奈良で古民家暮らしを始める人が続々! 町家を改修した宿できっかけつくる「紀寺の家」がおもしろい 奈良県奈良市
古民家をリノベーションして住む選択は、暮らし方のひとつとして広がっています。一方で、そのような暮らしに憧れがあったとしても、なにから手をつければよいのかわからないという方もまだまだ多いのではないでしょうか。
株式会社スペースドットラボを主宰する藤岡俊平(ふじおか・しゅんぺい)さんは、奈良県奈良市の都市部に残された町家を改修した宿泊施設、「紀寺の家(きでらのいえ)」を運営しています。この小さな宿が古民家暮らしをはじめるための一歩を支援する動きにつながっていると聞き、お話を伺いました。
古民家暮らしを躊躇させる不動産流通の仕組み
「紀寺の家」は、およそ100年前に建てられた5つの町家を改修し、それぞれを1棟貸しの宿として提供※しています。伝統的な町家を活用し、断熱性能を高め、水回りの設備を更新するなど現代の暮らしにフィットするように改修を施しています。
※2024年9月時点で、新規の宿泊予約は停止中。再開の際には紀寺の家WEBサイトにて告知予定
「紀寺の家」全景。左側の道路に面する2戸と右手の路地奥の2戸が1棟の町家を構成する。右手奥の向かい側に戸建ての1棟が並ぶ(写真:出合コウ介)
設計は「住み継ぐ」をコンセプトに、数々の町家を改修してきた藤岡建築研究所。俊平さんの父、藤岡龍介(ふじおか・りゅうすけ)さんが主宰する設計事務所です。これまで改修設計だけでなく、一度解体した建物を別の場所に建て直す移築工事や、基礎を切り離して建物をそのまま移動させる曳家(ひきや)など、町家を活かす工事に多角的に携わってきました。
藤岡俊平さん。「紀寺の家」のレセプションスペースにて(写真:出合コウ介)
路地奥に立つ「前庭の町家」、玄関から見る(写真:出合コウ介)
「前庭の町家」内観。かつて炊事場だった場所は土間とし、天井の高い寝室に。コンパクトなキッチンで簡単な調理もできる(写真:出合コウ介)
水回りは設備を刷新し、不自由なく使用できるよう考慮されている(写真:出合コウ介)
その過程で不要となり引き取った材料も多数あり、自社の倉庫で保管し、別の現場で使用するといった活用も推進しています。この「紀寺の家」においても、使える材料はそのまま残したうえで、倉庫に保管している古材や新しく調達した材料を組み合わせながら改修を行っています。
「古い建築は、その土地で手に入る身近な材料でつくられています。それが地域ごとの建築の個性にもなる。たとえば土壁は、家を建てるその地域の地面から掘り起こした土を使っていたりするんです。ですから、残せるものはなるべく残すようにしています。廃材を転用する場合はその空間にあった材料を選ぶこと、新しい材料は古く見せる加工をせずそのまま使って新旧の対比が際立つように意識しています」
新旧の材料が混在する様子から、丁寧な改修が行われたことが伝わってくる(写真:出合コウ介)
寝室の窓ガラスには倉庫で保管していたガラスを採用。現在は生産されていない希少な材料を使用することで、独自のデザインが生まれている(写真:出合コウ介)
「また日本の古い住宅は、夏の暑さ対策を重視してつくられています。そのため風がよく通るつくりになっているのですが、気密性能を高めるためには窓や扉、サッシを入れ替えなくてはなりません。ただ、雨風も含めて自然を感じながら暮らしてきたところも町家の良さのひとつだと考え、『紀寺の家』では既存の木枠の窓や扉を残しつつ、床壁の断熱性能を高めることで通年の快適さを担保しています。風のある日は扉がカタカタ鳴るので嫌がる方もいるかもと心配していましたが、お客さんの反応は好感触で安心しました」
「前庭の町家」和室。木枠のガラス戸と障子に加え雨戸を併用する、昔ながらの開口部(写真:出合コウ介)
