すべて光り輝いている短篇集〜青崎有吾『11文字の檻』

すべて光り輝いている短篇集〜青崎有吾『11文字の檻』

 誰かの書いた短篇が、誰かにとっての宝になることがある。

 その一篇を読みたいために本を何回も手に取る。何度も、何度も。

 青崎有吾はそういう短篇を書ける人である。知っていた。『早朝始発の殺風景』(集英社文庫)の表題作が『小説すばる』に掲載されたときから知っていた。いや、裏染天馬シリーズの第一短篇集『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』(創元推理文庫)を書き下ろしで出したときから知っていた、というより薄々感じていた。

 だが確信したのは、新刊『11文字の檻』に収録された「恋澤姉妹」を読んだときだ。これを読んだ周囲の人間はみんなうはあと言って本に平伏した、らしい。見てないけど。収録されたのは実業之日本社から書き下ろし形式で出た『彼女。 百合小説アンソロジー』である。若い人がよく使う、尊い、という言葉の意味を私はよくわかっていない。的外れかもしれないので、恐る恐る小声で、尊い、と言ってみた。でもそんな言葉では言い尽くせないぐらい「恋澤姉妹」は凄い。神々しい。それがもっとも気持ちにふさわしい短篇だ。光り輝いていて触れるのが恐ろしいほどである。そのくらいの短篇だった。

 これは近寄ることを決して許さない二人の女性の話である。下の名前もわからないので最初はただ恋澤姉妹と呼ばれる。後に吐息と血潮であることがわかる。恋澤吐息と恋澤血潮、他人に自分たちがどんな姿をしているのか、どのように暮らしているのか、二人の関係がいかなるものであるかを知られることを好まない。無理に〈観測〉しようとする者が現れれば、必ず死ぬ。恋澤姉妹に殺されるからだ。

 物語の語り手は視点人物の芹という女性だ。芹はなんだかわからないけど怪しげで力を持っているらしい組織に属している。この、なんだかわからないけど怪しげで力を持っているらしい組織とか、なんだかわからないけど実力者らしい怪人が青崎作品にはやたらと出てくる。講談社タイガで三巻まで刊行されている〈アンデッドガール・マーダーファルス〉シリーズはまさにそういう実力者同士が三つ巴で闘い続ける話である。闘いながら合間に不可能犯罪の謎解きをするのだ。ちょっと脱線するが、本書に収録された短篇「噤ヶ森の硝子屋敷」には廃墟がやたらと好きで、謎解きの報酬には建物の跡地を要求するという探偵、薄気味良悪が出てくる。どうやら青崎の物語世界には、そういう一般社会から飛び出したような個性を持つ探偵たちが他にもごろごろいるらしいのだ。裏染天馬や〈ノッキンオン・ロックドドア〉シリーズの御殿場倒理と片無氷雨もおそらくその仲間で、彼らは同一地平上に存在しているのではないだろうか。

 それはさておき、芹は恋澤姉妹を探している。観測しようとしている。芹の師である音切除夜子が恋澤姉妹を観測しようとして行方不明になったからだ。どうやら殺されたらしいことが冒頭でわかる。ここで謎が生まれる。観測すれば必ず殺されるとわかっている姉妹に、なぜ除夜子は会おうとしたのか。物語は芹が吐息と血潮の過去を調べながら二人に近づいていく過程を描くが、この問いが常に根底にある。もう一つの謎はもちろん恋澤姉妹がなぜ他者に観測されることを許さないのか、というものだ。百合小説アンソロジーに収録させるために青崎はこの小説を書いた。それは忘れないほうがいい大事な前提条件だ。ある人は恋澤姉妹についてこう語る。

「だけど、やっぱり普通の子たちなんだと思う。だって、誰でも一度は思うじゃない? 大切な人と一緒にいるとき、誰にも邪魔されたくないって。そりゃもちろん実際はそんなこと無理で、どこかで他人とつながるしかないんだけど。人間は二人きりじゃ生きられないんだから──」

 二人だけの世界を創ろうとする恋澤姉妹と、除夜子というかけがえのない人を失って途方に暮れる芹、これはそういう二人ずつの物語だ。恋澤姉妹は「絶対に無理」なことを可能にしようとする超人として描かれており、それに芹は闘いを挑まなければならなくなるのだ。武闘の場面が青崎一速く、青崎一の熱量で描かれていて、素晴らしい。さらに先ほど書いた「なぜ」の答えも示される、きちんとしたミステリー短篇でもあるのだ。

 短編集なのに「恋澤姉妹」の話だけで字数がなくなりつつある。この小説だけでも絶対に読むべきだからこれでいい。あとの作品も絶対に読んだほうがいい。特に書き下ろしの「11文字の檻」は必読だ。これは暗号解読ミステリーなのである。

 どうやら日本らしい国は、なんだかわからないけど怪しげで間違った戦争をやってしまい〈東土帝国〉と名前を変えた。思想犯がばんばん逮捕されて収容所に入れられる。しかし怖れることはない。この収容所からは出られるのだ。十一文字から成るパスワードを正しく書ければいい。「東土政府に恒久的な利益をもたらす十一文字の日本語」を。ヒントもなしにそんなものわかるか、と言われるか。だったら永久に出ることはできない。ちなみに答えを書けるのは一日一回だけ。延々とそれを繰り返すしかないのだ。

 絶対に解けるはずがない十一文字のパスワードを当てる話。ぱっと聞いて連想したのは、これまた2022年の話題作、小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)だった。あっちは、クイズ番組において、まだ問題文が読まれていないのに正しい答えを言えたのはなぜか、というゼロ文字解答の謎を探る話だった。零対十一文字である。もちろん「11文字の檻」でも素晴らしい解答が呈示される。

 本書はこれまで青崎有吾がさまざまなアンソロジーなどに発表してきた作品を収めた短篇集である。アンソロジーの中のマスターピースばかりを拾ってきたわけだから、もちろんどの短篇も一級品である。しかも内容はばらばらだ。たとえば「前髪は空を向いている」は谷川ニコ『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』のトリビュートアンソロジーに発表された二次創作である。それらを一冊に収めたのだから、ばらばらでいいのだ。まえがきで青崎は書いている。「洗練された短編集を求めているなら、この本はおすすめしない」し、これは「屋根裏部屋のような代物である」と。それでいいのだ。だってすべて光り輝いているからな。屋根裏部屋でも輝くものは輝くのだ。

(杉江松恋)

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