自分も人間だと錯覚!? 育児放棄されたチンパンジーを育てる難しさ

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自分も人間だと錯覚!? 育児放棄されたチンパンジーを育てる難しさ

こんにちは、獣医師の北澤功です。僕が動物園に勤務していたころに出会い、獣医師として必要なことを教えてもらったチンパンジーのアニー。今回は、その子どもであるアサコのその後についてです。

〇スーパー獣医 Dr.北澤のどうぶつ事件簿 第12回

育児放棄されたチンパンジーが命と引き換えに教えてくれたこと | スーパー獣医 Dr.北澤のどうぶつ事件簿 | WANI BOOKS NewsCrunch(ニュースクランチ)

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チンパンジーとオラウータンを一緒に育てる

まず、おさらいがてらアニーの話を少しさせてください。

メスのチンパンジーのアニーは、母親に育児放棄されてしまい、人間の手で育てられました。最初は僕の言うことなどまったく聞いてくれませんでしたが、接し方などを変えていき、少しずつ仲良くなることに成功。月日が経ち、アニーも赤ちゃんを産みました。その赤ちゃんが今回の主役であるアサコです。

アニーはアサコを産んだものの、自分が母親に育てられていないため、接し方がわからず、育児放棄をしてしまいました。その後、離れ離れで暮らしていたある日、アニーは亡くなってしまいます。

ここから、今回のお話の本題に入っていきます。育児放棄されてしまったアサコは、僕が育てていくことになりました。アサコが生まれたのとちょうど同じころ、動物園にはアサコと同じく育児放棄され、人の手で育てられていたメスのオラウータンがいました。名前はフジコと言います。


▲アサコをオラウータンのフジコと一緒に生活させることに イメージ/PIXTA

僕は2匹を一緒に育てることを思いつき、すぐさま行動に移します。いざ一緒に育ててみると、アサコとフジコはとても相性が良く、一つの保育器の中でいつも抱き合って眠ります。その様子は、本当の姉妹のように見えました。

2匹を一緒に育て始めてから、僕の毎朝一番の仕事は育児室での哺乳になりました。温めたミルクを手に持っている僕を見ると「お腹すいた」「抱っこ抱っこ」と言わんばかりにピーピー鳴くので、保育器から出して、左右の腕にそれぞれ抱っこします。すると、朝の挨拶として頬にキスしてくれるんです。

その後、1匹ずつテーブルの上でおむつを替えてきれいになったら、次は哺乳瓶でミルク(人間の粉ミルク)をあげます。飲み終えた2匹を抱っこをしていると、僕の肩に頭をのせて、うとうとしながら眠りに就く……。この姿がなんとも可愛いらしいんですよねぇ。

ミルクから離乳食に変わり、しっかりと自分でごはんを食べるようになると、それぞれのケージの中で過ごすようになりました。

元気いっぱいで好奇心旺盛なアサコは、とにかく遊ぶことが大好き。暖かい日は、外で日向ぼっこをしたり、僕と一緒に遊ぶのが日課。木登りをしたり、長靴を頭にかぶったり、段ボールの中に入ったりと、常に走り回っていました。

スクスクと成長し5歳になり、体も大きく力も強くなってきたアサコ。いつまでも僕たち人間と一緒にいるわけにはいきません。小さいころ一緒の環境で育ったフジコも、母親のオランウータンとの同居を始めていました。アサコもチンパンジーの群れの中で過ごす必要があります。

しかし、人間に育てられたアサコは、自分を人間だと思っている様子。チンパンジーの群れを怖がり、見るだけで悲鳴をあげてしまうのです。すると、群れの中にいたオスのチンパンジーのサトシが、その声に反応して威嚇をします。

オスのサトシに攻撃されたら、アサコはひとたまりもありません。こんな状態でいきなり群れに入れるのは危険なため、まずは優しい性格のメスのチンパンジー、ミセスと一緒に生活させることから始めました。