俊平さんは2010年に藤岡建築研究所に入所した後、2011年に紀寺の家の運営を開始します。当時、奈良の古い町家が急速に建て替えられていく状況に危機感をもつと同時に、町家暮らしにニーズがあるはずと確信もあったといいます。
「町家がどんどん壊されていく一方で、住宅雑誌では古民家をリノベーションした住宅の特集が組まれていて、そうした暮らしにあこがれる人は一定数いることはわかっていました。このギャップはどうして起こるのかと調べてみると、町家に暮らしたいと思っても普通の人が買ったり借りたりできるような物件が流通していないんですね。でも町を歩くと空き家になっている町家はたくさんある。不思議に思い不動産会社に聞いたところ、意外なことがわかりました」
「なんと、空き家になった町家は”建築物”としてではなく、”土地”という区分で売買されていたんです。つまり建物は解体する前提で売られている。検索しても出てこないわけです。しかし実際に見に行くと、きちんと手を入れさえすれば十分に住むことができる町家が残っていました。といっても、僕たちのように建築の知識がある人間が見ればそうとわかるけれど、そうでない人からするととても住めるようには思えないほど荒れ果てています。木造の住宅は長年放置してしまうと、湿気が溜まってシロアリが発生し、木材が朽ちてしまうなどそのままでは住めない状態になってしまうんです。通常、物件を探して不動産会社と内見する段階では設計者が同行することは稀なので、町家に住みたいと思っても不動産会社の担当者から『解体して建て直したほうがいいですよ』と言われると解体する判断をしてしまうでしょう。実際には、解体せずに活かすことができれば解体費用も抑えられるため、更地にされた土地よりも割安であるにもかかわらずです。奈良だけでなく、全国的な課題だと思います。この状況を変えるためには、物件のオーナーから改修設計を請け負う従来の設計事務所のアプローチだけでは不足していると感じたんです」
町家で過ごす豊かな時間がつなぐ古民家再生への道
そうして俊平さんは、きちんと改修された町家であれば快適に過ごせることを示すため、「紀寺の家」の運営を開始します。また同時に、町家暮らしを希望する人のための窓口として「町家・古民家暮らし準備室」を設けることになります。
「紀寺の家に宿泊されるお客様のなかには、こういった家に住みたいとおっしゃる方も多くいます。そうした方に、どうすれば町家に住めるのか、物件の探し方や改修の進め方といった具体的な行動につなげていくための入口として情報提供を行っています」
毎月のように相談があり、「準備室」をきっかけに藤岡建築研究所で改修を請け負った物件もこれまで20軒ほどにのぼるそう。改修によって再生された町家で寝泊まりすることで、町家暮らしを具体的にイメージでき、行動へ移すきっかけになるのでしょう。また「準備室」での相談の多くは、藤岡建築研究所への依頼には直結しない、相談者自らが物件探しや設計者探しをする後押しとなるものです。工務店での実務を経験しながらも、自らは設計に携わらず町家を残すための活動に専念する道を選んだ俊平さんの選択が実を結んでいます。
「必ずしも町家でなくてはいけないということではなく、新築には新築の良さもあります。ただ、古いものは一度壊してしまうともう手に入らないので、できるだけ残しておかないと選択肢そのものが失われてしまう。将来、町家に住みたいと思った人がその選択ができるように少しでも貢献できるといいなと思っています」
また「準備室」で町家暮らしの相談をする方のなかには、ここに宿泊したことで初めて町家の魅力に気づくという方も。
現在「紀寺の家」のすぐ近くに立つ町家に住む田中さんご夫妻は、たまたま宿泊したことをきっかけに町家暮らしを考えるようになったといいます。
