スーパーマーケットの軒先をまちに開く!“ご近所さん”とつながる地域改革

スーパーマーケットの軒先をまちに開く!“ご近所さん”とつながる地域改革

食料品や日用品をそろえるスーパーマーケットは、老若男女問わず人が行き交い、実は公共施設以上に公共的な存在です。そんなスーパーマーケットの軒先に「誰もが自然と居られるコミュニティスペース」をつくる取り組みが千葉県千葉市のスーパーマーケット、マックスバリュおゆみ野店ではじまりました。誕生までのエピソードと変わりはじめたスーパーマーケットと地域との関係について聞いてきました。

スーパーマーケットの広い軒先を人が居られる場に再生

「大型商業施設」「スーパーマーケット」の軒先と聞いて、思い浮かべるのは、店舗の外壁と使い終わった買い物カート置き場、自転車置き場のような空間ではないでしょうか。お世辞にもおしゃれとは言い難い空間ですし、滞在する、ましてやくつろぐ場所だとは思えない人がほとんどでしょう。

そんなスーパーマーケットの軒先空間にヒューマンスケールのパーゴラ(棚)を建て、その中にベンチやテーブル、カウンターや屋台、黒板や水場なども配置した「Cafe&Dine(カフェダイン)」というスペースが誕生しました。屋台ではコーヒーが販売されていますが、買い物に来た人も、通りがかった人も、誰もが自由にくつろげる場所です。

改装前(左)と改装後(右)。通りがかる人々が、フラッと腰をかけていき、スーパーマーケットの軒先にはいつも人の気配があります。以前の姿はもう想像できません(写真提供/グランドレベル)

改装前(左)と改装後(右)。通りがかる人々が、フラッと腰をかけていき、スーパーマーケットの軒先にはいつも人の気配があります。以前の姿はもう想像できません(写真提供/グランドレベル)

軒先からのアングル。ガランとしていた空間が、誰もが気軽に立ち寄りたくなる場所に(写真提供/グランドレベル)

軒先からのアングル。ガランとしていた空間が、誰もが気軽に立ち寄りたくなる場所に(写真提供/グランドレベル)

軒下の中央に新たに設置した黒板。子どもたちが落書きをしはじめると、スタッフとの会話が自然とはじまります(写真提供/マックスバリュ関東)

軒下の中央に新たに設置した黒板。子どもたちが落書きをしはじめると、スタッフとの会話が自然とはじまります(写真提供/マックスバリュ関東)

コーヒーを移動式の屋台で販売しています。黒板をしつらえた屋台の側面にも子どもたちが集まります(写真提供/マックスバリュ関東)

コーヒーを移動式の屋台で販売しています。黒板をしつらえた屋台の側面にも子どもたちが集まります(写真提供/マックスバリュ関東)

ビフォー・アフターの写真を見ただけでも、「これがスーパーマーケットの軒先……?」と驚くことでしょう。コーヒーもサービス価格で、利益を生み出す場所とは言いにくそうですが、なぜこのような場をつくることになったのでしょうか。このプロジェクトの責任者・マックスバリュ関東株式会社の黒田覚さんと、企画・デザイン監修を行った株式会社グランドレベル代表の田中元子さんに話を聞いてみました。

スーパーマーケットを買い物だけでなく、人々にとって価値ある場所に

「今までのスーパーマーケットのイートインスペースは、店舗運営の内側からの発想でつくられてきたものでしたが、それでも優先順位が高いものではありませんでした。今回、店舗を大きく改装するにあたり、弊社ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(以下、U.S.M.H)は、『1階づくりはまちづくり』をモットーに人々のためのさまざまな居場所を手がける会社・グランドレベルの田中元子さんにアドバイスをいただくなかで、軒先に買い物目的の人だけではなく、まちに暮らす誰もが気軽に訪ねたくなる場所をつくるべきだという提案をいただきました。それがすべてのはじまりでした」と黒田さんが舞台裏を明かしてくれます。

