ADHDと診断された作家の感覚と体験〜柴崎友香『あらゆることは今起こる』

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 小説家の柴崎友香さんの本が、なぜ医学書の専門出版社から?と思った人は多いのではないだろうか。大人になってからADHDの診断を受けるという、著者自身の経験がテーマになったエッセイである。帯に書いてある「他人は自分と感覚が違う。世界を認識する仕方が違う」という一文に目が止まった。他人の感覚は、体験することができない。自分との違いを説明するのって、すごく難しいのではないか。小説家である著者は、それをどのように表現するのか、読んでみたいと思った。

 著者は子どもの頃「自分だけが突然違う世界に来てしまう」「周りの人が急に私の知らないことを言い出す」というパラレルワールド的な状況を、時々経験していた。そして、そのことがばれないように周囲と話を合わせてきたのだという。SF小説のようだけれど、もちろんそうではない。成長してみれば、話を聞いていなかっただけだということが著者にもわかる。大人の発達障害に関する情報を集め始めてから約20年後、著者は検査を受け、ADHDであるという診断を受ける。

 ADHD(注意欠如多動症)と聞くと、教室などで落ち着きなく動き回る子どもをイメージされがちだが、著者は周囲からはむしろ落ち着いた人に見られることが多いそうだ。だが、それは「頭の中が多動」で動けなくなっているからで、「一日にできることがとても少ない」ことに困っているという。どうしてそうなってしまうのかが、著者自身の中で起こっていることを具体的に書くことによって説明されていくのだが、読んでいる間は驚きの連続だった。日々そんなに大変な思いをしているのか!と思うところがある一方で、これって私も同じじゃないの?と感じる部分もあるのだ。

 例えば「体内に複数の時間が流れている」という感覚は私にはないものだが、「頭の中が多動」で疲れる感じはよくわかる気がする。(3回前に書いた『休むヒント。』の書評の前半部分がまさにそんな感じだと思う。)これって、他の人たちはどうなのか、聞いてみたくなる。方向がわからないことについては、今まで出会ったどんな人より共通点が多い気がするが、他人の方向感覚をここまで詳しく聞いたことが、そもそもなかったかも。いろんな人と、方向音痴談義をしてみたくなる。

 ADHDであることによって困っていることもあるが、小説家という職業にとってはその特性が生かされることもあるという。薬を飲んだことで、「三十六年ぶりに目が覚め」て、ゴダールの映画を居眠りせず1日に2本も観られるようになったという点も、大変興味深い。

 近年、大人の発達障害が話題になることが増えてきたけれど、社会の中で問題なくやってきているように見える人がそう言い始めることについて、正直違和感があった。それって「障害」という言葉で表現すべきことなのかなあとか、できないことの言い訳をしているように全く思わないわけではなかったのだが、そういう考えは、この本を読んで大きく変わった。

 ADHDを理解できたと言うわけでは決してない。簡単に線引きできることではないのだと思うし、読めば読むほど、わからないことが増えていくような気がする。ただ、発達障害だとかADHDという言葉は、自身や他者を特定の枠に入れて閉じ込めてしまうために使うものではないということは理解できた。それは、何らかの困難を抱えている人や、自分が困っていることをうまく伝えられずにいる人が、自分の特性を知ったり、周囲に説明することで生きやすくなったり、可能性を広げたりするために使うべきものなのだと思う。

 感覚も、脳や身体の特徴も、皆ぞれぞれ違う。それを理解する人が増えることで、生きづらさから解放される人はきっとたくさんいるのではないだろうか。発達障害には関心がないという方にも、読んでいただきたい1冊である。

(高頭佐和子)

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