「子どもたちも自立して、そろそろ東京から地元である関西に帰ろうかな、と考えるようになったころでした。実家のある京都は家賃も高いので、関西で住みやすそうな場所を探していたんです。それまであまり来たことはなかったのですが、ちょっと奈良も行ってみようということで『紀寺の家』に泊まって。衝撃を受けました。こんな暮らしがあり得るのかと。古いものにきちんと手を入れて、愛着をもって使っていることで生まれる豊かさは、これまで国内外の旅行で訪れてきたホテルでは味わったことのないものでした」
打ち水の様子。紀寺の家のスタッフの制服や館内着のデザインや縫製もスペースドットラボで行っている(写真:出合コウ介)
朝食は岡持ちで各部屋に届ける。料理もスタッフが持ち回りで行っており、町家での衣・食・住をトータルで提供している(写真:出合コウ介)
町家に魅せられた田中さんは、コロナ禍を経験したことで本格的に移住を考えるようになります。
「あまりあちこち出かけることもできないので、しばらく『紀寺の家』に逗留してみたんですよ。光の移ろいによって室内が変化していく様は美しく、またごはんもおいしくて、豊かな時間でした。こんな暮らしができたらいいなと思い、俊平さんに物件のご相談をしました。いくつか見て回りましたが、夫婦で住むには大きな家が多く、改修も大掛かりになるのでどうしようかなと考えていたところ、改修工事をしていた、この家(現在住んでいる家)を見せていただいたんです」
改修していたのは、紀寺の家と同じ街区に立つ町家でした。3軒並ぶ町家を改修し、住居や店舗、事務所など、多用途に対応できる町家として貸し出す新たな試みとして俊平さんが手掛けていたものです。古民家の所有者から依頼を受けて改修設計をするのではなく、自ら取得した物件を改修して貸し出すことができれば、放置されている空き家に手を入れて市場に流通させていくことができる、その足掛かりとしての新事業です。3軒のうちの一軒にかつて藤岡家が暮らしており、その経験をもとに室内を明るく照らす天窓を設けています。
「拝見したときは解体直後で、どんな家になるのかまったく予想もできないような状態でしたが、『紀寺の家』を見ているので間違いはないだろうと思って入居を決めました。床暖房を入れる位置など、少しだけ相談はさせてもらいましたが。いまは東京と奈良で2拠点居住をしていて、理想としては月の半分を奈良で過ごして、残りは東京にいて、というような生活にしていけたらと思っています。趣味の物だけをここに持ってきていて、別荘のような使い方をしています。とても快適ですよ」
田中さんが住む町家。京都の町家と比べると、建物の高さが抑えられた庶民的なスケール感が奈良の町家の特徴だそう(写真:出合コウ介)
田中さん(左)と俊平さん(右)。田中さん宅のリビングにて。大きく開けた天窓から落ちる日差しが室内を明るく照らす(写真:出合コウ介)
リビング隣の板の間。カーテンや内窓を設けるなど、「紀寺の家」とは異なる改修が施されている(写真:出合コウ介)
東京にも拠点を残している田中さんは、東京と奈良で暮らし方を切り替えているという。
「東京にいるときと奈良にいるときでは、頭の使い方が全然違いますね。もちろんオンラインで仕事はできるのですが、奈良ではのんびりとした時間を過ごしているので仕事も全部奈良でしろといわれたら辛いですね。東京にいる間にしっかり仕事に集中できるから、奈良での暮らしを楽しめているのだと思います。時間の進み方がゆっくりで、よく旅行で訪れるイタリアに近いなと思います。夜8時にはお店も閉まるくらい、ゆとりのある生活をしている人が多く、だからなのか若い人が挑戦しやすい土地でもあると思います。面白いことに取り組んでいる人がどんどん出てきていて、俊平さんもそのひとりですね。これからどんな町に育っていくのか、とても楽しみにしています」
着実に実を結びはじめている俊平さんの取り組み。古民家に暮らす選択肢を未来の世代にも残していく動きが全国に広がっていくことを期待したいですね。
●取材協力
紀寺の家
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