「賢人論。」第152回(中編)ブレイディみかこ氏|賢人論。|みんなの介護

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「賢人論。」第152回(中編)ブレイディみかこ氏|賢人論。|みんなの介護

「この人はこんな人」という考え方は、間違っているかもしれない

ブレイディみかこ氏は、貧困エリアの託児所での経験をブログに綴っていた。その内容が『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』として2017年に書籍化。同書は新潮ドキュメント賞を受賞し、本格的な作家活動に入ることになる。その後も、緊縮財政下にあるイギリスの格差と貧困の実態をあらわした書籍が、世代や職業を越えて人々の心を揺さぶっている。ブレイディ氏の原点やケア労働への考えを聞いた。

「この人はこういうものだ」と決めつけない

みんなの介護 ブレイディさんは、他者の視点に立って世界を見る「エンパシー」の大切さを本の中に書かれています。ケア労働で言えば「健常者から見た障がい者」「若者から見た高齢者」への接し方などもエンパシーが鍵になりそうですね。

ブレイディ そうですね。エンパシーを発揮するには、他者を「決めつけ」ないこと。例えば「この人はこういうものだ」という思い込みです。それに目が曇らされると、相手が意外な姿を持っていても見えなくなるからです。

今年の6月に出た拙著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』には、もう一つのテーマがあります。それは「他者に対する思い込みを乗り越えろ」「既成概念を脱ぎ捨てろ」ということ。

最近、『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書: 自閉症者と小説を読む』という本を読んだんですが、この本にもその大切さが描かれていました。文学部の教授が自閉症者とともにさまざまな文学作品を読むというストーリーで、彼らとの読書記録になっています。

自閉症者が他者の視点を想像しながら、主人公の気持ちを濃厚に敏感に感じとっている。「自閉症者は他者の気持ちを想像することができない。エンパシーに欠ける」と言われることもありますが、それがどれだけ人の視野を狭める思い込みだったかよくわかります。

ケア労働の常識は日々アップデートされる

みんなの介護 なるほど!今まで信じられてきた考え方と180度違いますね。

ブレイディ 私もこの本を読んで、「このような思い込みが、障がい者や高齢者に対してもあるのでは」と思うようになりました。

イギリスで保育士をしていた頃、半年に一度ぐらいのペースで知識をアップデートしていました。多様性や人種の問題、障がい者教育など最新の知見を学ぶのです。当たり前のように教えられていたことが、最近の研究では全然違ったという話もどんどん出ています。

みんなの介護 間違った思い込みを持ったまま相手にかかわり続ける怖さを感じます。

ブレイディ ケアの仕事は、日常的には同じことの繰り返しですよね。保育であれば、オムツを替えたり寝かせたり、食べさせたり、遊ばせたりするルーティーンの繰り返しです。

しかし、だからこそ日々の仕事の中で知識をアップデートしながら、新鮮な驚きや新しい考え方を取り入れて仕事をすることは、自分がやっていることの意味を理解し、深める上でも大切だと思います。

人間を直接ケアする喜びは、魂の滋養になる

ジョンソン首相を助けた看護師が待遇の悪さから退職

みんなの介護 ブレイディさんは、ケア労働者の存在についてはどんな問題意識をお持ちですか?

ブレイディ ご存知の通り、ケア労働者は新型コロナ問題で活躍しました。それなのに、経済的に報われていないのはおかしいと思っています。

新型コロナの感染が広まっていったときに、ケア労働者はステイホームができませんでした。イギリスでは厳格なロックダウンが行われ、ケア労働者以外の人たちは自宅で働いていたにもかかわらずです。

しかし、保育士・介護士・看護師・ゴミの収集や病院の清掃に携わる方たちは、外で働く必要がありました。直接的に他者のニーズをケアする人たちです。

働けない人に対しては、休業補償が給与の80%出ていました。毎週木曜日の夜には、医療従事者やケア労働者のためにさまざまな人が拍手を送りました。しかし、ケア労働者はやはり低賃金。スズメの涙ぐらいの昇給しかなかったので、怒りが起きています。

みんなの介護 命を危険にさらしながら職場を守っていたのに…。

ブレイディ そう思います。一つ象徴的なエピソードがあります。ジョンソン首相が昨年新型コロナにかかりました。命を落としかねない重篤な状態になったんです。そのとき助けてくれた看護師たちがいました。ジョンソン首相は生還したときにこう言いました。「この人たちがいるから自分は助かったんだ」と。

しかし、ジョンソン首相に感謝された看護師の内一人が今年辞めています。コロナ禍での行動が待遇に反映されなかったからです。

ケアをする仕事は、これから主流になっていくでしょう。事務作業などはAIにとって代わられる。「ブルシット・ジョブ」と言われる、なくても良い仕事も削られていくでしょう。しかし直接的に誰かをケアする仕事は、よっぽどロボットが進化しない限り人間にしかできません。

私は他者を直接ケアする仕事には、魂の滋養になるような喜びを感じる瞬間があると思いました。この感覚は、ケア仕事の経験がある人にはわかるはず。

「底辺託児所」で私は書くべきことを見つけた

みんなの介護 ブレイディさんはいつから託児所で働いていたのですか?

