思考実験的なアイデアとエンターテインメントのバランス
松崎有理の最新短篇集。ご存知のとおり第一回創元SF短編賞を「あがり」で受賞しデビューした作家なので(同作は第一短篇集の表題作となった)、気づけばプロの書き手としてすでに干支をひとまわりしたことになる。あくまで新鮮なアイデアと破綻のない物語で読ませる、正統派のベテランだ。
本書には六作品を収録。
巻頭の「六十五歳デス」は、独立心に満ちたタフな老齢女性、紫(むらさき)と、スラム出身の野卑な少女、桜(さくら)のバディ小説。彼女たちが暮らす世界はディストピアだが基本設定は物語がかなり進むまで伏せられているため、ここで明かすことはできない。ただいっけん平穏に見える日常を、異常な社会システムが支えているとだけ言っておこう。その歪みのなかで、紫はある非合法の仕事を担ってきた。その仕事のきわめて特殊な技能を桜へ伝授するのが、いまの紫の目標だ。正調ハードボイルド小説らしく登場人物がやたらと煙草を吸うのだが、実はそれもディストピア設定とかかわっている。
「六十五歳デス」の舞台は、ハリイ・ハリスンやフレデリック・ポールを思わせる五〇年代SF風の抑圧的な未来だった。いっぽう、「ペンローズの乙女」は、スティーヴン・バクスター的な壮大な宇宙SFだ。アイデアの中核となる物理ロジックが凄まじい。また、超大質量回転ブラックホールをのぞきこむ乙女の姿は、スタニスワフ・レムのメタフィジカル寓話を思わせるところもある。ただし、物語は超未来パートと現代パートとが並行して進み、現代パートでは南の島に漂流した少年とその島の少女とのふれあいが描かれるため、青春小説の情感が基本テイストとなる。秀逸なストーリーテリングだ。
この短篇集のために書き下ろされた表題作「シュレーディンガーの少女」も、アイデアこそは先鋭(テッド・チャンを髣髴とさせる量子的に分岐する複数現実)だが、物語の焦点はわがままな少女と彼女に付き添うフレンドAIにあり、思考実験とエンターテインメントがみごとにバランスしている。物語前半の派手なゾンビ群発シーンもひとつの見どころ。
(牧眞司)
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