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「シャラップ!」より問題なのは

この委員会は、日本だけではなく、各国の状況について定期的に勧告を出しており、それに対して各国政府が回答している。今回の会合に基づく日本への指摘事項はここに出ているが、かなり多岐にわたっているのがわかる。項目だけ以下に挙げるが、この中で太字のものについては、委員会は「deeply concerned」ないし「seriously concerned」と言っている。

Definition of torture
Statute of limitations
Non-refoulement and detention pending deportation
◎Daiyo Kangoku(代用監獄)
◎Interrogation and confessions(尋問と自白)
Complaint mechanism
Conditions of detention
◎Solitary confinement(独房への監禁)
◎Death penalty(死刑)
Training
Redress, including compensation and rehabilitation
◎Victims of military sexual slavery(戦時性奴隷被害者)
Violence against women and gender-based violence
Trafficking
Psychiatric health care
Corporal punishment
Other issues

これらの問題の多く、特に委員会が特に深い懸念を示した太字の項目は、国内でも日本の制度の問題点として挙げられ、以前から議論がなされてきた。もちろん、日本が世界有数の「安全な国」であることは誰しも認めるところだし、人権全般についていうなら、少なくとも「one of the most advanced」という大使の発言(後でそう言い直した)は、大筋でまちがっていないだろうが、少なくとも上記の領域で「most advanced」であると考える人はあまりいないだろう。

たとえば最近でも、いわゆるパソコン遠隔操作ウィルス事件における誤認逮捕があった。この件で最大の問題点は、警察が誤認逮捕をしたことではない。無実の人間が複数、警察の取り調べに対して、やってもいないことをあたかも自分でやったかのように、詳細に渡る「手口」まで含めて「自白」させられてしまった、ということだ。これは誰がどうみても、警察が自白内容を誘導しているとしか考えられない。

神奈川県警などの説明によると、男性は当初は否認したが、逮捕の3日後には容疑を認める上申書を提出。その後また否認に転じたものの、再び容疑を認めたという。

「PC遠隔操作:「謝罪じゃ足りない」誤認逮捕大学生の父」 2013年06月04日 『毎日jp』
http://mainichi.jp/select/news/20130604k0000e040242000c.html

その後、遠隔操作事件の「真犯人」として逮捕した被告に対しては、可視化すれば取り調べに応じるとした申し出を拒否し、2月の逮捕以来ここまで勾留を長引かせてきた。苦し紛れではあるだろうが、見方によってはやりたい放題だともいえる。彼が真犯人であるかどうかに関わらず、これは大きな問題だと思う。

パソコン(PC)遠隔操作事件で、警視庁などの合同捜査本部は10日、アイドルグループ「AKB48」の襲撃予告を書き込んだとする威力業務妨害容疑と、6人のPCに遠隔操作ウイルスを感染させたとする不正指令電磁的記録供用容疑で、元IT会社員片山祐輔容疑者(31)=ハイジャック防止法違反罪などで起訴=を追送検し、発表した。捜査本部として最後の立件となる。

「AKB襲撃予告容疑など追送検 PC遠隔操作事件」 2013年06月10日 『朝日新聞デジタル』
http://digital.asahi.com/articles/TKY201306100291.html

無実の被疑者に「自白」をさせた例は、他にも志布志事件*4などが知られているし、いわゆる痴漢冤罪事件*5などでは否認する被疑者を長期勾留し、「罪を認めた方が軽くすむ」などと自白を強いていたケースがいくつもある。このようなやり方が取り調べの現場で広範かつ日常的に行われているであろうことは、警察や検察が取り調べの可視化に対して頑強に抵抗していることからも伺える。だからこそ、委員会は前回と同じ、以下のような指摘を再び日本政府に対して出しているのだろう。

*4:「志布志事件」 『wikipedia』
https://ja.wikipedia.org/wiki/志布志事件

*5:「痴漢冤罪」 『wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/痴漢冤罪

(a) The State party’s justice system relies heavily on confessions in practice, which are often obtained while in the Daiyo Kangoku without a lawyer present. The Committee has received reports about ill-treatment while interrogated, such as beating, intimidation, sleep deprivation, and long periods of interrogations without breaks;
(b) It is not mandatory to have defence counsel present during all interrogations;
(c) The lack of means for verifying the proper conduct of interrogations of detainees while in police custody, in particular the absence of strict time limits for the duration of consecutive interrogations;
(d) None of 141 complaints concerning interrogations filed to the public prosecutors by suspects and their defence counsels resulted in a lawsuit.

