作家の最後の贈り物〜山本文緒『無人島のふたり』

 長く愛読してきた小説家が亡くなることは、自分の一部を失くすような喪失感があるものだと言うことを、昨年山本文緒氏がこの世を去って知った。作家が生み出した登場人物たちの言葉は、読むたびに自分の中に次々に蓄積されていく。小説を読んで得た思いに、支えられて生きていると感じる。一度も会ったことがなくても、敬愛する小説家はいつも人生に常に寄り添ってくれている存在なのだと思う。もう新たな作品を読むことはできないのだと思っていたが、作家は最後にこの一冊を遺してくれていた。

 著者は膵臓がんという診断を受け、進行を遅らせるための抗がん剤治療を始める。だが副作用は重く、緩和ケアに進むことを決意する。「余命4ヶ月でもう出来る治療もないという救いのないテキストを誰も読みたくないのではないだろうか」そんな迷いを感じながらも、亡くなる10日前までほぼ毎日書き続けた日記である。闘病の苦しさや死に対する恐怖は切実だ。体調が悪く一言だけの日もある。苦しみは、最期が近づくにつれ増していく。

 だが、決して辛さだけが書かれているのではない。最後の日々を自宅で夫と過ごすことに決めた著者は、身の回りのものを片づけ、「できればもう一度、自分の本が出版されるのが見たい」という強い希望を叶えるために仕事もし、親しい人々に会う。体調の良い日にはマンガや小説を読み、花を買い、好きなものを食べ、テレビを見て笑い、楽しかったことを思い出し、遺される夫の悲しみを思いやる。

 誰もがいつかは死ぬ。私だって死ぬ。そのことをわかっていたつもりだけれど、本当には何もわかっていなかったのだなと、読み終えて考えている。山本氏は、最後まで自分の人生を愛して生き抜くという姿を日記という形で読者に見せてくれた。「私はどこまで書く気なんだろう」と考え込みながらも、書くことを諦めなかった。人は誰もが死ぬという当たり前だけれど逃げたくなる事実に、読者である私を向き合わせ、自分の人生をちゃんと愛して生き抜くということを教えてくれた。

 あなたの書く小説やエッセイが、とてもとても好きで、何度も何度も救われたのだと、著者に直接伝えたかったと思う。それができないのはやっぱりとても残念だ。最後の贈り物のようなこの本を、私はずっと大切にするのだろう。

(高頭佐和子)

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