現代版「トキワ荘」に訪問! 漫画家志望35人の夢いっぱいのシェアハウス
『ワンピース』や『ドラゴンボール』『スラムダンク』、最近では『鬼滅の刃』『呪術廻戦』など、多くの作品が世界中の人々を夢中にさせてきた日本の漫画。その「漫画の聖地」といえば、1952年から1982年にかけて豊島区椎名町(現・南長崎)に存在した「トキワ荘」。手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などの漫画家らが切磋琢磨しながら共同生活を送っていたアパートだ。
そんな「トキワ荘」に想いを託して始まったのが「トキワ荘プロジェクト」。漫画家を目指す若者たちに活動拠点となるシェアハウスを貸し出し、プロデビューのサポートを行う事業だ。シェアハウスに住む彼らはどんな暮らしを送っているのか。実際に見に行ってみた。
35人の漫画家志望者が切磋琢磨をしながら住んでいる
りえんと多摩平内にある「多摩トキワソウ団地」。2011年のフルリノベーションを経て現在に至る。以前は小規模の「トキワ荘プロジェクト」のシェアハウスが最大で15棟が東京近郊に点在していたが、現在は棟数を6棟まで減らして、規模を大きくした(写真提供/NPO法人NEWVERY)
今回訪れたのは、2021年6月に誕生した「多摩トキワソウ団地」。所在地は東京都日野市で、最寄駅のJR豊田駅には新宿駅から約35分。そこから徒歩5、6分で到着する。
入居者募集開始とともにすぐに満室になり、現在は計35人の漫画家志望者が切磋琢磨をしながら住んでいる。都市再生機構(UR)が手がける物件で、高度経済成長期の1960年に建てられた。奇しくも元祖「トキワ荘」の漫画家らがヒット作を連発していた時代だ。
いわゆる団地の一部を利用したシェアハウスで、もちろん一般の人も住んでいる。エントランスを入るとさっそく「トキワ荘」感満載のお出迎え。
35人が“仲間”として暮らしているということか(写真撮影/片山貴博)
漫画家になりたくても、どう動いていいか分からない人が多い
「トキワ荘プロジェクト」を運営するのは、NPO法人NEWVERY(ニューベリー)。2002年に設立後、中学生・高校生を対象にした文芸教室から活動をスタート。2006年に「トキワ荘プロジェクト」を立ち上げた。
取材に協力してくれたNEWVERYの菊池さんに「なぜ、漫画家を目指す若者を支援しようと思ったのか」と聞いてみた。
プロジェクトの責任者である菊池さん(写真撮影/片山貴博)
「じつは、私も漫画家を目指して専門学校に通っていたんです。小学生のころに毎週読んでいた『週刊 少年ジャンプ』では『封神演義』が好きでした。漫画を描き始めたきっかけは、雑誌に付いてきた漫画家セットの付録。とにかく早く家に帰って漫画が描きたかったですね(笑)」
菊池さんが専門学校時代に描いたという漫画も見せてもらった。
予想以上のクオリティです……(写真提供/菊池さん)
「いえいえ、出版社の方々にたくさんダメ出しをもらった作品なので。でも、久しぶりに読み返したら懐かしいです(笑)」
納得しました。同じ体験をしているから、漫画家志望の若者たちを本気でサポートしたいと思えるんですよ。
「そうでしょうね。私と同じで、漫画家になりたくても、どう動いていいか分からない人が多いんです。そんな若手漫画家のために住居の提供を軸に、漫画家として活躍するための支援ができればと思い始まったプロジェクトです」
この15年間で実績も出してきた。累計入居者565名のうち、プロ漫画家としてデビューした人が123人もいるというのだ(2021年8月4日時点)。その中には、現在『魔入りました!入間くん』がアニメ化している西修さん、『こぐまのケーキ屋さん』などの代表作で知られるカメントツさんなどもいる。
気になる家賃は3万7000円~4万2000円
いい話が聞けたところで、内部を見せてもらった。まずは、1階の共用ラウンジ。
入居者同士で漫画論を語るもよし、飲食を楽しむもよし(写真撮影/片山貴博)
集中してプロットを考えたり、ネームを描いたりするワークスペースもある。
一人暮らしの部屋では、なかなかこうはいかない(写真撮影/片山貴博)
漫画もいたるところに置いてあった。
こうした刺激をもらえるのも共同生活ならでは(写真撮影/片山貴博)
「成長サポートとしては、プロの漫画家や編集者による講座を定期的に開催しています。最近はリモートが多いんですが」(菊池さん)
最近行った漫画講座には「多摩トキワソウ団地」からも数名が参加した(写真提供/NPO法人NEWVERY)