近年、スーパーマーケットは価格競争が激化し、そのブランド、あるいは店舗ならではの魅力、価値が厳しく問われているようになってきているといいます。その新しい価値のひとつとして、地域に暮らす人々にとって、スーパーマーケットをもっと愛される、豊かな場所にできないか、その答えが、ただのイートインスペースではない、人々が自由に思い思いに過ごせる場所(コミュニティスペース)だったというわけです。

小さな子どもから、お年寄りまで、まちに暮らす誰もがさまざまに利用しています。スーパーで買ったご飯を食べる人もいれば、コーヒーで一息つく人、ただ座って休んでいるだけの人も(写真提供/グランドレベル)

小さな子どもから、お年寄りまで、まちに暮らす誰もがさまざまに利用しています。スーパーで買ったご飯を食べる人もいれば、コーヒーで一息つく人、ただ座って休んでいるだけの人も(写真提供/グランドレベル)

広い軒先は、地域の人たちが自由に予約をして借りることもできます。この日は地元の人が教えるパンフラワー(粘土細工)教室が開催されていました(写真提供/マックスバリュ関東)

広い軒先は、地域の人たちが自由に予約をして借りることもできます。この日は地元の人が教えるパンフラワー(粘土細工)教室が開催されていました(写真提供/マックスバリュ関東)

犬用のフックも設置して、犬の散歩の人も温かく迎え入れてくれます。犬の散歩で通りがかる人も増えているそうです(写真提供/グランドレベル)

犬用のフックも設置して、犬の散歩の人も温かく迎え入れてくれます。犬の散歩で通りがかる人も増えているそうです(写真提供/グランドレベル)

改装後のオープンは2020年10月16日でしたが、すぐに自然と人々が利用しはじめ、狙い通り、軒先でくつろぐ姿が増えていったといいます。これは奈良県生駒市の「ごみ捨て」を切り口に地域のコミュニティを活性化させる「こみすて」(設計アドバイス:グランドレベル)でも感じたことですが、それまで殺風景だった場所もきちんとデザインの手が加えられれば、人が自然と集まりやすい場所を再生できる。そして、興味深いのは、そこにアクセスし、関わる人たちは、はじめは戸惑っていても、その表情はどんどん柔らかくなっていくということです。

スタッフが変わり、お店とお客さんとの関係も変わっていく

「カフェダインの運営には、店舗のサービスカウンターで働いていた人たちに担当してもらうことになりました。周辺で暮らしている主婦が多く、学校や町会など地域の事情にも精通しているスタッフです。ただ、今までのマニュアルがあるサービスとはまったく異なりました。グランドレベルさんが提唱する『自由なくつろぎを提供する』といわれてもイメージがわかなかったようで、最初は戸惑いや不安もありました。その後、グランドレベルさんが運営する喫茶ランドリーに研修へうかがうことになりました」と黒田さん。

大手スーパーに限らず、多くのサービス業にはマニュアルがあり、それを憶えて実行することが良しとされてきました。しかし、「カフェダイン」が目指した市民の誰もが自由にくつろぐ場所は、それまでのような画一的なオペレーションではつくり出すことができません。

カフェダインを通じてスタッフのマインドにも変化が(写真提供/マックスバリュ関東)

カフェダインを通じてスタッフのマインドにも変化が(写真提供/マックスバリュ関東)

「自然と知らない人同士が出会ったり、コミュニケーションを取りはじめる場を運営していくには、空間などのハードのデザイン、何をする場所か、何が許される場所かというソフトのデザインと同じくらい、どのように人と接するかというコミュニケーションのデザインが大切になります。そこを学んでいただくために、私たちはプロジェクトに関わる人には必ず、『喫茶ランドリー』でのスタッフとしての研修をお願いしています。喫茶ランドリーは、奥に洗濯機やミシンを備えた「まちの家事室」を備えたまちの喫茶店です。スタッフは、店員とお客さんという関係ではなく、“○○さん”という一人の人間として立ち、誰にも人間らしく自分らしく接しています。そうすることで、誰もが自由に過ごせる空気を生み出せます。オープンから数週間後、マックスバリュおゆみ野店を訪れると、黒田さんもサービスカウンターの皆さんも、確実に変わりはじめていることが分かりました。お客さんからのアイデアを柔軟に受け入れながら、また自分たちのアイデアも次々と実現させていて、想像以上に手ごたえを感じました」とグランドレベル田中さん。