しばらくすると、アサコがミセスに慣れた様子が見られたため、いよいよサトシと一緒にすることに。初めのうちは、サトシはアサコの存在を全く気にしない様子で、お互いに離れていたのですが、緊張のあまりアサコが“キ~”と声をあげてしまいました。

するとサトシは、“ホーホー”と大声で泣きながら、アサコに突進。自分よりはるかに大きいオスが向かってくることに恐怖を覚えたアサコは、いっそう大きな口を開け叫び続けました。その開かれた口に、サトシは鋭い犬歯で噛みついたのです。

チンパンジーに限らず動物界における喧嘩の場面では、お尻をむければ「参りました」という合図になり、それ以上は襲われないのですが、アサコは口を大きく開け、武器である犬歯を見せてしまったため、それが攻撃の合図となり、襲われてしまったのです。

僕たち人間は、食事を与えたりお世話することはできますが、チンパンジー界のルールや群れでの所作を教えることはできません。

野生動物が健康で楽しく暮らせるために

僕は急いでサトシとアサコを離し、園内の病院に連れて行きました。アサコの傷は深く、下顎は真っ二つに割れていました。すぐに緊急手術を行います。

なんとか怪我は治したのですが、襲われた心の傷は深く、よりいっそうチンパンジーを怖がるように……。その後1年ほどかけて、チンパンジーの群れと同じ空間にいることはできるようになりましたが、いつも独りぼっちで常に何かに怯えている様子でした。

僕は、小さいアサコをただ可愛いがり、健康に育てることだけに気をつけて世話をしていました。しかし、それは僕だけが満足する子育てだったのです。もっと早く、チンパンジーの群れに入れるべきでした。群れに入れるときにも、お見合いの時間をもっとゆっくりとるべきだった……と今では思います。

動物園で野生動物を飼うことの難しさ、健康で楽しく暮らせる工夫の難しさを痛感しました。


▲群れで生活できるよう、もっとしてあげられたことがあったはず… イメージ/PIXTA

アサコが7歳になるとき、担当替えにより毎日のお世話は他の飼育員さんが担当してくれることになり、その後、僕は他の動物園へ異動となりました。僕が異動して、しばらく経ったある日、アサコが中国へお嫁に行くことが決まったとの連絡が入りました。

アサコが旅立つ日、僕は見送りに行こうと動物園を訪ねました。頑丈な箱に入れられたアサコ。小さな窓からのぞき込むと、麻の袋を抱え隅っこで震えていました。麻袋は、赤ちゃんのころから常に抱っこをして寝ていた大切な物です。麻袋はアサコにとって、お母さんのぬくもりと一緒だったのでしょう。

アサコに声をかけると、麻袋を抱えたまま僕に近寄ってきて、口をとがらせて“フ~フ~”と鳴きました。その声が「抱っこしてよ、ここから出してよ」というように聞こえたのですが、僕には何もできません……。

小さな窓から出してきたアサコの人差し指を、僕はしっかりと握り返し「何もしてあげれなくて、ごめんね」と心の中で謝りながら、旅立つアサコを見送りました。

アサコとお別れしてからだいぶ経ちますが「アサコは中国で元気に暮らせたかな」と、今でもときどき思い出します。僕は獣医師として大切なことをアニー、そしてアサコから学びました。

〇アニーとの出会いが獣医師人生のスタート

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1匹の動物との出会いで人生が変わることもある。北澤先生は、動物園勤務時代に出会ったチンパンジーのアニーに、獣医師として必要なことを教…

<病院情報>
十三次どうぶつ病院
〒143-0012
東京都大田区大森東1-5-2
電話番号:03-3761-5676
病院の診療時間:午前9:00~12:00/午後13:00~19:30
※日曜日は午後17:00までとなります。  
休診日:月曜日
※新型コロナウイルス感染拡大により、診療時間が記載と異なる場合がございます。ご来院前にホームページにてご確認ください。
ホームページ:https://53tsugi.com/


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