鮎川 誠も参加したYMOの『SOLID STATE SURVIVOR』は、デジタルの革新性をポップに伝えた音楽のイノベーション

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1月11日に逝去した高橋幸宏に続いて、1月29日にはSHEENA & THE ROKKETSのギタリスト、鮎川 誠が亡くなられた。一時代を築いたロックの偉人の相次ぐ悲報に落ち込むばかりである。当コラムでも鮎川氏追悼の意味で作品紹介をしようと考えたのだが、シナロケは『真空パック』を2015年9月に取り上げているので(鮎川氏の訃報のあとで閲覧回数が増えたようです。ありがとうございます)、“さて、どうしたものか?”と考えたところ、そう言えば、終ぞここまでYellow Magic Orchestra、最大のヒット作である2nd『SOLID STATE SURVIVOR』をピックアップしていないことに気づいた。当コラムの最初期に『Yellow Magic Orchestra(US版)』を紹介して、その頃は何となく一アーティスト一作品という不文律を勝手に設けていたこともあって、ここまで取り上げなかったのだが、本作には鮎川も参加している。偉大なるアーティスト、高橋幸宏、鮎川 誠両氏に敬意を表す意味でも、世界を震撼させた日本ロック史の名盤中の名盤を今ここで味わってみたい。
 (okmusic UP's)
潔い曲数と収録タイム

テクノポップは、やはりテクノ”ポップ”とポップにアクセントを置くものなのだと、『SOLID STATE SURVIVOR』を聴き直して実感している。Yellow Magic Orchestra(以下、YMO)の音楽はコンピュータを駆使したものであったことは議論を待たないところであって、いわゆるニューウェイブ、テクノというジャンルで語られるものであることにも異論はない。それはそれでいいけれど、音楽においてもはやデジタルテクノロジーはなくてはならないものとなった現在では、もっと大掴みにして、YMOとはポップなロックバンドであったということにしていいのではなかろうか。

まぁ、それにしても次作『増殖』までは…という注釈は必要ではあろうが、とても大衆的なロックバンドであったことは間違いないと思う。話はずれるが、6th『浮気なぼくら』と7th『サーヴィス』もポップな作品ではあるけれど、あれはテクノ歌謡と言ったほうがいいような気がする。4th『BGM』、5th『テクノデリック』は、ポップな楽曲もなくはないけれど”ポップ”を抜いたテクノ、あるいはエレクトロニックというところに落ち着かせるのがいいのではないだろうか。8th『テクノドン』は30年近く聴いていないので、個人的にはよく分からない。たぶん4th、5thと同じフォルダーでいいと思う(乱暴)。

閑話休題。『SOLID STATE SURVIVOR』の何がポップかって、8曲入り、収録時間32分6秒というのが、すでにポップだ。相当に潔い曲数とタイムである。統計があるわけでもないのではっきりとは分からないけれど、筆者の感覚では、LPをカセットテープにダビングする際には、1970年代後半ですら46分テープが主流であったし、それ以上の長さの54分や60分を使うことも少なくなかったように思う。相対的に見ても本作はだいぶ短い。聴きやすさというところで言えば、お手頃と言えるポップさだ。…というのは半分冗談だが、少なくとも冗長ではないというのは本作の利点ではあっただろう。[このアルバムでは初めてコンピュータによるオート・ミックスを試みている。しかし、当時は精度が悪く、録音に時間がかかりすぎた]という話もあるので、もしかするとそうしたところが潔い曲数とタイムに影響しているのかもしれない([]はWikipediaからの引用)。いずれにしても、この曲数と収録時間を、筆者は『SOLID STATE SURVIVOR』の好感ポイントのひとつとして指摘したい。

