高齢化など逆風多いニュータウンなのに人口増続く千葉・ユーカリが丘。モノレール・子育て支援施設・農園まで住民のために”自給自足”し続け50年、時代の壁に挑む 山万
1960年から70年代の高度成長期に、全国各地に形成されたニュータウン。それぞれが今、衰退の一途を辿っています。街の機能を持続させるべく自給自足力をつけることが課題です。そんななか、稀有な成功例として知られているのが千葉県佐倉市のニュータウン、「ユーカリが丘」です。開発会社である山万株式会社は、1971年から山(田畑や雑木林等)を切り開き、宅地を開発。さらには自主運営の鉄道を形成し、商業施設も誘致・運営。福祉施設や教育施設も手がけるようになりました。「ユーカリが丘」は開発から50年が経過し、彼らももちろん課題を抱えています。それに立ち向かうべくさまざまな施策を打ち、住民の世代の変化を緩やかに受け止め、多世代が共存しています。それは一体どんな仕組みなのか。話を聞いてきました。
人口減少時代に、むしろ人口増?稀有なニュータウン
高度成長期に次々と誕生したニュータウン。今、苦境に立たされています。人口減少と高齢化により、なかには住まう人が半減、空き家が目立つようになったニュータウンも。同時期に住居を大量供給し、一斉入居した場所では、当然の如く住民も一斉に高齢化します。
しかしながら、時代に逆行するかのように成長し続けるニュータウンが、千葉県佐倉市にある「ユーカリが丘」です。成田空港から比較的近く、一見のどかそうなエリア。ですが、2024年5月末時点では18,943人(8102世帯)の人が暮らしており、年間約200戸ずつ増加しているのです。
彼らの生活を支えるためにホテル、商業施設、さらにはエリア内のみ運行するモノレール線などもそろう、大規模のニュータウンが形成されています。
多くのニュータウンは、公的機関が主体となって街づくりをしていますが、この街では民間会社である「山万株式会社」が主導して街づくりを行っています。
しかも、山万はもともと繊維会社。この日の取材で街を案内してくれた企画開発部の池上雄太さんは「スタートは街づくりとは無縁だった」と話します。
ユーカリが丘の街の歴史について話す、山万の池上雄太さん(写真撮影/土屋 比呂夫)
利益を追求する気持ちは少ない、ただ求められるからつくり続けた
「開発が始まる前の1960年代は、豊かな自然にかこまれ、宅地はほとんどなく、田畑や雑木林が広がるのどかなエリアでした」と語る池上さん。
時代は高度成長期、全国各地で人口は増え続け、住宅の供給も追いついていない状況でした。つまり地方から都市部に人がどんどん集まる時代。山万は繊維業から不動産業に完全に転換したのには、こうした人々のニーズに応えようとするものでした。そこをただの住宅開発販売にとどまらず、思い切って街を形成していくというのが興味深いところ。
ユーカリが丘のジオラマ。自社の分譲地が模型で再現されている(写真撮影/土屋 比呂夫)
「住民から『これがあれば便利なのに』という声が上がる前に、必要になるであろう施設やサービスを手がけてきました」(池上さん)
例えば、駅周辺にはホテルを建設するほか、商業施設なども手がけました。また、映画館を誘致するために、まだ新しいビルを買い取ってそれを壊し、新たに商業施設の建設まで行ったそうです。
自主運営している鉄道、山万ユーカリが丘線(写真撮影/土屋 比呂夫)
開発当初から、交通利便性を確保するために新交通システムを導入。どの住宅から歩いても徒歩10分圏内に駅舎があるように、駅の場所と数を決めたとか。また、バスと違って交通渋滞を起こさない点や排気ガスを出さない点も、導入のポイントになったそうです。
「普通の分譲住宅の、建てて売り切るという方式と一緒では、街はあっという間に高齢化してしまいます。また、生活する上で不便を感じるとより快適な街を求めて人が移動してしまうため、必要なものはどんどんつくっているんです。便利であれば人が集まりさらに新しいサービスの提供につなげることができます」
暮らすも働くもこの街で。自給自足の仕組みづくり
ここまで山万の街づくりは順調なように見えます。とはいえ、ユーカリが丘でも住民の高齢化、それにともなう住民の減少や入れ替えは想定しうる課題でした。そのために、中長期的に計画していたプランを断続的に打ち出し続けます。街づくりを行う際には、マンション建設を一気に行わないようにしています。
来たる人口の流動の波を見据えて2013年以降、駅前に新たな高層マンション「ユーカリが丘 スカイプラザ・ミライアタワー」を建設。以降、2024年現在までに多世代型の住居となる駅前立地の大規模マンション「スカイプラザ・ユーカリが丘ゲートフロント」を竣工(WEST SIDE PROJECT)しました。若い世代の新規流入を促すだけではなく、開発当時から戸建住宅に暮らす高齢者層の、住み替え需要もねらったそうです。
街区をマンション屋上から撮影。まだまだ着手されていない緑地も見られる(写真撮影/土屋 比呂夫)
ユーカリが丘駅北口駅前再開発プロジェクト(通称:イーストサイドプロジェクト)のジオラマ(写真撮影/土屋 比呂夫)
住宅の増設はもちろん、変化する世代の新規流入のニーズに応えて、暮らしをサポートする施設も増やしました。例えば、テレワークの普及を見据えて、2019年にはシェアオフィス・コワーキングスペースの機能を持つ、多様な働き方や創業を支援するための拠点、佐倉市スマートオフィスプレイス「CO-LABO SAKURA(コラボサクラ)」を、佐倉市と協業する形で誕生させました。ここでは、オフィスワーカーがリモートワークをすることができるほか、起業家のためのシェアオフィスも設けています。さらには、クリエイターや創作したい人向けに工房も備えられており、ユーカリが丘だけではなく、ユーカリが丘周辺の人にとっての人材交流地点もなっています。
