「コミュニティの場としての映画館」ロンドンの老舗インディペンデント系映画館のあり方

現在、私はイーストロンドンのインディペンデント系映画館「Genesis Cinema」という場所で働いています。働く中で、映画館としての役割やローカルなコミュニティとの結びつき、映画以外の機能など日本の映画館との違いを感じたのでお伝えしたいと思います。

上記で「イースト」ロンドンとあえて記載しましたが、ロンドンはそのエリアによって異なる雰囲気やカルチャーを持っています。中でもイーストはファッションやクィアなカルチャーが盛んで、基本的にポッシュ(上流階級)と言われているウェストよりも、人種もセクシャリティも多様な地域であることが特徴です。

そのイーストロンドンで1848年にパブとしてスタートしたのがGenesis Cinemaの始まり。紆余曲折あり今の映画館に落ち着いたようですが、イーストロンドンを代表する映画館の一つとして、そのコンセプトに「ダイバーシティ」も掲げています。

カルチャーの交流の場としての映画館

そんなGenesis Cinemaで働く中で、日本の映画館との違いを一番感じた部分は映画館が映画を観るだけという機能に留まらないという点です。Genesisはカフェ・バー・キッチンも併設しており、映画を鑑賞しなくてもそれぞれ利用することが可能。特にカフェは、平日は早朝から仕事をする人・犬の散歩のついでにコーヒーを飲む人・ママ友の集いなど、様々な人が通常のカフェとして利用しています。映画館の入り口で開放的な空間に多くの人が出入りすることで、誰に対してもウェルカムな雰囲気を作り上げています。

そして、キッチン・バーでは定期的にイベントを開催。Genesisが主催で、カルト・ホラームービーをプロジェクターで上映したり、DJを呼んでアジア圏のシティ・ポップのイベントを実施したり、また、スウィング・ダンスのイベントでは老若男女問わずダンスするために人々がバーに訪れます。サッカーのワールドカップもライブで上映していたため、特にイングランド戦は大盛況でした。

映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』の公開時には、黒人コミュニティのグループがスクリーンで貸切上映とバーでイベントを開催。それぞれのカルチャーの民族衣装やグッズなども販売し、キッチンでもローカルフードを販売したりと、イベントに合わせて設備を使用することも可能です。このように、映画館でありながらも、映画だけに拘らずカルチャーの交流の場としてのあり方を意識しています。

ラグジュアリーな映画体験

Genesisは単館系の映画館の中では比較的規模が大きく、合計5つのスクリーンで、550人以上収容可能な大きいスクリーンも兼ね備えているためプレミアイベントなども実施します。そのようなイベントの際にもやはり上映後はバーでパーティというのが定番の流れとなっています。イギリスの映画館も日本と同じくチケットの売り上げだけでは厳しいのは現状かとは思いますが、やはりバーの売り上げはかなり大きな部分を担っているようです。

5つのスクリーンの残り4つのうち、2つは約150人程度収容可能な中規模のスクリーン、そして残り2つはスタジオと呼ばれるラグジュアリー・スクリーンとなります。ラグジュアリー・スクリーンは全てソファ席となっており、中にスモールバーを併設。ここでも25分ある予告の最中に、スクリーン内でワインなどのアルコールやスナックを購入することが可能です。もちろんスタジオのチケットは一般のスクリーンと比較すると席数も少なく割高ですが、特別な映画体験ができるという点で人気のスクリーンで、特に週末には満席になることも多いです。

子どもの頃から映画館に慣れ親しむきっかけに。ペアレント&ベイビー/スクールスクリーニング

スタジオを活用した取り組みとして、毎週木曜日の午前中はペアレント&ベイビーといって、18ヶ月以下の赤ちゃんとその保護者だけに向けた上映会も実施しています。ソファでリラックスしながら観られるということ、周りも全て子連れの方ばかりなので上映中の出入りなど気を遣わないで良いことなどから、たくさんのベビーカー連れの方達が映画を観に来ます。

また、地域の学校による教育ビデオや子ども向けの映画を上映したり、学校の遠足のような形で映画館に先生と子供達が訪れるスクールスクリーニングも実施しています。このように地域のコミュニティと深く結びつくだけでなく、子どもの頃から映画館で映画を観ることに慣れ親しむ環境作りを担っているのはとても良いことだと思います。

全ての人が楽しめる映画体験を。字幕上映/リラックススクリーン

ロンドンは、世界屈指の様々な人種の方々が住んでいる街です。当然、英語が堪能でない人達はたくさんいます。そんな方達や耳の聞こえない方達に向けて、上映するすべての映画で定期的に字幕付き上映も実施しており、私自身も字幕があると理解しやすいのでよく利用しています。

また、映画の画面や音響の刺激が強すぎるとストレスになる人達に向けて、リレックススクリーンといって音量は50%ほど、画面も明るすぎず刺激を抑えた上映も週に1回は実施しており、映画館に訪れるすべての人たちが同じだけ映画を楽しめる空間作りを意識していることが見て取れます。

これらの取り組みにはGenesis独自のものもありますが、基本的にロンドンの単館系の映画館は同じように地域との結びつきを意識した同じような取り組みを行なっているようです。
文化や生活習慣の違いもあるので、日本の映画館全てがロンドンの映画館のようにすべきとは思いませんが、映画館という空間を利用して地域のコミュニティの場となったり、映画へのアクセスのハードルを低くしたり、日本の映画館にも取り入れることが可能な要素は多いのではないかと感じています。

写真は筆者撮影。

(執筆者: waiwai)

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