「ことば」について考えるグループ展「翻訳できない わたしの言葉」が東京都現代美術館にて開催


Yuni Hong Charpe, Répète (Repeat), 2019
 


Mayunkiki Photo by Hiroshi Ikeda
 

Mai Nagumo Photo: Harumichi Saito
 

Hideo ARAI, ODORU KOKOROMI, Improvisation Dance with ALS, 2022- Location: Mogamigawa Museum Shooting: Kiyoko Itasaka
 

KIM Insook, Eye to Eye, 2023, Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions 2023 Commission Project  ©KIM Insook
 
4月18日(木)より東京都現代美術館にて、日本における多様な言語のあり方や、話すという行為そのものとその権利について触れつつ、「ことば」について考えるグループ展「翻訳できない わたしの言葉」が開催される。また関連プログラムとして、参加作家によるアーティストトークやパフォーマンスなど多彩なプログラムが行われる予定。
 
世界には様々な言語があり、一つの言語の中にも、方言や世代・経験による語彙・文法の違いなど、無数の豊かなバリエーションがある。話す相手や場に応じて、仲間同士や家族だけで通じる言葉を使ったり、他言語を使ったりと、複数の言葉を使い分ける人もいるだろう。言葉にしなくても伝わる思いもある。それらはすべて、個人の中にこれまで蓄積されてきた経験の総体から生まれる「わたしの言葉」だ。他言語を学ぶことでその言語を生み出した人々の文化や歴史に触れるように、誰かのことを知ることは、その人の「わたしの言葉」を、別の言葉に置き換えることなくそのまま受けとろうとすることから始まるのではないだろうか。
この展覧会では、ユニ・ホン・シャープ、マユンキキ、南雲麻衣、新井英夫、金仁淑の5人のアーティストの作品が紹介される。彼らの作品は、みんなが同じ言語を話しているようにみえる社会に、異なる言語があることや、同じ言語の中にある違いに、解像度をあげ目を凝らそうとするものとなっている。第一言語ではない言葉の発音がうまくできない様子を表現した作品や、最初に習得した言語の他に本来なら得られたかもしれない言語がある状況について語る作品、言葉が通じない相手の目をじっと見つめる作品、そして小さい声を聞き逃さないように耳を澄ませる体験などを通して、この展覧会では、鑑賞者一人ひとりが自分とは異なる誰かの「わたしの言葉」、そして自分自身の「わたしの言葉」を大切に思う機会を提示する。
 
展覧会のみどころ
 
1 映像作品を見ること(視覚)と、自分の身体性を振り返ること(身体感覚)
本展は言葉をテーマにしているため、会話の様子を描いた映像作品が数多く展示される。映像作品をただ視覚でとらえるだけではなく、映像の中の人物と目線を合わせて座ったり、移動したり、時にはアーティストのことばに従ったワークを体験することで、身体感覚を研ぎ澄ませて、相手の話に耳を傾ける展示構成となっている。
 
2 アーティストに会えるかも?
会期中、アーティストトークなどの関連プログラムとは別に、アーティスト本人が展示室で過ごす機会も設けられる予定。アーティストと言葉を交わすこと自体が、作品体験となるだろう。
 
展示内容と参加作家プロフィール
 
ユニ・ホン・シャープ|Yuni Hong Charpe
 

Yuni Hong Charpe, Still on my tongues, 2022

 
アーティスト/東京都生まれ。2005年に渡仏、2015年にパリ=セルジー国立高等芸術学院を卒業。現在はフランスと日本の2拠点で活動。アーカイブや個人的な記憶から出発し、構築されたアイデンティティの不安定さと多重性、記憶の持続をめぐり、新しい語り方を探りながら、身体/言語/声/振付を通じてその具現化を試みる。
 
ユニ・ホン・シャープは「Je crée une œuvre(私は作品を作る)」というフランス語の発音を、フランス語を第一言語としている長女に訂正してもらう様子を描いた映像作品《RÉPÈTE》(2019 年)を展示する。母語として育った言語以外の音を正確に捉えて発音するのは難しく、外国語学習や共通語のアクセントに苦労したことのある人は多いのではないだろうか。アーティストは最後に「正しい」発音で「Je crée une œuvre」を言うことができるようになる。しかし「正しい」発音でなくても、それはアーティストが「わたしの言葉」として使っている言葉なのだ。
 
マユンキキ|Mayunkiki
 

Mayunkiki, Siknure – Let me live, 2022, Installation view at Ikon Gallery, Birmingham
Photographer Stuart Whipps, courtesy of Ikon Gallery.
 
