めんどくさくて厄介な主人公にギクッ〜本谷有希子『セルフィの死』 

 久々の本谷有希子氏に、ワクワクが止まらない。本谷氏の書く厄介な人々が、私は大好きなのだ。今回の主人公も、かなりめんどくさい。呆れ笑いながらもイラつきが抑えられず、気がつくと得体の知れない寒気に襲われて逃げ出したくなっている。だけど、一体どこに逃げればいいのだろうか?

 主人公のミクルは、どんな手を使ってでも自分のフォロワー数を増やしたいと思っている。何か本業があってそれの宣伝をしたいというわけでも、インフルエンサーとして収入を得ているわけでもない。働かなくとも暮らしていける身分なのであるが、承認欲求を満たすためだけにフォロワー数を求めているのだ。 

 ミクルはカフェの順番待ちリストに、勘解由小路という難読の偽名を記入することにしている。なぜそんなことをするかと言うと

「名前が読めずに困っている店員を見ると元気が出るから」

 何だそれ。しょうもない理由に吹いた。そんなことしても、珍しい名字のお客様だなって思われるだけだと思うよ? 「マウントを取ったり迷惑をかけることでしか他者の存在を確かめることができない」と冷静な自己分析をしているあたりに、気合の入っためんどくささを感じて、期待が高まってしまう。

 落ち着いた雰囲気の老舗カフェでは、「精神的双子」のソラと一緒に場違いにはしゃぎまくり周囲を困惑させる。食べたくもないパンケーキと一緒に自撮りをし、ウェイターに理不尽な言いがかりをつける。ベテランウェイトレスの冷静な対応が頼もしいが、その後の展開はのけぞるほど不気味だ。

 フォロワー数が増えないことに追い詰められ、知人のインスタの写真を勝手に拝借してしまう。激怒している相手にお詫びにいくことになったものの、満員電車にメンタルをやられて遅刻してしまい、検索したサイトに出ていた通りに謝罪をして「テンプレですよね、いまの文章」と鋭くツッコまれてしまう。そんなある日、ソラが撮影した動画がバズったことがきっかけで、フォロワー数が急増するが……。

 リズミカルな文章とユニークな心理描写が見事だ。他者と自己双方への嫌悪感を、これほど切実に描ける作家は他にいないのではないか。フォロワー数にこだわるミクルが、滑稽を通り越してなんだか哀れにも思えてくるのだけれど、本当に哀れむべきなのはいったい誰なのだろう。愚かであることを自覚しながらも、承認欲求に囚われているミクルなのか。主人公を上から目線で観察しつつ、時々ギクっとしてしまう私なのか。それとも、スマホを開けば誰でも見られることのすべてなのか。

 驚愕のラストでは、思わず小さくヒィィーと声をあげていた。

(高頭佐和子)

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