気になる家賃は3万7000円~4万2000円(居室による)。管理費は1万2000円。管理費が同レベルの家賃の賃貸に比べ、少々高いかなと思ったが、これには水道・光熱費、ネット代、消耗品の一部が込みとのことなので、都内で一人暮らしをするよりはずいぶん安いといえる(他のハウスは消耗品が込みではない)。
外に一歩出れば、シェア畑、食堂、レンタカーのある暮らし
訪れたときに感じたのは、空間が広々としていて、緑も豊富だということ。団地の周囲も案内してもらった。
「敷地内には住人が自由に使える『シェア畑』があって、専門スタッフが管理してくれるので、専門知識がなくても野菜をつくる楽しさが味わえます」
根を詰めて漫画を描いた後の息抜きにもってこいだろう(写真撮影/片山貴博)
すぐ隣には「ゆいま~る食堂」。多摩の自然に囲まれながら食事ができる。
「からだに優しく美味しい食事を、心を込めて提供」がモットー(写真提供/NPO法人NEWVERY)
駐車場にレンタカーが停まっていたことにも驚いた。
料金は相場並だが、敷地内のためピックアップと返却がラクすぎる(写真撮影/片山貴博)
小学4年生のときの作文で「将来の夢は漫画家」
さて、ここからはいよいよ入居者の部屋にお邪魔して、熱い漫画トークを聞くことにしよう。まずは、広島県安芸高田市出身の松村皇輝さん(21歳)。
おお、きれいじゃないですか(写真撮影/片山貴博)
いつごろから漫画家という職業を意識し始めたんですか?
「一番古い記憶は小学4年生のときに、将来の夢というテーマで書いた作文に『漫画家』と書いたこと。当時は『ワンピース』に夢中で、好きなキャラはウソップ。休み時間も授業中も、ずっと絵を描いていました」
本棚には『スラムダンク』や『僕のヒーローアカデミア』などのジャンプコミックがズラリ(写真撮影/片山貴博)
本格的に漫画を描き始めたのは高校生のときからだという。担任の教師に「漫画家になりたい」と相談したところ、地方から東京に行くのが大変な人向けに集英社が「出張編集部」というのをやっていると教えてくれた。
「名刺をもらう=担当が付く」というセオリーを知らなかった
松村青年は気合いを入れて30ページの読み切り漫画を描き、岡山の会場に持参する。人生で初めて描いた漫画をプロに見てもらうわけで、ガチガチに緊張したそうだ。
こちらが初めて描いた漫画(写真提供/松村皇輝さん)
おお、高校生の時点ですごい画力!
「いや、今見るとクッソつまんないです。たしか、飛行機を落とそうとしているテロリストの電波をハッキングして平和を守るという内容でした」
とはいえ、集英社の月刊漫画雑誌『ジャンプSQ.』の編集者からは「高校生でこれだけ描き切ったのはすごい」と褒められたそうだ。
「その人から名刺をもらったんですが、それが漫画界では『担当になること』というセオリーを知らなくて。のちに、上京してから住んでいた西高島平の『トキワ荘』で先輩から教えてもらいました。持ち込みは結局、それっきり」
松村さんは漫画を描くときにペンタブを使う派(写真撮影/片山貴博)
部屋にテレビはないが、YouTubeなどからインスピレーションを得ているそうだ。
『少年マガジン』に持ち込んだ読み切り漫画が月例賞に
松村さんは高校卒業後、地元で働くか、漫画家になるために上京するかで迷った。最終的には、「貯金もないのに東京に行ったら、バイト生活で漫画がなあなあになる」という両親の意見に納得し、地元の野菜の選果場で働くことにした。
「地元の人がつくった野菜を工場に集めて、袋やダンボールに詰めてトラックに乗せて出荷するという作業です。100万円ちょい貯めてから上京。仕事はせずに、1年間ぐらい引き籠って漫画を描きました」
こうして描き上げた読み切り作品を講談社の『週刊少年マガジン』に持ち込んだところ、見事、月例賞を獲得する。
日々描き溜めた構想ノート(写真撮影/片山貴博)
何気なく冷蔵庫の中を見せてもらった。「お茶とチョコレートしかないっすよ。キットカットとアルフォートが好きで」。ストイックな生活である(写真撮影/片山貴博)
最後に松村さんが言った。
「昼前に起きて、夕方過ぎまで描いて、ご飯食べて、また深夜まで描いて寝る生活。
でも、シェアハウスのみんなでご飯に行ったり、銭湯に行ったり、映画を観に行ったりすることもあって、それは楽しいですね。また、いつでも漫画関係の話題が出るので、地元の友達と遊ぶのとは違った刺激があります。