無論、単に曲数が少なくて全体の収録時間が短いから、即ちそれがいいということではない。その中身が濃いからいいに決まっているのである。収録曲はこのあとで細かく分析するので、ここではザっと述べるに止めるが、(1)ポップなメロディーのてんこ盛り→(2)沖縄音楽風味→(3)キャッチーさと勢い→(4)ややダークなスローナンバー→(5)流麗な展開のミドル→(6)The Beatles(というかOtis Redding)のカバー→(7)日本及びアジアンテイスト→(8)疾走感あるロックチューンと、似たような楽曲が並んでいない。シンセを多用しているという点(特にヴォーカルの処理など)では似たタイプのサウンドがあるとは言えるだろうが、楽曲として見た場合、ひとつして近いタイプがないという、まさにバラエティーに富んだ内容である。それが連続して表れるという、つるべ打ち状態なのである。特にリズム(BPMも…か)が異なる点は大きい。とりわけM2「ABSOLUTE EGO DANCE」、M7「INSOMNIA」の役割が絶妙なように思う。仮にこういうタイプがなかったらポップさよりも甘さが目立っていたようにも思うし、M2やM7のようなタイプが多かったらポップさは薄れていたようにも思う。

8曲のバランスもいい。M2とM7が細野晴臣。M3「RYDEEN」とM8「SOLID STATE SURVIVOR」は高橋幸宏。M1「TECHNOPOLIS」、M4「CASTALIA」、M5「BEHIND THE MASK」は坂本龍一(M5のメロディーは高橋幸宏との共作)。で、M6がカバー…と、誰かに偏ることなく、メンバーそれぞれの作風がほぼ均等にアルバムに落とし込まれていて、しかも、均衡が保たれているというのは本作の素晴らしさであろう。
単調に聴かせないリズム隊の工夫

オープニングが「TECHNOPOLIS」というのもいい。個人的にはこれが大正解だったと思うし、ど頭のボコーダーを使った《TOKIO》で勝利確定であったように思う。40年以上経った今となっては、若いリスナーは“その何がすごいの?”と思われるだろうが、当時ほとんどの日本人は(もしかすると、世界中のほとんどの人は…かもしれないが)コンピュータによって処理された音声が大衆音楽に乗ったものを聴いたのはこれが初めてだったと言っていい。そう言うと、それ以前に欧米のバンドが使っていたと指摘されるかもしれないが、Electric Light Orchestraにしても、KRAFTWERKやDevoにしても、日本においてメジャーな存在だったとは言い難いだろう。コンピュータを通した声など、その辺のおっちゃんや小学生がテレビやラジオで頻繁に耳にするようなものではなかった。おそらくSF映画の中だけで聴けるものだっただろう。そんな状況の中、いきなり《TOKIO》である。多くのリスナーは“面白い”と感じる以前に、かつてない音楽体験に驚いたのだと思う。

その《TOKIO》の連呼(?)の背後には、これもほどんどの人には新鮮だったシンセのピコピコとした音が鳴っている。しかも…だ。そこから5つのポップなメロディーが8小節ずつ(ひとつ目はメロディーというよりもコード弾き、ブリッジのような5つ目は4小節)連なっていく。いずれも音符の数は少なく、4小節ずつの(ほぼ)リフレイン×2で8小節という作りなので、複雑さはなく、数回聴けば頭に残る代物だ。ベースラインも、生真面目に…というべきか、主旋律に合わせて4小節のパターン×2を繰り返し、ここぞというところでスラップを入れてくる。ドラムは完全に生真面目な8ビートではあるが、ずっと4つ打ちで進むと思わせつつ、後半(あそこがいわゆるサビだろうか)ではバスドラムが変化し、楽曲全体に躍動感を与えているように感じる。躍動感はグルーブと置き換えてもいい。言うまでもなく、楽曲の“ノリ”にリズム隊は重要だ。コンピュータミュージックはその正確さゆえに“ノリ”に乏しい…というか、“ノリ”がないとも言われたことがある。しかしながら、YMO楽曲を聴いてグルーブを感じるのは、件のベースのスラップやドラムパターンの変化など、リズム隊の工夫が寄与していると思われる。まぁ、実際にはYMOの楽曲演奏は手弾きが多かったそうで、リズムなどは言うほどコンピュータに頼ってなかったらしいので、当然グルーブも出ているのだろうけど、リズム隊の工夫についてはここで念押ししておきたいところである。