このように考えてくると、この件で何が最も深刻な問題かがわかる。「シャラップ」は確かに暴言だがそれ自体は大使個人の失態であり、その恥は本人とその任命者が負えばいい。しかしこの会合で問われたのは、日本という国が人権というものをどう扱っているかだった。それに対して政府は、上のリンク先文書で見る限り、基本的には多くの重要とされた指摘に対してことごとく後ろ向きの回答をしている。この姿勢は、たとえば次のような記事をみれば、大使個人の問題ではなく、組織としてのものであることが容易に推察できる。

この日の議論では、取り調べの可視化について「対象事件を拡大すべきだ」との意見が出る一方、警察関係の委員は「捜査への支障が避けられない」と指摘。
通信傍受拡大を巡っても「乱用を防ぐため第三者機関を設けるべきだ」との意見に対し、「現行のチェック体制で何が足りないのか論証しないと議論が進まない」と反論が出る場面があった。

「取り調べ可視化を再議論 法制審「司法取引」も検討」 2013年06月14日 『日本経済新聞』
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1404E_U3A610C1CR8000/

個々の点についてはいろいろ議論もあろうが(特に慰安婦関連については異論をお持ちの方もいるだろうが話がずれそうなので本稿では論点としない)、国内でも政府のこのような態度に対する懸念の声が少なからずあったことは、事情を少しでも知る人ならわかるだろう。実際、弁護士の接見が制限される日本の被疑者取り調べは、日米地位協定改訂の際の障害にもなったと聞く(参考*6)。実害は少なからず明らかになっているわけだ。しかし、ポジショントークもあるとはいえ、政府はこうした国内外の声を否定するかのような強弁を続けている。件の会合で大使が「笑うな!」と怒鳴りつけた失笑は、そうした実態を知るからこそ出たものだろう。

*6:「取調べ過程の透明化を(談話)」 『日本弁護士連合会』
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2003/2003_26.html

その意味で、あの場で日本国政府を代表する立場である大使自身が「シャラップ!」と逆ギレしたことは、政府の聞く耳持たない姿勢とあまりにも整合的であったために、それをはからずも最もかっこ悪いやり方で根拠づけたかたちとなった。日本は国内外が「深く懸念」する人権侵害の状況をそうだとはまったく認めず、むしろこれを「世界最先端」だと言い張り、批判者を怒鳴りつけて黙らせる国ということになってしまったわけだ。

しかし、この問題は笑えない。「彼ら」だけの問題ではないからだ。こうした政府の姿勢は、単に官僚や政治家が人権を無視しているというより、国民の間にそれを容認、あるいは望む風潮があることが背景にある。実際、警察に対して、悪い奴ら(実際には「自分の目には悪そうに見える奴ら」だ)を徹底的に取り締まってほしい、犯罪をとことん減らしてもっともっと「安全安心」な社会にしてくれといった期待が寄せられている。彼らは、当然組織エゴのようなものもないではないだろうが、むしろ誠実に、責任感を持って、こうした「国民の声」に応えようとしているという要素の方が強いのではないかと思う。

もちろん、犯罪に巻き込まれ、被害者となってしまった人たちの声には真摯に耳を傾けるべきだろう。あのとき警察がきちんと対応してくれていれば被害に遭わずにすんだとか、なんで警察はあんな悪い奴らを野放しにしておくだとかいう話はあちこちでよく聞く。しかし、だからといって、そのためには無辜の者が逮捕され連日の取り調べによってやってもいない犯罪を「自白」してしまう事態が起きてもかまわない、ということにはならない。どちらもあってほしくないが、捜査や取り調べの際のルールをどのくらい厳しくするかという点では、残念ながらこの両者にはトレードオフ関係が成立する。はっきりいえば、日本に住む私たちが享受する「安全安心」は、冤罪を含む人権侵害によって支えられているのではないかという疑いがあるのだ。

自分や身近な人が犯罪被害者となることを恐れる人は、同じくらい、自分や身近な人が無実にもかかわらず被疑者となってしまうかもしれない恐れへの想像力を持ってほしい。警察や検察に「しっかりやれ」と言うなら同じくらい、それを実行するために彼らが持とうとする捜査や取り調べの際のフリーハンドにも警戒の目を向けるべきだ。警察というサービスは「無料」で利用できるが、同時にさまざまな社会的コストを伴うことを知らなければならない。

大使の「シャラップ!」を恥じたり笑ったりする前に、日本が人権に関して大きな課題を負っていることを憂うのがスジというものだろう。民主主義社会では、それらは主権者たる私たち自身の問題でもあり、現在の状況は、大きな意味では私たち自身が選びとった結果だからだ。どう変えようとも(変えなくても)、誰かが笑い、誰かが泣く結果となろう。だからこそ憂うべきなのであり、だからこそ真剣に取り組むべき課題なのだ。

恥ずかしいということでいうなら、むしろ、こういう根っこにある大事な問題を素通りしてただこれを政権叩き、官僚叩きのネタとして消費するだけの、わかりやすい「弱者の味方」ポジションを飯の種にしているメディアとか(もしそんなところがあるなら(棒読み))の方がよほど恥ずかしい。いっちゃ悪いがチョー恥ずかしい。

執筆: この記事は山口浩さんのブログ『H-Yamaguchi.net』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年06月19日時点のものです。

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