いつかどこかで見た、あの時の記憶。蓮井元彦個展「写真はこころ」
東京・Printed Unionにて12月3日(金)より蓮井元彦による写真展「写真はこころ」が開催される。
「お店の雰囲気が良いので写真を撮って良いですか?」と聞くと、「建築やっている方?」「写真です。」「いいわよ。」僕は何枚かの写真を撮った。
福岡に仕事で行った時の事だ。駅から今風の繁華街を抜け、裏路地を散策していると曲がり角を曲がったところにいかにも昭和喫茶という感じの喫茶店があった。テーブル席が十五席くらいとカウンターが十席くらいの店で、サラリーマン風の客が五名ほどランチを食べている様子だった。僕は珈琲を注文した。
喫茶店のおばちゃんは数十年、女手ひとつで店を切り盛りしてきたそうだ。 「取材とかも来るのよ。」と言いながら何冊かの雑誌を見せてくれた。「写真を撮られるのはあまり好きじゃない。だから大体は断っちゃうのだけどね。」と言った。
古びた店内はどこか懐かしく、作りの良いテーブルや椅子が使い込まれていた。
おばちゃんは店のことや街のこと、夫のことなどを話してくれた。僕は一通り店内の装飾や雰囲気を撮り終えると「今度はおばちゃんの写真を撮らせてください。」と頼んだ。照れ臭そうに「私はいいわよ。」と言って断ったが、何度かお願いをすると最終的にはお許しをいただけた。カウンターの前に立ってもらい撮り終えると、どことなく嬉しそうにしていた。
帰り際に「写真はカメラじゃない、こころよ。純粋なこころを忘れないで生きていってね。」と言った。おばちゃんの目は強くて優しかった。 いつまでも元気でいてほしいと思った。
店を出て川を渡ると小さな公園があった。僕は立ちどまって、さっきの喫茶店のことを考えた。
東京に帰ってもおばちゃんの言葉は僕の中に漂い続けた。 そして、それはずっと消えてしまうことはないだろう。
蓮井元彦
〈写真はこころ〉と名付けられた今回の展覧会及び写真集では、2020年~2021年の間、非日常が日常となったコロナ禍の東京や地方都市で撮影された写真が並ぶ。
何気ない街の景色や、路上で将棋を指す老人、猫、あるいはデモの行進、路上生活者、電話しているビジネスマン、植栽、ヌードモデルなど、その写真のひとつひとつは客観性の高い視点で切り取られているがゆえに、プライベートとパブリックの境界線が曖昧になったような、蓮井自身が向き合った内省的な営みの記録とも見てとる事ができるだろう。
“写真はカメラじゃない、こころよ。純粋なこころを忘れないで生きていってね。”
本展覧会のタイトル〈写真はこころ〉は、蓮井が福岡で訪れた喫茶店の女性店主の言葉を引用している。
シャッターが押される、あるいは「イメージ」が生まれる成り立ちを丁寧に見つめ直すようにして紡ぎ出されたこれらの写真は、鑑賞者にいつかどこかで見た光景を彷彿とさせるような、もう二度と戻ることはできない「あの時の記憶」の質感を併せ持っている。
蓮井元彦〈写真はこころ〉
HASUI Motohiko〈Photographs of the Heart〉
2021年12月3日[金]—12月19日[日]
14:00 – 20:00
Close=12月6日[月]・7日[火]・13日[月]・14日[火]
Printed Union
150-0001 東京都渋谷区神宮前 6-32-7 近藤ビル1F
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蓮井元彦(はすい・もとひこ)
1983年生まれ、東京都出身。2003年渡英。Central Saint Martins Art and Design にてファンデーションコースを履修した後、London College of Communication にて写真を専攻。2007年帰国。国内外の雑誌や広告などで活動するほか、作品制作を行う。2013年、自身初となる写真集『Personal Matters』をイギリスのパブリッシャーBemojakeより発表する。
主な写真集に『Personal Matters』、『10FACES』、『10FACES 02』、『Personal Matters Volume II』、『Yume wo Miru』、『Deep Blue – Serena Motola』、『吉岡里帆写真集 so long』、『for tomorrow』などがある。
また、2019年にはG20大阪サミットにて京都・東福寺で行われたTea Ceremonyに際し制作された図録の撮影を手がけるなど活動は多岐にわたる。
都市で暮らす女性のためのカルチャーWebマガジン。最新ファッションや映画、音楽、 占いなど、創作を刺激する情報を発信。アーティスト連載も多数。
ウェブサイト: http://www.neol.jp/
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