続くM2「ABSOLUTE EGO DANCE」は、シンセサイザーで構築された沖縄風味のダンスチューン。喜納昌吉と喜納チャンプルーズの「ハイサイおじさん」がヒットしたのが1972年なので、1970年代後半ともなると、巷でも沖縄音楽への親しみは増していたことだろうが、それにしてもプチプチとしたサウンドとオキナワンリズムの組み合わせは相当に新鮮だったに違いない。伝統的な沖縄民謡の調子だけでなく、楽曲が進むに従って、ダンスビートがグイグイとドライブしていくところも大注目で、享楽的なノリがスリリングに展開して様子は今聴いても興奮する。

M3「RYDEEN」については、個人的にドラマーが原曲を手掛けた楽曲らしさを感じる。サビのメロディーがとにかくキャッチーで、いわゆるA、Bもあるにはあるけれども、基本的にはサビの繰り返しで成り立っていると言っていい。間奏以降の後半を聴けば、はっきりと分かる。ある意味、メロディーが多彩なM1とは対極にあると言えるナンバーなのである。同じメロディーの繰り返しが多いにもかかわらず、飽きずに聴けるのはなぜか…と言えば、これはアレンジの妙味があってのことに他ならない。ドラムのフィルインと、主旋律のバックで鳴っている細かなシンセサウンド。これらが楽曲に推進力を与えているのだと思う。シャープな8ビートがきびきびと響くだけでなく、8小節目の終わりにドラムのフィルイン──俗に言う“おかず” が入れられていて、それがやや早め、気持ち喰い気味に叩かれるので、聴いていいて次の8小節を自然と期待させる向きがある。しかも、“おかず”は毎回パターンが違っていて、楽曲の流れ、展開を印象付けてもいるし、演者のエモーションを感じさせるところでもある。

ちなみにM3以外でもフィルインは重要であって、話は前後するけれど、M1ではメロディーが変化するきっかけのようにスネアが刻まれる箇所も聴きどころではある。話をM3に戻せば、主旋律の背後のメロディーとサウンドは、これもまた間奏以降の後半が顕著であるのだが、前半とは異なるピッコロ風の音が入っていたり、ビートレスになったりと、同じメロディーの繰り返しでも印象が異なったものが連なっていくので、飽きないばかりか、こちらの高揚感を増幅させていくような効果があるように感じる。大衆音楽にしっかりと向き合った上での編曲であったように勝手に思うところである。

M4「CASTALIA」のピアノの旋律は今となれば実に坂本龍一らしい。M1からM3までがカラフルで、いずれもアッパーだっただけに、クールダウンも必要だったということで理解している。重くも思えるが、広がり、奥行きも感じさせ、アルバム全体のポップさを強調する上でも重要なナンバーではあろう。
鮎川 誠の参加でよりロックなB面

B面はYMOがポップな“ロック”バンドとロックにアクセントを置きたくなるナンバーが揃っている。M5「BEHIND THE MASK」はのちにMichael JacksonやEric Claptonがカバーしたことでも知られているナンバー。筆者は音楽理論のことはよく知らないので、なぜM5が世界的アーティストにも支持されているのかはWikipedia先生に教えを乞おう。[2011年12月17日、『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』(NHK Eテレ)で放送された「ロックへの道編」(第4回)にて本曲を解析した]とした上で、以下を理由に挙げている。[(1)テンポがゆったりしている(一般的なテクノポップよりもテンポが遅い。ピーター・バラカンも同様な発言をしている)。(2)「リフ」に特徴がある。ギターで演奏した場合は指の動きが少ない。また、スライドするだけで演奏できる(坂本はそのように意識して作った)。リフの3拍目の後半に休符が入ることにより緩急が付く。(3)F→D♭のコード進行がブルースに似ているため、歌いやすい。(4)Bメロにおけるベースラインがリズム・アンド・ブルースに似ている]とのことである。個人的には、メロディー展開もテンポも“滑らか”であるように思う。ロックだ、テクノだということ以前に、生理的に耳馴染みのいいナンバーという印象で、[細野晴臣と高橋は、この曲を初めて聴いたとき非常に当たり前の曲と思った]というのもよく分かるところである(ここまでの[]はWikipediaからの引用。(1)(2)(3)(4)は筆者が付加)。

