「遺族に実名公表を拒否する権利はない」というマスコミの主張は正しい

「遺族に実名公表を拒否する権利はない」というマスコミの主張は正しい

今回はdergeistさんのブログ『長椅子と本棚』からご寄稿いただきました。

「遺族に実名公表を拒否する権利はない」というマスコミの主張は正しい

タイトルの真意は、「遺族に実名公表を拒否する権利があるか否か」という問題と、「報道機関は情報を集めるためにどんな手段に訴えてもよいのか」という問題とは全く別の問題だ、ということである。この二つを区別しないと、おかしなことになる。

何も私は一方的にマスコミを擁護しようとするのではない。しかしながら、上のことが理解されなければ、正しくマスコミを非難することができなくなる。それは結局、マスコミが犯した誤りを曖昧にし、言い逃れを可能にすることにつながってしまう。

何の話をしているかというと、以下の二つの記事の話である。

「犠牲者の氏名伝える意義は 朝日新聞「報道と人権委員会」」 2013年03月04日 『朝日新聞デジタル』
http://megalodon.jp/2013-0304-2128-41/www.asahi.com/shimen/articles/TKY201303030327.html

「傲慢の見本のような記事」 2013年03月06日 『新小児科医のつぶやき』
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20130306

二番目の、朝日新聞のコメントを非難するid:Yosyan氏の記事の中の、以下の箇所は誤解に基づいているように思う。


宮川委員 遺族は精神的な衝撃を受けた直後なので、一人一人の遺族への取材では、十分な配慮をしなければいけないのは当然のことだ。ただ、本件のような事例では、遺族は氏名の報道を拒否できないと思う。氏名を報道するかどうかは、報道機関がその責任において判断することであり、遺族が決めることではない。そのことははっきりさせておいたほうがいい。

これを正気で言っているのか首をかしげた個所です、

* 遺族は氏名の報道を拒否できないと思う

* 氏名を報道するかどうかは、報道機関がその責任において判断すること

* 遺族が決めることではない

ヒョットしたらここがペテンの説明の個所でしょうか。ペテンにかけようが、脅迫しようが、拷問にかけようがマスコミは実名を知る権利があり、それを拒否する事は許さず、報道の判断はここに並んでふんぞり返っているオッサン連中の胸先三寸であることを、そのことははっきりさせておいたほうがいい

私は、ここで引用されている朝日新聞の宮川氏の主張は全く正しいと思う。遺族は被害者本人ではないのだから、被害者の氏名を公表するかしないかを決める権利まで、遺族の人権として認めてよいとは言いがたい。今回の事件ではその可能性はないが、これを認めて普遍化してしまうと、遺族が被害者の死に直接関係している場合等に、情報をいいように歪められてしまう可能性が生まれる。

ただし、ここでの宮川氏の主張を支持するということは、「ペテンにかけようが、脅迫しようが、拷問にかけようがマスコミは実名を知る権利があり、それを拒否する事は許さ」ない、ということを支持するということではない。私が言いたいのは、宮川氏の主張をこのように解釈するのは誤解だ、ということだ。この箇所は、「ペテン[つまり、公表しないと嘘をついて情報を得たこと]の説明」をした箇所ではないのである。

それゆえ、上の箇所に同意しないことと、以下のマスコミへの批判に同意することとは両立可能である(し、同意する)。

朝日新聞は遺族をペテンにかけて実名リストを入手し、約束を踏み破ってこれを報道した

この点についての御意見が見当りにくいところです。口頭の約束(だったと思う)ですから法律的にどうかは私ではわかりませんが、口頭の約束で相手を信用すると言うのは、相手を深く信頼していた事になります。そういう信頼を反故にするような人物・組織は、それだけで社会の信用を失います。朝日は白昼堂々これをやらかしたわけです。その点をまず触れないとはまさに奇々怪々です。私の知る限り、この信義違反に朝日はまともな回答は行っていないかと存じます。

この、嘘をついて情報を得たという一点に関して、朝日新聞は非難されるべきである。「メディアスクラム」がなかったという結論を百歩譲って認めたとしても、少なくとも信頼を裏切る嘘はあった。この点に、弁護の余地はない。しかしながら、「報道と人権委員会」の記事はこの点に全く触れていない。

それゆえ、今回の件にかんしてマスコミを非難したいなら、この、嘘についてのまともな説明がない、という一点に絞るべきである。これを、「遺族の意向を無視した」という点につなげてしまうと、まんまと言いくるめられてしまうことになりかねない。「遺族の意向によらずに情報公開すべき」という点に関しては、マスコミの言い分に分があるからだ。

そもそも今回の件を複雑にし、このような混同が生じているのは、本白水氏が「遺族」でありながら同時に「情報提供者」でもあった、という理由による。「遺族」としての本白水氏の意向を無視したとしても、そのことは報道を拒否する十分な理由にはならない。しかしながら、「公開しないことを条件に情報を提供した者」としての本白水氏の意向を無視したことは、朝日新聞が告発・弾劾されるべき理由として十分なのである。

ちなみにこのことについては、以前により詳しく論じた。今回の記事は、要点のみを抜き出し、根拠を多少割愛して簡潔にまとめ直したものである。今回だけであまり納得できなかった方は、以下の記事も参照していただけるとありがたい。

「論点整理:実名報道」 2013年01月24日 『長椅子と本棚』
http://d.hatena.ne.jp/dergeist/20130124/1359028953

執筆: この記事はdergeistさんのブログ『長椅子と本棚』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年03月19日時点のものです。

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