【インタビュー】『ガール・ウィズ・ニードル』監督が語る日本のホラー映画の影響、ベースとなった事件の“本当の恐ろしさ”[ホラー通信]

『ガール・ウィズ・ニードル』マグヌス・フォン・ホーン監督インタビュー

「この事件について聞いたときは犯人をモンスターのように感じて恐ろしかったけれど、事件についてリサーチを始めると、その周りの社会の恐ろしさをより感じるようになりました」

北欧史上もっとも物議を醸した連続殺人事件に着想を得たゴシック・ミステリー『ガール・ウィズ・ニードル』(5月16日公開)を手掛けたマグヌス・フォン・ホーン監督はそう語る。1910年代にデンマークで起こったその事件は、人々に衝撃を与え、国民的なトラウマとして焼き付いた。

「もともと犯人自身に恐ろしい性質があったとは思うんですが、最初に私たちが想像する構図――“モンスターのような人間がいて、周りの人間すべてが被害者”――という感覚は、すぐに崩れてしまう。リサーチを進めるほどに、もっと別のニュアンスがある全貌が現れたわけです。それは観客がこの映画を観る中で感じてくれる道のりなんじゃないかなと思います」

恐ろしい事件と社会との関係性を明らかにする主人公

『ガール・ウィズ・ニードル』メイン写真

事件とそれを取り巻く社会とを描くうえで、ホーン監督は犯人自身を主人公とするのではなく、その事件に偶然にも接近してしまう主人公を立てた。人々が貧困にあえぐ第一次世界大戦後のコペンハーゲンで、夫が戦地で行方不明になったお針子のカロリーネだ。頼る人もなく孤独に暮らしていた彼女は、裕福な上司と恋に落ち、妊娠する。しかし身分の差は埋められず、呆気なく捨てられてしまう。幸せな出産を望めなくなった彼女は、もぐりの養子斡旋所を営む女性ダウマと出会うのだが――。

「殺人犯の視点で物語を描くのは道徳的に正しくない気がして。観客と主人公に心のつながりを持たせたかったんです。それでカロリーネという主人公を作ったんですが、カロリーネが面白いのは、その事件と接点を持ち、事件と社会との間にある関係性をすべて明らかにする存在だということです。

このキャラクターは、リサーチした内容に基づく架空の人物です。映画の作りもそうなんですが、正確に時代考証をして史実を描いていくというよりも、その時代のフィーリングを表現したい。実在の人物ではないけれど、彼女の社会におけるポジション、持てる権利、何と戦っているのかというフィーリングはすべて正しいと思っています。観客の皆さんにも、この時代に対する想像を膨らませてもらい、自分なりに“こういうことなのかな”と解釈し、一緒にストーリーを作っていってもらいたい。なので、そういう作り方をしているんです」

ホラー映画としてのスタート、ジャンルを凌駕するキャラクター

メイキング画像:ヴィク・カーメン・ソネ(カロリーネ)とマグヌス・フォン・ホーン監督

貧しい暮らし、選択肢のない人生、希望の見えない陰鬱な世界の物語を、美しくも退廃的なモノクロームの映像で紡いだホーン監督。自身が“大人のおとぎ話”と表現する本作は、もともとはホラー映画にするつもりだったという。

「ホラー映画を作ってみようという気持ちがあったんだけれど、僕の関心が一番強いのはいつだって“キャラクター”なんですよね。キャラクターを重視する場合、キャラクターが形式や構造を凌駕して、映画としてのジャンルが薄れることがあります。というのも、キャラクターはしばしばジャンルとは異なるものを求めるからです。

キャラクターを作ると、命を吹き込まれたキャラクターがどんどん生き始める。そうすると、作り手は彼らの物語を追いかけていくことになります。作り手側の好きにはできなくなってしまうんです。フランケンシュタイン博士とその怪物みたいな状況ですよね。

でも、作っていく上で“この先はどうなってしまうんだろう”みたいな不安はなくて、むしろ僕はそのコンフリクトが好きなんです。最終的にはキャラクターたちが強さを持って作品を作り上げるというのを分かっていますから。今回の場合はこれをホラー映画としてスタートしようと思ったけれど、キャラクターが牽引するドラマにホラーの要素が加わったような、実験的な作品に仕上がりました」

