「可愛い」パワーは不滅!〜嶽本野ばら『ピクニック部』

 包装紙みたいなチェック柄の装丁が可愛い。手にしただけで、憧れの人から突然プレゼントをもらったような、嬉し恥ずかしい気持ちが込み上げてきます。初めて嶽本野ばら作品に出会った頃のことを思い出しました。

 当時、私は20代後半の書店員で、楽しいことと好きなことを、将来不安の周りに塗りたくってごまかすような日々を過ごしていました。30歳を過ぎても人生は終わらない。そのことはどうにか覚悟できたものの、どんなふうに大人になればいいのか、よくわかっていませんでした。

 そんな私の前に颯爽と現れたのが、乙女のカリスマ・嶽本野ばら氏です。エッセイ『それいぬ』(文春文庫)と、初の小説集『ミシン』(小学館文庫)を、私はバイブルのように繰り返し読みました。

 「乙女は反省しない」「根性ワルは乙女の基本」といった言説と、絶妙なユーモアと膨大な知識に彩られた高い美意識の崇拝者となり、実在するメゾンのお洋服を纏った繊細な心を持つ少女たちの物語に心をつかまれました。これからの人生は乙女で生きる、と恥ずかしげもなく周囲に言い散らかしておりました。

 それから四半世紀が過ぎた今、残念ながら私の生き様は、違う方法に来てしまっています。精神は、おばさんを通り越しておじさん化しつつあります。肌の水分と共に心の潤いは失われ、全身UNIQLOの安定感はもはや手放せません。乙女の矜持とか可愛いとか、そういうものが入る隙はもうなくなっちゃったんだなと諦めていたのに……。なんでしょうか、この胸のドキドキは!

 最初に読んだのは、二番目に収録された短編『こんにちはアルルカン』です。題名を見て、偉大な少女小説家・氷室冴子氏の初期短編『さようならアルルカン』(集英社)を思い出した人は少なくないでしょう。本当の自分を隠し、周囲に迎合して生きるふたりの少女の迷いと苦しみを描いた小説です。私も10代の頃、主人公に自分を重ねて何度も読んだものです。思い出深いこの名作を、嶽本氏は自身の小説の中でどう描くのでしょうか。

 『こんにちはアルルカン』の主人公は、少女ではなく還暦の女性です。年を重ねても可愛いものが好きな主人公は、ギャル系やロリータ系のファッションにも関心があります。ですが、若い人向けの店に入るのは気後れしてしまうので、娘や孫へのプレゼントを探しているふりをして可愛いバッグなどを購入し、さりげなく愛用しているのです。長年会社員として働いてきた主人公は、定年退職を迎えます。契約社員として再雇用される前に取得した短い休暇中に、二つの奇跡が起きます。

 一つは、お洋服です。30年以上大切に手入れして着用している靴がきっかけとなり、憧れていたロリータ服を初めて着用する機会を得ます。もう一つは、旧友との「再会」です。『さようならアルルカン』を貸してくれた高校時代の友人で、一緒に同人誌を作っていたカヲルとは、長く連絡が取れなくなっていたのですが、主人公はある場所で運命的に彼女を見つけるのです。

 「可愛いって涙が出るものだったんだね」と、主人公は心の中でカヲルに語りかけます。読者のひとりである私に向けて言ってくれているみたい。年齢を重ねたからこそわかる「可愛い」の力と、本当の気持ちを偽ることをやめようとする彼女の姿に胸が熱くなって、私もなんだか泣いてしまいそうになりました。

 程よく潤った心で、表題作の『ピクニック部』を読みました。高校のワンダーフォーゲル部で、可愛いもの好きの男子と、目付きが悪くてロリータ服が好きな女子が出会います。現在の京都と東京を舞台にした二人のピュアな恋は、25年前と同じように、私をドキドキさせてくれます。

 誰だって、可愛いものにときめいて良いのです。うっかり忘れかけていたけれど、そうでした。この本のおかげで、ちゃんと思い出しましたよ。

 野ばら様、そして全国の(元)乙女の皆さん。私、これからも「可愛い」を絶対に諦めません。「可愛い」って……、やっぱり最強!

(高頭佐和子)

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