「描きたい」熱量があふれるマンガ大賞2023受賞作〜とよ田みのる『これ描いて死ね』

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 秋が来ると会う仲間がいる。新型コロナウィルスの流行以前は決まった場所で、以後はweb会議システムを併用しながら続けてきたこの集まりは、「マンガ大賞実行委員会」という名で、今年16回目を迎えた賞の運営を担ってきた。

 毎年の選考員は100名前後。私を含む10人の実行委員が、マンガ好きな自分の友達に声をかけ、参加してもらう。選考対象は前年に出版された8巻までのコミックで、電子書籍も含まれる。一次選考では各選考員が自分の好きな5作を選ぶ。その集計結果から得票上位10作(同率順位含む)が、二次選考へとノミネートされる。

 ちなみに参加者は、すべて自腹で本を読む。運営も自腹。冬の天気の良い日に作業をしていると、ふと「私は一体、何をやっているんだろう……?」と感じる時がある。それでも、マンガの話ができる楽しさや新しい作品との出会いに背中を押され続け、今に至る。

 さて今年の受賞作は、マンガ好きな女子高生が主人公。東京の離島で暮らす安海相(やすみあい)は、ある日、自分の敬愛する漫画家・☆野0(ほしのれい)が、「コミティア」という同人誌即売会で10年ぶりに新作を発表することを知る。島にある貸本屋のマンガを読み尽くし、☆野先生のデビュー作だけを繰り返し読み続けていた相にとって、これ以上ない吉報だった。イベントの当日、相は単身船に乗り、なんの予備知識も持たぬまま会場へと足を踏み入れる。

「描きたい」と思えることは素敵だ。そう思うことがない身にとって、相が見せる創作への驚きと発見はひたすらに眩しい。とはいえ相も、会場に来るまでは「読みたい」側でしかなかった。何が彼女を変えたのか。「描きたい」と思うようになった相が、誰とどんな道を選ぶのか──それはぜひ、本作を読んで知ってほしい。物語はもちろん、著者の絵と文字には格別の味があり、その熱量を言葉にして伝えてしまうのは、どうにももったいない気がしてならないからだ。

 著者は2002年に、青年誌の『アフタヌーン』(講談社)でデビューした。3本の連載を行った後、発表の場は『ゲッサン』(小学館)へ。本作も同誌での連載だ。タイトルは、字面だけ見れば強い言葉にも感じられる。しかし本年の授賞式で語られた著者の言葉によれば、それは他者へ向けたものではなく、連載前の自分に向けて、叱咤激励を送るつもりでつづった言葉の中の一つだという。

 本作1巻に収録された短編「ロストワールド」では、このタイトルが鍵にもなっている。たとえ「描くこと」ではないとしても、自分に対しこれほどの言葉を吐く場面が、人生にあと何回あるだろう。もちろん簡単には言えない。それでもいつか、あってほしい。そう願ってしまうほど、紙面からあふれる気迫に揺さぶされた。

(田中香織)

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