ブレイディ 私がイギリスの託児所に勤め始めたのは、今から15年ほど前です。託児所があったのは疾病率・失業率・貧困率が国内でもワーストの貧困エリア。長期的に無職の状態にある方、貧困の問題がある方、移民の方などが多く住んでいました。

みんなの介護 ご著書などで「底辺託児所」と表現されていますね。まさしく、社会の歪みをダイレクトに受けた子どもが集まった場所のような…。

ブレイディ そうです。託児所の母体の施設は、ほかにもさまざまなサービスを行っていました。一例をあげると、ホームレスの方へのシェルター提供、生活保護の受け方などを教えるリーガルアドバイス…。教育としても、長期無職の方々に無料でPCスキルを教えたり、移民の方々に英語を教えたりもしていたんです。

福祉が保護する寸前の状態までいっている子どもたちも多く来ていました。また、ソーシャルワーカーが介入している家庭もありました。育児放棄や幼児虐待の疑いがあったからです。

そのような状況を見て、私は当初、「もっとしっかり子どもを育てろよ!」と育児放棄をする親に強い違和感を持っていたんです。でも、次第に「これは個人の問題ではないな」と感じるようになりました。そして「こんな風に育児を放棄してしまう原因はなんだろう」と考えるようになったのです。

みんなの介護 原因は何だったのでしょうか。

ブレイディ イギリスの保育士は資格を取るときに、学期ごとに長いエッセイを書かされます。これは随筆という意味ではなく、テーマごとに設問について答えていく小論文のことです。例えば、「児童保護」がテーマであれば、幼児虐待を早い時期に見つけるために保育現場ではどのようなことを実践するのかと聞かれる。

子どもが登園してきたら、傷や痣がないか毎朝チェックして記録するなど、実習している園で行っている実践をいくつか答えますよね。すると次の設問は、いま答えた実践の数々はそれぞれどの法律に基づいているのか、と聞かれる。国内の法だけでなく、国連のルールまで遡って答えます。

次に、その法律ができた背景について聞かれます。例えば、児童虐待を受けて亡くなった子どもの事件があり、そのために保育施設と福祉、警察の連携を求める市民運動が立ち上がった。それが国会でも取り上げられ…というようなことや、第二次世界大戦後のスラムの子どもたちまで遡って歴史的な変遷を書くこともある。一定の点数を取らないと資格が取れないので、みんな必死で調べ、本を読んだりして書きます。

こういうエッセイを書かされ続けると、目の前にいる一人の子どもや家族を特定の方法でケアしなければならない背景にある法的枠組や、さらにまたその背景にある社会の構造的な問題まで考える習慣がつくのです。

これは、ミクロからマクロを見上げる訓練だと思います。だから、英国には「保育士は社会を変える仕事だ」と言う人もいます。その通りだと思います。

みんなの介護 社会の歪みが悲惨な家庭状況につながっていることを強く感じますね。託児所での経験が、その後の執筆にどんな影響を?

ブレイディ 私はそれまでもライターとして、音楽や映画のレビューの執筆をしていました。しかし、託児所で働き始めて「自分が書かなければいけないことを見つけた」と感じたんです!

私が書く必然を感じたのは、格差と貧困の問題。一貫して伝えたかったテーマは「緊縮財政への反対」です。イギリスは2010年に緊縮財政を始めてから格差が広がり、固定化しています。私が働いていた託児所も、緊縮財政によって潰れてしまいました。

保守党が政権を取った2010~2011年度から2015~2016年度の間に、イングランドの地方自治体は、27%の支出削減を余儀なくされました。

私が働いていた無料託児所は、長期無職者とその家族を支援する慈善団体の一部でした。ですので、地方自治体に補助金を貰っていましたが、この大幅な支出削減の影響で補助金を著しく削られ、だんだん縮小し、最後には運営不可能になりました。

託児所だけではなく、図書館もどんどん潰れました。福祉施設やソーシャルワーカーの福祉予算が削られてソーシャルワーカーの数が減っています。結果的に、昔だったら絶対ソーシャルワーカーが入っていたような家庭に、誰も介入できなくなりました。そのような問題がどんどん起きているのです。

政府が国民のためにもっとお金を出すことが必要だと感じています。このことは、日本も同じと言えるでしょう。

撮影:Shu Tomioka

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ブレイディみかこ氏の著書 『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)は好評発売中!

“負債道徳”、ジェンダーロール、自助の精神……現代社会の様々な思い込みを解き放つ!エンパシー(=意見の異なる相手を理解する知的能力)×アナキズムが融合した新しい思想で、多様性の時代のカオスを生き抜く。


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