商業施設内に入る、コワーキングスペース。拠点ができたことによってユーカリが丘以外でも創業に関心がある人が集まる(写真撮影/土屋 比呂夫)
子育て世代の応援にも力を入れています。直近では2022年に全天候型遊び場の「ユー!キッズ」をオープン。ガラス張りの開放的な雰囲気ゆえに、誰でも入りやすい環境です。平日の日中は多くの親子連れで賑わいます。珍しい点は、仕事で忙しいお父さんとお母さんのためにワークゾーンが設けられていることです。子どもを遊ばせながらちょっとしたお仕事もできるのは共働き世帯にとって嬉しいことです。
全天候型の遊び場、ユーカリが丘総合子育て支援センター「ユー!キッズ」(写真撮影/土屋 比呂夫)
不動産や鉄道、商業、ホテル、子育て事業以外にも農地所有適格法人「山万ユーカリファーム」も運営しています。ここでは、いちご狩りができるビニールハウスやバーベキュー場の運営のほか、農作物直売所として「樫の木」の運営も行っています。
なぜこうした施設を設けたのか。それはただ漫然と住むだけ・会社との往復をするだけ、リタイア後に家の中で過ごすだけにはならないようにしたい、という想いがあったからです。
さらにはこうした自社グループの企業で街の住人を積極的に雇用しています。“働く”と“暮らす”がこの街で完結すれば、より愛着を持って住み続けてもらえるからです。
世代間の垣根を超えた交流を生む
コミュニケーションや他者交流の仕組みについても考えています。
総合子育て支援センターや老人保健施設、グループホームなどの福祉施設も多数増やしているとのこと。なかでも「ユーカリ優都ぴあ」は、多世代交流のシンボルスペース。学童保育所とグループホームが一体型になった幼老複合施設。機能は全く別物ではあるものの、ふれあいスペースやケアガーデンでは、世代を超えた交流が行われています。例えば若年世代の遊びに、高齢者が一緒になって会話をしたり、教えたりする。一方、高齢世代が歩くことや動作をしようとする際に困難だったら、自然と児童たちが手を差し伸べる。普通に過ごしていたらなかなか生まれない交流が、ここでは自然な形で発生するのだそう。
グループ会社の運営する、山万ユーカリファーム。この時期はいちごを栽培(写真撮影/土屋 比呂夫)
“五感を味わう”をテーマにした「ユーカリ優都ぴあ」併設のケアガーデン。高齢者や障がい者が五感を働かせることは、彼らの身体活性化にもつながる。ガーデンの中を散歩するなかで、手で触れ、香りを嗅ぐなど全身で味わうことができる(写真撮影/土屋 比呂夫)
福祉施設「ユーカリ優都ぴあ」。グループホームと学童保育所が一体して存在する(写真撮影/土屋 比呂夫)
持続的な街づくりのために、次の一手を考え続ける
社会全体が高齢化、人口が減少していくなかで注目したい仕組みがあります。住み替えなどで空き家になった中古住宅に、新しい住民が住んでもらうための「ハッピーサークルシステム」という仕組みで、2005年より力を入れています。例えば、戸建て住宅からタウン内の老人保健施設やマンションに移り住む高齢者の家、若い世代が子育て期に差しかかり、マンションから戸建てに住み替える際に従前の住まいを買い取り、リニューアルを経て、新たな入居者に向けて再販売しています。このおかげで古くから住む住民は、住居を変えてこの街に住み続けることができるように。また新たな住民には、手頃な価格の戸建住宅やマンションを選ぶ選択肢が増えたのです。
ハッピーサークルシステムの循環の仕組み(画像提供/山万株式会社)
永続的にこの仕組みが続くかは未知数です。なぜならば人口流入が増えていたとしても住宅供給数が増え続ければ、いずれ空き家を含めた住宅供給数の方が超過してしまう可能性があります。その時に、果たして山万がどのようなことをなしとげていくのか。街に関わる人にとっては興味深いところなのではないでしょうか。
1996年に創刊した、自治区内で作成しているタウン誌「わがまち」。暮らす人たちと山万が協働でつくり上げています。住民の声を掬い上げるために「わがまち」を通じてアンケートを実施することも。その回答率は非常に高いことから、市民の関心度合いの強さを感じる(写真撮影/土屋 比呂夫)
「私たちは長期的な視点と住民満足度の最大化を目指して街づくりを行ってきました」と池上さんは話しました。とはいえ予測不可能な現代ゆえ、この先10年のことですら誰も予測がつきません。もしかしたら住宅と人、街の関係は自分たちが想像し得ない仕組みや構図になっているかもしれない。「だからこそ、千年先まで街が栄えるように、時代にあわせて柔軟に考えを変えながら、施策を模索し続けていく、という姿勢はやめてはならないと思っている」と池上さんは続けます。
持続的な街づくりをするためには、街を作る人、住む人たちはただ建てて・暮らすことをどこか1団体に頼るのではなく、住民と民間会社と行政が全員手を取り合って協議しながら歩む必要があるということです。それも、決まったシナリオ通りではなく、時には奇想天外な手法や考え方も。これからはこうした柔軟性が必要なのでしょう。
●取材協力
山万株式会社
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