美味しそうな料理たちに彩られた人間ドラマ『デリシュ!』映画レビュー “料理人が主人公”の注目冒険小説もご紹介

美食の国、フランス。そのフランスで初めてレストランを作った男の爽快な人間ドラマ『デリシュ!』が9月2日より公開中です。貴族と庶民が同じ場所で食を共にすることが考えられなかった時代から、「レストラン」は、その誕生と共に貴族も庶民も共に食事を楽しむ場に。本作はフランス革命と共に訪れる「食の革命」を描いた、“世界初のレストラン”開店を描いた物語です。

本作の魅力についてのレビューと、料理人が主人公つながりで注目の冒険小説をご紹介します!

コロナ禍に入って以来、外食の大切さに気づかされました。ささっと済ませた買い物でかわりばえのしない自炊の日々が続くと、人と話しながらゆっくりとシェフの作った美味しい料理を食べる時間がどれだけありがたかったかがあらためて身に染みます。現在公開中のフランス映画『デリシュ!』は、フランスで初めて一般向けのレストランを開いた料理人の物語です。

時は18世紀後半。料理人マンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)は公爵(バンジャマン・ラベルネ)のもとで腕を振るい、お客の貴族たちの舌を楽しませていました。ところがある日、メニューにない創作料理を自信満々で出したところ、当時<悪魔の産物>として嫌われていたジャガイモが使われていたため、貴族たちから罵倒され城から追い出されてしまい、息子と実家に帰ります。マンスロンの家は旅行者が立ち寄って休む場所で、簡単な料理なども出していましたが、長年仕えた主人に出していた豪華な料理とは雲泥の差。気力を無くしたマンスロンのところに、彼に料理を教えてほしいという女性ルイーズ(イザベル・カレ)が現れます。

城の厨房で女性が料理することは禁じられていた当時、料理長として部下たちを軍隊のように厳しく使っていた彼は、状況が変わっても、女性の弟子を取るなどという考えはとうてい受け入れられませんでした。ですがルイーズは来る日も来る日もつらい下働きに耐え、なんとかマンスロンの固い頭をほぐそうとします。衝突を繰り返しながらも、なんとかルイーズの願いを受け入れて料理の基礎から教えはじめるマンスロン。厳しい指導のもとルイーズはめきめきと腕を上げ、やがて彼らは旅人たちに美味しい料理を振る舞い評判になります。ところがその噂がとうとう公爵のもとにも届いてしまったのです……。

冒頭で登場する宮廷料理の数々がそれはもう美味しそうで、トリュフの芳しい香りまでスクリーンから漂ってきそう。盛り付けや食器に至るまで豪華の極みでまさしく眼福なのですが、その一方、実家の厨房でマンスロンが焼く普段使いのカンパーニュが「これ絶対に美味しいやつ!」と声が出そうなほど魅惑的だったりして、とにかく食欲が湧いてくること間違いなしの作品です。そしてこの物語は当時の歴史的な背景と密接につながっており、人々の台詞からその後の展開が予想できる人も多いのではないでしょうか。途中で明かされるルイーズの秘密は、結末に向けてサスペンスを盛り上げていきます。鑑賞後にレストランに行きたくなる美味しい映画です。

さて『デリシュ!』はどんなに料理の腕が素晴らしくてもご主人様の一声でクビになってしまいましたが、逆に料理が美味しすぎたために海賊にさらわれてしまった料理人が主人公の冒険小説があるんです。イーライ・ブラウン『シナモンとガンパウダー』(三角和代訳/創元推理文庫)は『デリシュ!』の時代から約30年後のイギリスで物語は始まります。

オーウェン・ウェッジウッドは貴族ラムジー卿自慢のおかかえコック。ある日海辺の別荘で主人が来客と食事中、突然見るも恐ろしい海賊たちが乱入し、ラムジー卿は頭領の女海賊ハンナ・マボットに殺されてしまいます。拉致され海賊船フライング・ローズ号に乗せられたオーウェンに、マボットは週に一度彼女だけのために極上の料理を作るよう命じます。料理は毎回違うメニュー、不味ければ命の保障はないと脅されて彼はしかたなく従いますが、船上では食材も設備も最悪。なんとかして逃げ出し主人の恨みをはらすと心に誓ったオーウェンですが、はたしてこの絶体絶命のピンチを乗り切れるのでしょうか?

経験と工夫で奇跡のようなご馳走を作りだすオーウェンの技はもちろん、航海の目的、マボットの過去と秘密、海賊たちのキャラクターなど、読みどころが盛りだくさんの物語です。血湧き肉躍る海戦の描写は迫力満点ですし、海賊たちと接し、自分が目を向けなかった世の中の事実を知ったオーウェンが少しずつ変わっていくくだりには心が動かされます。

訳者あとがきにある、著者ブラウンが本書を書いたきっかけが意外すぎて驚きなのですが、アメリカでも放映され大人気を博したTV番組「料理の鉄人」にも影響を受けたとか。とにかく出てくる料理がどれも抜群に美味しそうに描かれ、読みながらお腹が減ってきますが、波瀾万丈の物語の続きが気になってなかなか読むのが止められないという、なかなか罪深い一冊です。食欲の秋に美味しそうな物語、どちらも堪能できる2作品をぜひお楽しみください。

【書いた人】♪akira
翻訳ミステリー・映画ライター。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、翻訳ミステリー大賞シンジケートHP、「本の雑誌」等で執筆しています。

『デリシュ!』公開中

出演:グレゴリー・ガドゥボワ、イザベル・カレ、バンジャマン・ラベルネ、ギヨーム・ドゥ・トンケデック
プロデューサー:クリストフ・ロシニョン & フィリップ・ボエファール
脚本:エリック・ベナール、ニコラ・ブークリエフ
撮影監督:ジャン=マリー・ドルージュ
音楽:クリストフ・ジュリアン
2020/フランス・ベルギー/フランス語/シネマスコープ/5.1ch/112分/原題:DÉLICIEUX/配給:彩プロ 映倫G
(C)2020 NORD-OUEST FILMS―SND GROUE M6ーFRANCE 3 CINÉMA―AUVERGNE-RHôNE-ALPES CINÉMA―ALTÉMIS PRODUCTIONS

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