黒田覚さん自身も、大きな変化や手ごたえを感じていました。
「先日、カフェダインに小さなお子さんを連れたお父さんがいらっしゃったんです。お子さんは店内を走り回っていたのですが、スタッフが声をかけて絵本の読み聞かせをしたところ、自然と立ち止まって、目を輝かせて聞いてくれて……。今までだったら『注意』して終わっていたと思います。それを、あえて本を読むという行動に変えただけで、私たちとお客さんとの関係が変わり、それが小さな出会いと思い出になりました。こういうことが積み重なっていけば、地域の中におけるスーパーマーケットの存在価値は、変わっていくなと思いました」と感慨深い様子です。

アフターコロナを見据えたスーパーマーケットが果たす新たな役割

リニューアルオープンが、コロナ禍の2020年10月となりましたが、感染予防対策をしながらも、クリスマスや年越し、節分やバレンタインなど、さまざまなイベントが開催されていったそう。すべてスタッフの発案によるものだったそうです。

コロナ禍で、さまざまな制限があるなかでも、常に自分たちでその距離感を考えながら、さまざまなイベントを開催しています(写真提供/マックスバリュ関東)

コロナ禍で、さまざまな制限があるなかでも、常に自分たちでその距離感を考えながら、さまざまなイベントを開催しています(写真提供/マックスバリュ関東)

スタッフやお客さんたちの好きなモノの写真であふれていた室内側の掲示板は、お正月には一新し、お客さんたちが書いた『私の一文字』でいっぱいに。この多様さが、また人を引きつけていったといいます(写真提供/マックスバリュ関東)

スタッフやお客さんたちの好きなモノの写真であふれていた室内側の掲示板は、お正月には一新し、お客さんたちが書いた『私の一文字』でいっぱいに。この多様さが、また人を引きつけていったといいます(写真提供/マックスバリュ関東)

「カフェダインの半分は、半屋外の軒先にあるので、コロナ禍においては密室が避けられるので良いというお声もいただいています。公民館などの施設が閉まっていることが多いので、カフェダインの場所を借りたいというお声も多くいただいています。実際、フラワーアレンジメント教室や英会話教室など、さまざまにご利用いただくことも増えてきました」と黒田さん。

一方、新型コロナウイルスの流行によって在宅勤務が増えたことで、「自宅以外の、『気楽にいられる場所への需要』が高まっている」と田中さんは別の側面も指摘します。

「特に働き盛りの世代や独身の世帯は、自宅以外に地域の居場所を持っていない人が少なくありません。こうやってスーパーの軒先が、買い物目的でなくても立ち寄れる、まちに暮らす多様な人が居られる場所になれれば、孤独な人でも、何かの拍子に知らない人と顔見知りになったり、話しかけられる状況も生まれやすくなったりします。スーパーマーケットは公共的な存在だからこそ、そうやって小さなコミュニティを生み出せる場所になるべきだと思います」」と田中さん。

実際のところ、カフェダインのスタッフとお客さんとの間には、これまでにない新しい関係が生まれていて、「アレ、今日は●●さんは?」という会話もよく交わされているそう。新型コロナウイルスの流行で失われた、「約束もなく自然と人と会って、何気ないことを会話する」を埋める場所として、また、これからのスーパーマーケットのあり方として、カフェダインは大きな存在価値を発揮するに違いありません。

●取材協力
株式会社グランドレベル
ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社
マックスバリュ関東株式会社

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