像提供/ホッとスペース東京)
物件契約が先、審査は後。連帯保証人も身分証もなしで入居できる仕組みとは
住所が定まらず、身分証もない。そのような人たちに、ホッとスペース東京ではどのように住居を提供しているのでしょうか。
「私たちはまず面談をし、その人に物件を貸すと決めたらすぐに物件契約を結びます。それから役所に同行し、転出・転入届を提出して住所を確定します。これにより、身分証明書となるマイナンバーカードや健康保険証が取得でき、携帯電話や銀行口座の開設へとつながります。こうした生活インフラの整備は、入居後の安定した暮らしや就労活動の出発点となります」
特徴的なのは、物件を先に契約してから家賃保証会社の審査をおこなうという、一般とは逆の流れです。先に契約を成立させて住まいを確保させ、必要書類や支払い条件を整えることで、入居審査に通すことが可能になります。これは家賃保証会社やオーナーとの綿密な連携、保険の活用などによって実現したこと。
「孤独死や騒音トラブルに備えて保険に加入するのはもちろん、トラブル発生時には私たちが積極的に対応する姿勢を示しています。あわせて退去率などの実際のデータも提示することで、家賃保証会社やオーナーの不安を和らげ、理解を得ています」
入居者に対しても、トラブル時には迅速に部屋を変更する、家賃が払えない場合には分割での支払い相談に応じるなど、柔軟な対応をしているのもホッとスペース東京の特徴です。こうしてまず住居を確保することが、支援者の「再出発の第一歩」となり、生活が安定していきます。
一方、バリアフリー環境が整っていないため身体障がい者の受け入れは難しく、また金銭トラブルの懸念が高いギャンブル依存症の人は入居継続にリスクがあり断らざるを得ないことも。対応に限界があるのも現状で、はがゆい思いをすることも多いそうです。
オーナーの懸念となる家賃の未払いや孤独死などに対する懸念は、家賃保証会社や保険会社の協力を得ることで払拭している(画像提供/ホッとスペース東京)
自社が緊急連絡先に? 継続的な支援を支える現場で培われた独自のノウハウ
ホッとスペース東京の取り組みが継続できている背景には、現場で培われた独自のノウハウがあります。
まず特徴的なのが、緊急連絡先がない場合、自社が無償でその役割を担うことで、家賃保証会社の合意を得るスキームです。紹介するのは自社で所有する物件や、1棟を丸ごと借り上げているものを含めたオーナーさんから預かって管理している物件が中心。家具や家電を備え付けるなどしたうえで、生活保護制度の住宅扶助(東京都で上限5万3700円)の範囲内で、相談者が敷金・礼金などの初期費用なしで入居できるよう家賃を設定しています。この仕組みにより、生活保護を受給する人たちが制度の範囲内で生活に困らず、良質な住環境で暮らすことができています。さらに自社にとっても利益をきちんと確保しながら継続的な事業運営を行うことが可能になりました。
入居後のフォローも重視。最初は3日ごとなど短期間でこまめに連絡を入れつつ、様子をみて少しずつ間隔を延ばしていくことで、過干渉にならず、かつ孤立もさせない適度なバランスを意識しています。
「一方、オーナーに対しては、『まずはひと部屋から始めてみませんか』と呼びかけ、負担感を抑えた形での物件提供を促しています。
実際のところ、入居に困難を抱えていた人たちは、入居後も安定して長く住んでくれることが多いです。長期安定入居につながるため、オーナーにとっても利回りの安定や銀行・社会的評価が上がるといったメリットがあります。
また、『今後の少子高齢化を考えると、高齢者に部屋を貸すことを考えないといけない。けれどもそれにはためらいを感じる』と悩むオーナーは多く、そのようなときに新たな選択肢となることも、丁寧に伝えるようにしています」
空室に悩んでいても、孤独死などへの不安から、高齢者への部屋の貸し出しに積極的になれないオーナーは多い。同社の取り組みは、そのようなオーナーにとって、一つの解決策となり得る(画像/PIXTA)
さらに、炊き出しなどを通じて行政書士や弁護士とも連携。居住支援にとどまらず、法的手続きなど幅広い側面から、暮らしに困難を抱える人たちを支えています。
理解あるオーナーを増やしさらなる支援拡大を。社会全体の受け皿づくりへの挑戦
支援は軌道に乗ってきているものの、理解あるオーナーの発掘と物件の確保はまだ課題が多いのが現状です。
「私たちは管理会社も紹介できますし、結果として物件を満室にして安定経営につなげられます。オーナーさんにとってもwin-winになるはずなので、ぜひご相談いただきたいです」と貝賀さん。
また、支援の質を維持しながら事業規模を拡大していくためには、人材の確保や仕組みの拡充も不可欠です。さらに今後は、これまで十分に受け入れができていなかった刑務所の出所者など、新たな対象者への支援も広げていきたいと考えています。
「誰でもタイミング次第で困窮する可能性はあります。そのときに、社会全体が柔軟に受け入れる仕組みを広げていくことが必要だと思います」
貝賀さんが率いるホッとスペース東京の挑戦は、単に住まいを提供するだけではなく、社会の受け皿そのものを広げていく試みでもあるのです。
「住まいがなければ再出発できない」という原点から始まったホッとスペース東京の取り組みは、単なる物件提供にとどまらない、包括的なアプローチへと発展してきました。
家を得ることで初めて住所ができ、連絡手段が整い、仕事への一歩を踏み出せる。その小さな一歩の積み重ねが、人生の再出発を後押しします。安定した入居はオーナーにとっても長期的な利回りにつながり、社会的評価も得られます。
これらの取り組みは、社会的な課題解決と事業利益を両立するモデルとして、さらに注目されていくのではないでしょうか。
●取材協力
株式会社ホッとスペース東京
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