いろんな作風、画風、思考の人と会えるので『それ面白いな、取り入れてみようかな』と次の作品に対するモチベーションがすごく上がります。一方で、『その年でこんな絵ぇ描くのかよ……』と衝撃を受けることもあるのですが、個人的にはその瞬間が一番ワクワクします。同世代がバケモンみたいな絵や漫画を描いていたら、負けたくないというスイッチが入って燃えるんです。
正直、25歳までにデビューできなかったら、あきらめようかなと思っています。でも、やれるだけ頑張りたい」
表札の苗字と番地が合っているかをチェックする仕事を副業に
次は近藤十和佳さん(21歳)。よく笑う人だ。
女の子らしい部屋だ(写真撮影/片山貴博)
近藤さんは仕事をしながら漫画を描いている。
「地図の調査の仕事です。表札の苗字と番地が合っているかをチェックします。家って、なんかそれぞれの空気があるんです。すごく幸せそうな家とか、外観を見るだけで暮らしを妄想できます」
ナスのピエールが主人公の4コマ漫画がはじまり
というか、これDIYでつくる棚ですよね。すごい。
「5時間ぐらいかかりました」と笑う(写真撮影/片山貴博)
本棚のラインナップが渋すぎる。10年ほど前に人気が爆発した中国のSF、『三体』が目を引く(写真撮影/片山貴博)
「子どものころから趣味が偏っていて。『聖☆おにいさん』は小学生のころに地元・山梨の図書館で読んで、面白いなと思いました。田舎なので、図書館の漫画が唯一の娯楽でしたね」
小学校3年生ぐらいのときから、将来の夢は漫画家だと公言していた。
「とくに好きだったのは、少女漫画家で心霊劇画家の黒田みのるさん。母がアシスタントの人と仲が良くてお会いできたんです。何も考えていない小学生だったので、ご本人に向かって『先生みたいになりたいです』とか言っちゃって(笑)」
当時の写真と先生の書は室内の一等地に飾ってあった(写真撮影/片山貴博)
小学生のころから絵を描くのが好きで、それを漫画にし始めたのは中学生から。
「最初は4コマ漫画から始めたんです。ナスのピエールというキャラクターが恋をしたりする話で。ちょこんと突起があるナスを見て、鼻みたいだなと思ってキャラクターにしました。実家にあるので撮影してきましょうか」
ぜひ、お願いします。ピエール見たい。
これがピエール。シュールな作風で続きが気になる(写真提供/近藤十和佳さん)
頭の上でぼーっとしているイメージをストーリーに落とし込む
漫画は完全に独学。iPadなどのデジタル機器を使ったこともあるが、サイズが大きい紙の方が伸び伸びと描きやすいという。
「今、構想を練っているのは、石像がたくさんある標高5000mぐらいにある世界遺産が舞台の作品。そこに暮らす姉妹の物語を描きたいんです」
近藤さんの場合は、頭の上でぼーっとしているイメージをストーリーに落とし込むというやり方だ。
ペン入れがうまくいったときが一番充実感がある(写真撮影/片山貴博)
「ラウンジに行ったら誰かしらいるので、たまにご飯の味見をさせてもらったり。皆さんがそれぞれ持っている癖とか表情とかキャラとか、そういうものが全部面白くて、漫画のキャラづくりに役立っています。
特に印象に残っている出来事は、すごくかわいがってくださった先輩が退居された時のことです。送別会のあと、その方が描いた漫画をたくさん見せていただいて、漫画のこともいろいろ教えてくれました。その方は社会人をしながら漫画を描いていて、仕事も大変そうなのに作品にかける熱意に刺激をもらいました。最後に、『徹夜するときはこれを飲んでね』とエナジードリンクをもらったのはいい思い出です。
入居者で連載が始まる方がいると聞くと、めでたい!と思う一方で、私も頑張らないと、と思います。以前は持ち込みはちょっと苦手だったのですが、積極的になりました。本当に、早くデビューして連載したいです!!」
シェアハウスとはひと味違う緊張感も伴う
2人のインタビューを終えてラウンジに戻ると、住人らによるたこ焼きパーティーの最中だった。
しかし、皆さん仲がいい(写真撮影/片山貴博)
取材を終えて思ったこと。シェアハウスで暮らす面白さはもちろんある。しかし、ここトキワ荘プロジェクトは「漫画家になりたい」という共通の夢を、全員が持っていることが大きな違いだ。お互いがライバル、緊張感も伴う。それは、60年前にあった元祖「トキワ荘」も同じだったのではないだろうか。
●取材協力
トキワ荘プロジェクト
松村皇輝さん
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