なっちゃんとノエチのささやかな日々〜藤野千夜『また団地のふたり』
ついに、ドラマ『団地のふたり』(NHK BS)が終わってしまった。団地住まいの50代コンビ・なっちゃんとノエチに会えない日曜日がまだ受け入れられない。ドラマ化が決まった時、原作ファンからの喜びの声と共に「団地にキョンキョンはいないだろう」というクールな意見も出たのだが、小泉今日子さんはどこからどう見てもノエチだった。小林聡美さんもなっちゃん以外の何者でもなく、二人とも完璧に団地の住民だった。原作とはちょっと違う展開も、面白かった。ドラマは終わってしまったが、原作は続編が出た。ドラマロスの皆さんにも、ドラマも小説も知らなかったという方にも、楽しんでいただきたい。
奈津子(なっちゃん)とノエチは、同じ団地で育った幼なじみだ。二人とも一度は団地を離れたのだが、いろいろあって実家に戻ってきた。奈津子はイラストレーターになったものの、今は依頼も少なくなって、ネットで不用品(ご近所に頼まれたものを含む)を売って生計を立てている。ノエチは教授を目指していたものの訳あって大学を追われ、今は非常勤講師の掛け持ちをしている。隣の棟に住むふたりは、毎日のように会っている。電車に乗れない奈津子が遠出をする時には、ノエチが運転をする。ノエチは職場の愚痴を聞いてもらいながら、奈津子の作ったご飯を食べる。
小さい頃に亡くなった友だち、空ちゃんを主人公にした絵本を作ろうと、二人は話している。ストーリーは本好きのノエチが作ることになっているけれど、いつまでも出来上がってこないので、奈津子は先にイラスト入りのエコバッグとTシャツを作った。ふたりは、今も団地に住む空ちゃんのお母さんにエコバッグを届けに行き、空ちゃん家の棟の前にあるびわの木になった実を収穫させてもらう。帰る途中には、共同菜園で作業をする佐久間のおばちゃんの恋バナを聞きながら、作業を手伝ってミニトマトをもらう。
一緒にBOOKフリマに出店することになったのに、奈津子は準備で疲れ果てて、出かけられなくなってしまう。そんな奈津子に馴れっこのノエチは、友だちの浅野くんと二人で販売を請け負う。奈津子は二人へのお詫びに「どじょうすくい饅頭」をネットで購入する。
久々にノエチの運転で遠出をし、気になっていた老舗喫茶店に立ち寄る。奈津子は出てくるのに1時間もかかるホットケーキを注文する。いつも行く近所の喫茶店「まつ」に悪いよと言いながら、結局ノエチも同じものを注文する。
カリカリしているけれどグズな「グズカリ」のノエチと、マイペースで遠出が苦手な奈津子。子どもの頃の延長のように気を許しあったふたりの毎日に、大きなことは何も起こらない。その穏やかな毎日が、ささやかな贅沢品や、懐かしい映画、身近な人たちのユニークな言動によって、細かく丁寧に色付けされていく。ふたりの前には、先々の不安という現実が立ちはだかっているけれど、できないことは助け合い、小さな楽しみを共有して、身近な人たちと笑って過ごせる毎日は、確かに幸福と呼べるものなのだ。
ふたりのことを分身のように思う私だが、毎日のように会える友だちも、果物や野菜を分け合えるご近所さんもいない。この小説を読みながら、なかなか会えない友だちと今度一緒にやりたいことを考えたり、二度と会えなくなってしまった大切な人のことを思い出したり、今年中には分厚いホットケーキを絶対に食べに行きたいなあと思ったりすると、心がほんのりと温かくなって、いろんなことが愛しくなってくる。近いうちにまた、少し歳を重ねたなっちゃんとノエチに会いたい。空ちゃんの絵本も、いつかちゃんと完成させてほしいなあ。
『じい散歩』(双葉文庫)と『団地のふたり』のヒットで、藤野千夜氏を知ったという読者も多いと思う。皆さん、他の作品も読みたくなっているのではないだろうか。「本の雑誌」12月号に「藤野千夜の10冊」を書いたので、よかったら参考にしてください。
(高頭佐和子)
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