返還は「静かにやらせてくれ」1997年ロシア会談で高官が囁いた一言

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返還は「静かにやらせてくれ」1997年ロシア会談で高官が囁いた一言

つい先日も国後島から道東まで泳いできたという、亡命希望のロシア人男性が報道されていましたが、北方領土は今なお外交問題として日本の大きな課題となっています。「北方領土が日本に最も近づいた日」と称されることもある、1997年、ロシアのクラスノヤルスクで行われた日露首脳会談。元駐ウクライナ大使の馬渕睦夫氏と、その首脳会談を取材していたという前ロンドン支局長の岡部伸氏が、当時の状況を明かしてくれました。

※本記事は、馬渕睦夫×岡部伸:著『新・日英同盟と脱中国 新たな希望』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

エリツィンの突然の提言に慌てたロシア外務省スタッフ

——岡部先生は1997年11月1日・2日にクラスノヤルスク(ロシア中部シベリア地方の都市)で行われた、橋本龍太郎元首相とロシアのボリス・エリツィン元大統領の首脳会談を取材されたとのことですが、当時はどのような様子だったのでしょうか? 

あの会談では「2000年までに東京宣言に基づいて領土問題を解決し、平和条約を締結することに全力を尽くす」というクラスノヤルスク合意が交わされました。しかし、その後のエリツィン大統領の健康不安と、参院選で惨敗した橋本首相の失脚により、結局、合意内容は実現することなく終わっています。


▲橋本龍太郎 出典:首相官邸HP

▲ボリス・エリツィン 出典:ウィキメディア・コモンズ

岡部 当時クラスノヤルスクに行って、首脳会談に同席したロシア側のスタッフは、ほとんどが大統領府の職員で、対日政策を担当するロシア外務省からは、エリツィン大統領の通訳を務めた、現在の駐日大使のミハイル・ガルージン氏だけでした。

エリツィン大統領がエニセイ川の川下りの途中、船上で橋本首相に唐突に「(日露が両国国境を択捉島と得撫島の間と定めた日露通好条約を結んだ)1855年に次いで、今日をクリル(北方領土)問題を解決する日にしよう」などと、北方4島返還とも解釈できる提案をしたので、ロシア外務省が驚いていましたね。


▲エニセイ川 出典:PIXTA

私がモスクワに戻ると、ロシア外務省のある高官から電話で呼び出され「殿(エリツィン大統領)はご乱心で何を発言したのか」と問い質されました。ロシア報道に関わっていますけど、ロシア外務省の高官から呼び出されてヒアリングを受けるなど、後にも先にも、その一回だけですよ。

裏を返せば、エリツィン大統領の発言は、予測不能の唐突なもので、事務方と事前にすり合わせをせず、急遽、北方領土問題解決への強い意欲を示したと解釈できます。予期せぬ大統領の前向き発言で、ロシア外務省の事務方は驚き、戸惑ったのでしょう。大統領府主導で日本との関係改善が進められ、ロシア外務省は交渉の脇に追いやられていたため、外交の劣勢を挽回しようと、交流があった「敵国」メディアの私に探りを入れてきたのでした。

20年以上経過して考えてみると、当時はロシアの政権内部で主導権争いが表面化して混乱に陥るほど、エリツィン大統領がクラスノヤルスクで領土問題解決へ向けて重要な発言をしたと理解できます。今日、それを生かせていないことが痛恨です。

馬渕 それはなかなか、大変な場面にいましたね。

ロシアは「自分たちには分がない」ことを知っていた

岡部 その時、高官が最後に発言した言葉が今も忘れられずに覚えています。

「本当にそこまで大統領が解決に意志を示したのなら、我々も肚をくくってやる」と言われました。当時の外務大臣はエフゲニー・プリマコフで、アレクサンドル・パノフが駐日大使でした。そして、その高官が私の目を見ながら続けてこう言ったのです――「そのかわり静かにやらせてくれ」と。

それを聞いて、私は「日本側のメディアは騒がず、ナショナリズムを騒ぎ立てず、淡々と事実関係に基づいて4島の帰属を決める返還作業を、実務的にテクノクラートたちに処理させて欲しい」。そのように主張しているように感じました。

そして「ロシアは、自分たちの主張に正統性がなく、日本側に分があることを理解しているのだな」と思いました。大統領が返還に決断したのなら、実務作業を静かに行うというのは、日本に返還することの法的正当性を実は理解していると思われたからです。

プーチン政権となって、ラブロフ外相らは表面的には「第二次世界大戦の結果を受け入れるべきだ」と強面で繰り返し主張してきますが、エリツィン時代は少なくとも北方領土の交渉に関わっている実務者は、ロシアの北方4島の領有権に法的有効性がないことをわかっていたと思います。そして、自分たちが国際社会の大国として認められたいのなら、いずれは北方4島を日本に返さなければいけないということも……。

でも残念ながら、その後、エリツィン大統領の体調が悪化したり、経済危機が起きたりして「やる(領土問題を解決する)」と言っていたモメンタム(勢い)が薄れ「東京宣言に基づいて2000年までに平和条約を結ぶことに全力を尽くす」という約束も反故になりました。


▲知床峠から見る北方領土 出典:PIXTA

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