少女の抑圧が悪夢を生む北欧ホラー『ハッチング―孵化―』監督インタビュー 「主人公は常に母親の顔色をうかがっている」[ホラー通信]
「この映画を作るときに精神科医に話を聞きに行ったんです。この映画が描くような母親と娘の関係性は結構現実にあるという話をしていました」
フィンランド発のホラー映画『ハッチング―孵化―』が4月15日より公開。描かれるのは、母親と幼い娘の歪な関係性、そして少女の抑圧された感情がもたらす悪夢。本作のハンナ・ベルイホルム監督がインタビューに応じてくれた。
美しい家で暮らす、仲睦まじい幸せな一家……母親は、そんな“外面”をSNSで発信することに夢中だ。12歳の娘・ティンヤは、母親の理想に適応しようと努力し続けている。あるとき、ティンヤは森で奇妙な卵を見つけ、それを密かに家に持ち帰る。彼女がこっそり育てたその卵は、やがて孵化し、母親が作り上げた“完璧な家族”という外面を破壊する脅威となる。
今作が生まれる発端は、共同脚本のイリヤ・ラウチによる“少年が卵から邪悪な分身を孵化させる”というたった1行のアイデアだった。ベルイホルム監督が「映画全体の中で、女性の視点や女性を描く物語がまだまだ足りない」という想いから、主人公を少年から少女に変えることを提案。すると、先のアイデアが持つ潜在的なテーマが浮かび上がり、物語が進んでいった。プレッシャーで抑圧された少女の狂気が卵に満ち、姿を現すのだ。「男の子よりも女の子の方が、行動やルックスなどにおいて、“ある程度の基準を満たさなければならない”というプレッシャーをより大きく受けていると思う」と監督は言う。
“擁護できない”けれど共感できるキャラクター
「精神科医に話を聞きに行ったとき――主に摂食障害の女の子たちを見ている方でしたが、本作のように母親が娘を“自分に帰属するもの”として扱っていて、自分の夢を叶えるためのものとして見ている、こういう関係は結構実例があるんだそうです」
本作の母親は、自分が諦めた夢を娘に託し、娘を立派な体操選手に育てたいと考えている。娘のティンヤは、母親の理想に応えるのに必死で、知らず知らずの内に自分の本心に蓋をしてしまう。物語はファンタジーでも、家族像や人物像のリアリティにはゾッとするものがある。本作を観たとき、そのキャラクターたちに、自分自身や身の回りの人物の面影を見出す人は少なくないだろう。
「母親と娘というメインのキャラクターは、なるべくリアルなものにすること、共感できるキャラクターにすることが重要でした。この人がモデルであるというはっきりとした人物がいる訳ではありませんが、周りの人たちからいただいた部分はありますね。母親はものすごく恐ろしいキャラクターですが、実は共感できる面もあります。彼女は家族がSNSでどう見えるかを全てコントロールしたいと思っていますが、私も監督なので、映画を作る時は全てをコントロールしたいし、コントロールしたいという欲求はすごく共感できるところです」
母親役を務めたのはソフィア・ヘイッキラ。優しい笑顔の奥に歪な感情が渦巻く本作の母親を強烈に演じた。もともとは演劇界で活躍しており、本作が長編映画デビュー作なのだという。自身も母親であるソフィア・ヘイッキラは、このキャラクターをどう見たのだろうか。
「ソフィア本人とこの母親は全く違う人物です(笑)。ソフィアはもともと、“演じる上でどんな役柄であっても自分が擁護できる人物でなければならない”という考えを持っていたんだけれど、“このキャラクターは擁護できない”と思ったそうです。でも、色々考えていくうちに少しずつ共通点を見出せた。それは彼女自身が3人の女の子の母親であること、そして、SNSでの活動もアクティブであるという点だったようです。SNSで発信をするときに背景をきれいにしたりすることはソフィア自身もしているようだし、子どもたちの洋服を揃えたりすることもある、親として子どもたちに期待を抱いてしまうことも分かる……という風に理解していった。ただ、ソフィアの違うところは、“そういうことはよくなかった”と意識できたことで、この映画の母親はそういう罪悪感を全く感じていないから自分とは全然違うと(笑)」
「すごい、この子だ」――1200人から選ばれたティンヤ役の逸材
主人公のティンヤは、オーディションで選ばれたシーリ・ソラリンナが演じた。ティンヤ役の逸材を見つけるために、監督らはあらゆるメディアを駆使して応募者を集め、最終的には1200人もの応募があったという。フィンランドの人口が約550万人であることをふまえると驚異的な数字だ。学校はもちろんのこと、「体操関係や演劇関係、子どもの趣味系、演じることに興味を持ってもらえるような子がいそうな場所に全てコンタクトを取った」と監督。
最初のオーディションでは動画を送ってもらい、体操選手役としての運動神経を見るほか、怒りの表現として、大声で叫ぶさまを見せてもらった。「シーリはその動画の時から演技がすごく自然でした。カメラに向かって強烈な視線を向けてきて、“すごい、この子だ”とその時に思ったんです。三段階のオーディションのすべてで、彼女はキャラクターのその時の感情に飛び込んでいて本当に素晴らしいと思ったし、自然に備わった才能だと思いました」
