「賢人論。」第152回(前編)ブレイディみかこ氏|賢人論。|みんなの介護

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「賢人論。」第152回(前編)ブレイディみかこ氏|賢人論。|みんなの介護

多様性の時代の鍵は、共感できない人を理解するエンパシーにある

イギリス在住のライターであり保育士のブレイディみかこ氏は、2021年6月『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)を上梓した。この本は日本の読者に反響が大きかった「エンパシー」について詳しく取り上げたものだ。共感できない相手であっても、相手の視点に立って世界を見るエンパシー。それは、少子高齢化で移民の流入が進む日本にあっても欠かせない。EU離脱以降の分断でエンパシーが切実に必要とされるイギリスの状況も踏まえて伺った。

エンパシ―が欠如した政治家たち

みんなの介護 ブレイディさんは、エンパシ―という言葉を「他者の視点から世界を見ること」と表現し、そのエンパシーが失われているとおっしゃっていますね。具体的に、どんな場面でそれを感じますか?

ブレイディ 政治家に、他者に対する想像力がなくなっています。それは、彼らが自分の社会的階層から外にほとんど出ていないからだと思います。貧困層の人と付き合ったこともなければ、その方たちが住む地域を見に行ったこともない。そんな政治家が「格差は問題だ」なんて言っている。

現在イギリスではフードバンクがとても増えていますが、以前保守党のある大臣が「フードバンクがこの世にあるのは知っている。だけど、なぜ人々がそこに行っているのかわからない」と発言していました。この発言はもちろん猛烈な反感を買いました。

みんなの介護 それは本当に恐ろしいことですね。

ブレイディ このことは、日本にも当てはまるのではないでしょうか。以前の首相の話ですが、新型コロナ対策として、ステイホームをプロモーションするための映像をつくりましたよね。「いかにも優雅なお宅で小指を立てて紅茶を飲みながら過ごす」という設定で、「休業補償もないのに、誰がこんなハイソな暮らしをしてるんだ!」とネットでひんしゅくを買っていましたね。

これがエンパシーの欠如です。自分の周りにいるよく似た境遇の人たちしか知らないため、「自分が知らない他者はどういう暮らしをしてるんだろう」と考える想像力がなくなったのです。

グローバルな旅ではなく、同じストリートの人たちを知る旅を

みんなの介護 エンパシーの大切さはイギリスでも見直されているのですか?

ブレイディ 今年、イギリスのノーベル賞作家であるカズ・イシグロさんのインタビューが話題になりました。

彼は普段からニューヨーク・パリ・東京を行き来して、グローバルに旅をしています。しかし、イシグロさんが旅をして、話をするのは、作家やメディア、ジャーナリストや大学の先生など、同じような考え方をしている知識階層の人たちだけだと言うのです。例えば、工場労働者やスーパーマーケットの従業員など、普段接することがない人と話すわけではありません。

そのようなご自身を振り返り、「これからはグローバルな横の旅ではなく、自分が住んでいるストリートの人たちを知る縦の旅をするべきじゃないか」と言われたのです。

同じストリートに住む人たちの中には、自分とはまったく違う環境で育ってきた人がたくさんいます。イギリスであれば、同じストリートでも人種も違います。喋っている言葉さえ違います。自分がしたこともないような仕事をし、違う階層に生きている人たちが住んでいるわけです。そのような人々を理解することを、縦の旅だと表現されました。

みんなの介護 「縦の旅」とは面白いですね。確かに遠くに出かける「横の旅」より心境の変化を与えてくれるかもしれません。

ブレイディ カズオ・イシグロさんがそのように語られた背景には、英国のEU離脱があったのではないかと思います。

イギリスではEU離脱の後も分断が進み、3年半ぐらい揉め続けていました。離脱派と残留派など、階層や政治イデオロギーのために、憎しみに満ちたいがみ合いが延々と続いたのです。

その中で、「分断された者が互いに憎しみ合うのは良くない」「対話しなくてはいけないのではないか」という意見が増え、エンパシーが必要だと言われるようになったのです。

みんなの介護 イギリスでは、エンパシーが求められる必然があるのですね。

ブレイディ ええ。また、分断は貧困の問題ともつながっています。貧しいエリアに住む人たちと、ミドルクラスのエリアに住んでいる人たちが日常的に触れ合うことがない。そうした異なる層の人たちがすれ違うこともないエリアもあります。

交わり合う機会がないと、互いの考え方を知る機会がないのでお互いのことがわからなくなる。小さな子どもを見るとよくわかりますが、人間は知らない人には恐怖心を抱くように生まれついている。この恐怖心が憎しみや対立の根源だと思います。

みんなの介護 ブレイディさんも、「わからない相手に対して恐怖を持つこと」を実感した経験はありますか?

