【「本屋大賞2023」候補作紹介】『汝、星のごとく』――瀬戸内の島で出会った男女の成長と15年の愛を描いた物語
BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2023」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、凪良ゆう(なぎら・ゆう)著『汝、星のごとく』です。
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2020年本屋大賞を受賞した『流浪の月』が2021年に映画化された凪良ゆうさん。本年度の本屋大賞にノミネートされた『汝、星のごとく』は、風光明媚な瀬戸内の島で出会った男女のおよそ15年にわたる恋愛を描いた作品です。
青埜 櫂(あおの・かい)は、京都からこの島に転校してきた17歳の高校生。付き合っている男性を追いかけてきた恋愛依存症の母親は、島で唯一のスナックをやっており、狭い島内でこの母・息子は浮いた存在として見られています。井上暁海(いのうえ・あきみ)は櫂と同じ高校に通う同級生。彼女の父親は2年前に外に女性を作って出て行き、そのことで母親はメンタルに病を抱えるように。孤独と不安を抱えた櫂と暁海は互いにシンパシーを感じ、やがて付き合い始めます。高校卒業後は漫画原作者として連載のスタートが決まっている櫂とともに、東京の大学に進学しようと決意した暁海。しかし、父親の不倫相手宅に火をつけようとするほど心が壊れた母親を目の当たりにし、暁海は「お母さんをひとりにできない」と島に残ることを決めます。
こうして東京と島の遠距離恋愛をスタートさせたふたり。19歳、22歳、25歳……最終的には32歳まで、暁海と櫂の物語が交互の視点で描かれていきます。一緒にいたときはあれほど心が通じ合えていたのに、距離が離れ、環境が変わるとともに話が合わなくなり、心まで離れていく……。好きな気持ちは互いにあるのに、次第にすれ違っていくふたりの恋愛模様はもどかしく、胸が締め付けられます。
ものすごい勢いで売れっ子の階段をのぼっていく櫂に比べ、母親のヤングケアラー状態のまま安月給の会社員として働く暁海には、自分の人生をつかみ取る覚悟がいつまでも持てません。そんな彼女の人生に影響を与えるのが意外な人物たちです。そのうちのひとりが、父親の不倫相手で刺繍作家として生きる女性・瞳子。彼女は高校時代の暁海に自立の大切さをこう説きます。
「もちろんお金で買えないものはある。でもお金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい。それはすごく大事なことだと思う」(同書より)
そしてもうひとりが、暁海と櫂の高校の化学教師・北原です。彼はこの島で唯一のシングル・ファーザーですが、その背景はわからず謎の多い人物。しかし、恋愛や将来に悩む若きふたりの力になってくれます。
同書は櫂と暁海の純愛を描いた小説ですが、ふたりの成長の物語でもあります。生きる上で本当に欲しいものを手に入れるためには、他のものを切り捨てでも選び取る覚悟が必要だということを、暁海と櫂、そして他の登場人物たちは同書で何度も教えてくれます。人間はけっして完全ではないけれど、それでも自分の人生には真摯に生きていきたい――そう思わせてくれる尊い作品です。
[文・鷺ノ宮やよい]
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