本編を観ると、シーリ・ソラリンナが少女の無自覚の抑圧を見事に演じているのに驚かされる。撮影時、彼女は役柄と同じく12歳だったという。ときに大人でも気付きにくい“抑圧”を、彼女はどう解釈して演じたのだろうか。
「シーリにはもちろん脚本を全て読んでもらい、母親と娘の関係性を少しアドリブでやってもらいながら、徐々に掘り下げていくということをしました。例えば、“ティンヤはいつも母親の顔を見ている”ということを話したり、“母親に自分のことを受け入れてもらいたい、愛してほしいと思っている”……だからこそ常に母親の顔色をうかがっているという話をしたり。
シーリは撮影の時まだ12歳だったので、作品全体が言わんとしていることまでは理解していなかったかもしれないけど、ティンヤというキャラクターに関してはすごく理解できたようでした。母親から愛情を受けることができないすごく悲しいキャラクターで、間違いを犯すことがとにかく怖いので、常に閉じた感じであるということは彼女も話をしていました」
人を怖がらせるより、ホラーを通して物語を綴りたい
本作はベルイホルム監督にとって長編映画デビュー作。これまでには数々の短編やTVシリーズを手掛けてきた。過去作について伺うと、それらで培った経験が本作にも活かされていることが分かる。
「いわゆる“ホラー”というものは作ったことがなかったんですが、短編の中でホラー要素があるものはいくつか作っています。その一例が前作の短編『Puppet Master(原題)』で、これは主人公の女性が余りにも孤独なので、ある男性に自分をパペット扱いすることを許容してしまうという物語です。自分のことを物体として扱う・あるいは扱われるという関係性を描いたものでした。子役と仕事をしたことも結構あって、TVドラマや短編でも子どもが出てきたり、子どもの物語も作っていますね。
映像作品を作る時は、いつも主人公が経験していることが世界観になるストーリーテリングをしたいと思っています。観客が見る世界は全て、“主人公が経験しているもの”、“キャラクターが世界をどう見ているか”、というところを意識して作っています。この映画を作る上で参考にした作品というのは特にありません。自分が映画のデザインをしている時は何かの物真似にはしたくないので、あえて他の映画のことは考えないようにしていました」
影響を受けた映画監督には意外な名前があがった。また、近年で良かったホラー映画についても語ってもらった。
「自分自身が色んな意味で影響を受けた映画作家は黒澤明で、好きな作品はその時によって変わるんですが、やっぱり『乱』かな。他にも『どですかでん』や『七人の侍』はもちろんのこと、『デルス・ウザーラ』も好きですね。黒澤好きだからといって彼と同じ映画を作りたい訳ではありませんが(笑)。
最近観てよかったのは『アザーズ』で、ホラーとドラマの美しいコンビネーションがすごくいいと思いました。ホラー映画を作るにしても、人を怖がらせることよりも“ホラーを通して物語を綴りたい”と思っているので、そのひとつのいい例だったと思います。他には『RAW 少女のめざめ』、これはフィジカルな形で女性のキャラクターについて表現していたのがすごく好きでした」
卵から孵化するもの
<ネタバレ注意>
ここから先は、本作で卵から孵化するものについて具体的に言及されています。何も知らずに作品を鑑賞したい方は、鑑賞後にお読みください。
ティンヤが世話する卵はどんどんと大きくなり、やがて殻を破り、その衝撃的な姿を見せる。“アッリ”と呼ばれるそれは、本作でもキーになる存在だ。そのビジュアルは、フィンランドでコンセプトアートを手掛けるアーティストとともに開発したという。
「彼らに渡したイメージの中には、実在の鳥やカラスの画像がありました。それから伝えたのが、“摂食障害で拒食症、すごく痩せている身体”というひとつのインスピレーションです。なぜなら、この映画は摂食障害というのがひとつのテーマだからです。ティンヤは体操選手として完璧な体つきをしているので、その真逆を表現する身体にしたかった。だから、四肢のサイズもバラバラ、外見も醜く歪なもので、うまく歩くこともできないし、何も満足にすることができないような身体をしている。
サイズに関しては、ティーンエイジャーの少女のサイズにしたいと当初から考えていました。卵から生まれてくるのは、ある意味で怒れるティーンエイジャーの体を持っていて、それをいびつな形で表現したものなんです。親に反抗しているんだけど、同時に愛されたいと思っている、そんなイメージです。しかし、全てが邪悪なのではなく、目はイノセントさを持っているということを表現したかったので、大きな目にしてもらいました。
ティンヤ役のシーリ・ソラリンナがアッリを演じた時、アッリは、ティンヤにはできない感じに感情を爆発させるので、色々な形で動くことになりました。その動きはシーリと試行錯誤しながら作っていったものなんです」
『ハッチング―孵化―』
4月15日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にて全国順次ロードショー
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