アーティスト/北海道生まれ。現代におけるアイヌの存在を個人の観点から探求し、映像やインスタレーション、パフォーマンスなどによって表現している。アイヌの伝統歌を歌う「マレウレウ」「アペトゥンペ」のメンバーであり、2021年からはソロ活動も開始。国内外のアートフェスティバルにパフォーマンスや展示で参加多数。
 
日本列島北部周辺の先住民族アイヌであるマユンキキは、アイヌという存在自体の否定、ステレオタイプや 理想の押し付けに直面している。民族全体を代表していると捉えられたり、アイヌらしさを期待されたりすることも認識しながら、個人として言葉を紡ぎ、自分を作り上げてきたもの・人々・言葉を丁寧に提示する試みを続けている。本展では、本来第一言語になりえたかもしれない言語を改めて学ぶことについて、写真家の金サジと対話する映像、その対となるものとして自分が話す言語を自ら選択することの意義について、アートトランスレーターの田村かのこと対話する映像とあわせ、セーフスペースとしての空間の中に、マユンキキを作り上げてきた様々な要素を展示する。
 
南雲麻衣|Mai Nagumo
 

Mai Nagumo Photo: k.kawamura
 
ダンサー、パフォーマー/神奈川県生まれ。幼少時からモダンダンスを学び、現在は手話を活かしたパフォーマンスや演劇など、身体表現全般に活動を広げる。カンパニーデラシネラ「鑑賞者」出演(2013年)、百瀬文《Social Dance》出演(2019年)など。音声言語と視覚言語を用いた複数言語の「ゆらぎ」をテーマにし、当事者自身が持つ身体感覚を「媒介」に、各分野のアーティストとともに作品を生み出している。また、言葉を超えた感覚を共有し合うワークショップも行っている。
 
南雲麻衣は3歳半で失聴し7歳で人工内耳適応手術を受け、音声日本語を母語として育った。大学生になり手話(視覚言語)と出会い、今は日本手話を第一言語とするろう者としてのアイデンティティを獲得している。「複数の言語を持つと、本当に帰属しているのはどちらなのかを常に問われていると感じる。」と南雲は語る。音声言語と視覚言語を二項対立として考えるのではなく、そのあわいで揺れながら選択をし続けることは、単一言語主義へのささやかな抵抗の実践なのだ。本展では、彼女の言語獲得や言葉との付き合い方を描く映像 インスタレーション《母語の外で旅をする》(仮)(撮影・編集:今井ミカ)を展示する。
 
新井英夫|Hideo ARAI
 

Hideo ARAI, improvisational dance session with children and their family, ©Aqua Metropolis Osaka 2009
 
体奏家、ダンスアーティスト/埼玉県生まれ。野外劇や大道芸ダンス公演などを行う身体表現グループ「電気曲馬団」を主宰し活動する傍ら、自然に沿い力を抜く身体メソッド「野口体操」に出会い、野口三千三氏から学ぶ。その後ソロ活動に転じ国内外でダンスパフォーマンスをしながら、日本各地の小中学校・公共ホール・福祉施設等でワークショップを展開。2022年夏にALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定診断を受けた後も、ケアする/される関係を超越した活動を精力的に継続している。
 
新井英夫は、障害のある人や高齢者など、思い通りに言葉を表出しにくい/身体が動かしにくい人たちと向き合い、内なる「からだの声」に耳を澄まし尊重しあう身体表現ワークショップで高い評価を受けている。コミュニケーションには、発信する力だけではなく、聴く力も重要だ。誰かの「わたしの言葉」を聞き逃さないよう に、言葉になる前の「からだの声」に気づくように、今回は展示室内で微かな音を奏で耳を傾けたり、身体の些細な動きを意識したりというワークを、鑑賞者に提示する。現在、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病と対峙している新井の日記的即興ダンス映像も、身体と言葉のつながりについて考えるきっかけとなるだろう。
 
金仁淑|KIM Insook
 

KIM Insook, Eye to Eye, 2023, Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions 2023 Commission Project  ©KIM Insook
 
アーティスト/大阪府生まれ。韓国への留学を機にソウルに15年間居住後、現在ソウルと東京を拠点に制作活動を展開。「多様であることは普遍である」という考えを根幹に置き、「個」の日常や記憶、歴史、伝統、コミュニティ、家族などをテーマにコミュニケーションを基盤としたプロジェクトを行い、写真、映像を主なメディアとして使用したインスタレーションを発表している。
 
金仁淑は2023年恵比寿映像祭にてコミッション・プロジェクト特別賞を受賞した映像インスタレーション《Eye to Eye》を、2024年版にバージョンアップして展示する。この作品では、滋賀県にあるブラジル人学校サンタナ学園に通うこども達の姿が、等身大のスクリーンに投影される。日本語を使わない在留外国人は独自のコミュニティを持っており、日本語を使う前提で暮らす地域社会と出会う機会は多くない。しかし言葉は違っても、出会えば仲良くなれたり見つめあえたりする。アーティストが丁寧にコミュニケーションを積み重ねて制作したこの作品は、まさに彼ら一人ひとりに出会うための装置なのだ。
 
展覧会名 翻訳できない わたしの言葉
会期   2024年4月18日(木)~7月7日(日) 
開館時間 10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日  月曜日(4月29日、5月6日は開館)、4月30日、5月7日
会場   東京都現代美術館 企画展示室 1F
観覧料  一般1,400 円 / 大学生・専門学校生・65 歳以上1,000円 / 中高生600円 /小学生以下無料
主催   公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館
展覧会ページ  https://mot-art-museum.jp/exhibitions/mywords/

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