さらに監督は、そうした“生きた”キャラクターが生み出す物語について、日本のホラー映画からの影響も明かす。

アメリカよりも日本のホラーにすごくインスピレーションを受けるんです。好きな作品は、定番になってしまうけれど、黒沢清監督の『CURE』や『回路』ですね。それに三池崇史監督も好きです。この言葉が合っているか分からないけれど、ロマンティックな感じがするんです。日本の方なら分かってくれますよね?(笑) 作品の核心部分に人間らしさがあって、それがロマンティックなニュアンスを生み出していると思います

数奇な運命をたどるカロリーネは、ひとりの人物と強い関係を築くことになる。それは、前触れなく戦地から帰ってきた夫ではなく、新しい恋人でもなく、養子斡旋所のダウマだった。菓子屋を営む裏で、子を望む裕福な家へと赤ん坊を送り出すダウマの生活を目の当たりにしたカロリーネは、彼女の家に半ば強引に転がり込む。ホーン監督は「彼女はダウマの描く世界の一部になりたいという風に感じているんです」と説明する。

ミステリアスで魔女のような雰囲気をもち、どこか危うげな気配も感じさせるダウマを演じたのは、デンマークの名女優トリーネ・デュアホルム。ホーン監督は参考として、トリーネに3つのキャラクターを提示したという。

ロバート・エガース監督の『ライトハウス』でウィレム・デフォーが演じた灯台守、そして『エクソシスト』で悪魔が取り憑いたときのリーガン、そしてデヴィッド・リーン監督の『オリバー・ツイスト』のフェイギンです。これらのキャラクターはある種のカリスマ性があって、少し滑稽なところもあって、そして怖さも感じさせますよね。演じたトリーネは経験値の高いベテラン俳優なので、僕が提示したキャラクターをそっくりそのまま模倣するのではなく、意図を汲み取ってうまく取り入れて演じてくれたと思います」

メイキング画像:トリーネ・デュアホルム(ダウマ)、ヴィク・カーメン・ソネ(カロリーネ)、マグヌス・フォン・ホーン監督

<注意:この先は、映画の後半で明らかになる事件の概要に関連する記述があるため、ネタバレを避けたい方はご注意ください>

印象的なセリフ

筆者が作品を観て強烈に印象に残ったのは、赤ん坊を養子に出す女性たちに対し、ダウマが必ず口にする言葉だった。

それは「正しいことをしたね」というもの。貧しい母親がギリギリの生活の中で子供を育てるよりも、裕福な家にもらわれていった方が幸せになる。泣く泣く赤ん坊を手放す女性たちにとって、この言葉はささやかながらも心の支えになり得るだろう。しかし、そこには、真実を知らない恐ろしさが秘められている。すべてを知ったあとに聞くこの言葉は、なんともおぞましい響きを持つのだ。このセリフがどんな想いで生まれたのか、監督に伺った。

「ダウマという女性は、“自分であれば他の女性たちの十字架を背負っていけるんだ”と信じているのだと思います。女性たちには自分がいい生活をしているように見せ、ナイーブな幻想を抱かせる。そうした裏で、自分は汚れ仕事を引き受けることができるのだという信念がある。ゴッサム・シティで犯罪が多数発生したらバットマンが登場するように。さらに、そのヴィランとしてジョーカーが登場するように。社会に対する反応として生まれた存在。彼女はそういう人物なんだと思うんです。

ダウマを演じたトリーネの大好きなところは、決してこの役をジャッジしなかったところ。演じているその瞬間、彼女はこの役に対して解釈やジャッジをすることなく、ただただダウマの気持ちを体験しているんです。だからこそ彼女はこの役を悪魔のように演じることはしなかった。それが彼女の素晴らしいところだと思います」

『ガール・ウィズ・ニードル』
5月16日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開

© NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

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レイナス

おもにホラー通信(horror2.jp)で洋画ホラーの記事ばかり書いています。好きな食べ物はラーメンと角煮、好きな怪人はガマボイラーです。

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