M6「DAY TRIPPER」は、もちろん原曲はThe Beatlesであるが、YMOがカバーしたのは、Otis Reddingが同曲を1966年にアルバム『ソウル辞典』でカバーしたもののカバーである(孫請け(?)みたいな感じか)。比較して聴いてみると、確かにリズムの取り方はOtis Redding版を思い起こさせる。ここでの高橋幸宏のドラミングも結構喰い気味で、シンセベースとの絡みで楽曲をグイグイと引っ張っていく感じが何ともいい。フワフワ、ピコピコとしたシンセがファニーなのはYMOならでの味付けといったところだろう。原曲がロックナンバーであるからだろうか、エレキギターがはっきりそれと分かるように入っている。ギターの演奏は鮎川 誠だ。1979年にSHEENA & THE ROKKETSがアルファレコードへ移籍してYMOとレーベルメイトとなったばかりの頃。『SOLID STATE SURVIVOR』の1月前にリリースされたシナロケの『真空パック』は細野晴臣のプロデュースで、坂本龍一、高橋幸宏も参加しており、気心の知れた間柄だったのだろう。レコーディングは一発録りだったという。ここでもヴォーカルを含めてあらゆる音でデジタルを駆使した印象ではあるものの、ギターだけはほとんど弄った感じがしないのは、ロックギタリストへの敬意だろうか。間奏で左右に音を振ったりしている程度である。

前述の通り、M7「INSOMNIA」からは和風~アジアンテイストが感じられる。琴っぽい鳴りのシンセもそうだし、主旋律はいわゆるヨナヌキ音階のようだ。楽曲自体が淡々と流れていき、ボコーダー処理された声が乗っていく様子は、いかにもテクノポップであり、ブラックでもホワイトでもない、“イエローマジック”を強調しているようでもある。

M8「SOLID STATE SURVIVOR」はメンバーが“デジタルパンク”と呼んでいたそうで、確かによく聴けばギターもベースもドラムもその演奏はシンプルなものであることに気づく。ここでのギターも鮎川が弾いているが、M6ほどのテクニックを見せている感じもない。ゆえに、もし彼らが凡百の音楽家なら、単調な楽曲になっていたか、メロディーをもう少し足して曲を延ばしていたのではないかと想像出来るが、そこは稀代のアーティスト3人が集ったYMOのこと。加工された音声を加え、デカダンスというか、サイバーパンクな雰囲気を醸し出すことでアクセントとして、独自の世界観を構築している(ちなみに『SOLID STATE SURVIVOR』リリース時にはサイバーパンクという言葉は少なくとも世間に広がってはいなかったのだが、他に適当な言葉が思い浮かばなかったので用いた)。

ザっと全曲解説したが、図らずも、曲数とタイムの潔さだけでなく、個々の楽曲においても聴き手を飽きさせない作りが施されていることを筆者自身も改めて理解した。YMOの特徴というと、1970年代後半の音楽シーンにおいてコンピュータを駆使した革新的な音楽を打ち出したことが挙げられる。それは間違いないけれど、そうした革新性を市井に広めるための術にも腐心したこともまた、バンドの特徴なのではなかろうか。いくらでもマニアックになりそうなコンピュータをマニアックではなく、ロックを中心としたポピュラーミュージックに乗せたことが、世界の誰もがやらなかった、彼らの大発明だったのだ。
TEXT:帆苅智之
アルバム『SOLID STATE SURVIVOR』
1979年発表作品

<収録曲>

1.TECHNOPOLIS

2.ABSOLUTE EGO DANCE

3.RYDEEN

4.CASTALIA

5.BEHIND THE MASK

6.DAY TRIPPER

7.INSOMNIA

8.SOLID STATE SURVIVOR

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