ブレイディ 私は保育園で働いていました。日本人ということで、子どもに怖がられることがありました。子どもは見たことがないものは怖いから、びっくりして近寄りません。

家族も友達もみんな白人でアジア人と触れ合ったことがない。そんな子どもが1・2歳で託児所に来たら、私を見て大泣きするんです。怖くておもらしされてしまうこともありました。

でも、そんな小さな子どもを相手に「人種差別をするな」と説教をしても仕方ありません。人間は怖いものに対して、そのような反応をする本能が備わっていると思うのです。実地で触れ合って慣れていくしかない。慣れて行けば、卒園する頃には一番の仲良しになっていたりするんですけど。

グローバルな旅より、別世界の他人を知る旅をしよう

たった4ページのエンパシーの記述に大きな反響があった

みんなの介護 『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』を出版されたのは、日本の読者に反響があったテーマだったからだとお聞きしました。

ブレイディ 私は、エンパシーについて『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 』で触れました。エンパシーについての記述は、本の中のたったの4ページ。それなのに大きな反響をいただき、本のレビューやTwitterで「エンパシーという言葉が心に残った」とコメントをくださった人が多くいました。この現象はとても不思議で、なぜなのか考えてみたんです。

みんなの介護 確かに不思議ですね。実際、どんな理由でしたか?

ブレイディ エンパシーという英単語は、これまで「共感」と訳されて日本に入っていました。シンパシーと同じ訳です。

ブレイディ ですが、エンパシーという言葉は「共感」と訳せるものではないし、シンパシーとは別物ですよね、という概念が入ってきた。そのことによって、「これだ」と思った人が多かったのではないかと考えました。「共感じゃない、つまり、感情から入るわけではない他者理解もあるよね」ということです。

みんなの介護 なるほど。ブレイディさんは、シンパシーとエンパシーの違いはどのように考えていますか?

ブレイディ 例えば、かわいそうだと同情したり、共鳴したりする気持ちがシンパシーです。SNSで「いいね」を押すときのような瞬時に抱く気持ちです。

エンパシーは、同情できる人や自分と同じ意見を持っている人に限って抱くものではありません。どんな相手であっても「その人の立場に立ったらどうだろう」と想像します。「考える」というワンクッションが入るのです。

だからエンパシーを働かす対象には、反対の意見を持っている人、同情できない人、好ましいとすら思わない人も入っているわけです。

共感できない人をも理解するコグニティブエンパシ―

みんなの介護 『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』の中では、でさまざまな種類のエンパシーについて触れられていましたね。

ブレイディ エンパシーの中でもいくつか種類があるんです。その中でも一番大きな分け方は、コグニティブ(認知的)エンパシ―とエモーショナル(感情的)エンパシーです。

エモーショナルエンパシーは、シンパシーに近いです。自分と似たような考えを持っている人や自分と同じような境遇の人に抱くことが多い。共鳴したり、かわいそうだと同情したりする気持ちです。

コグニティブエンパシーは相手がどんな人であれ、その人の視点を取得して世界を見る。その人になったつもりで考え、想像してみるのです。想像力を働かせる相手に制限がありません。

みんなの介護 ちなみに、どうやったらエンパシ―が身に付くのですか?

ブレイディ 例えば、読書などはエンパシーを磨く作業です。小説は主人公になったつもりでいろいろなことを体験できます。映画もそうです。

そこに出てくる主人公は、必ずしも共鳴できるタイプばかりではありません。シリアルキラーのような登場人物もいます。しかし、共鳴できなくても「なんでこの人はこんな行動をとったのだろう」と考えるわけです。もちろんそこで「やっぱりわからない」ということはあります。それでも、その人にはその人の視点があり、自分とは違う他者がいるのだという事実はわかるようになるんです。

みんなの介護 なるほど。エンパシーが磨かれるといろいろな方との人間関係が変わりそうですね。

撮影:Shu Tomioka

「賢人論。」第152回(前編)ブレイディみかこ氏|賢人論。|みんなの介護
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ブレイディみかこ氏の著書 『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)は好評発売中!

“負債道徳”、ジェンダーロール、自助の精神……現代社会の様々な思い込みを解き放つ!エンパシー(=意見の異なる相手を理解する知的能力)×アナキズムが融合した新しい思想で、多様性の時代のカオスを生き抜く。


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