『千日の瑠璃』495日目——私は集会だ。(丸山健二小説連載)
私は集会だ。
あまりにも出席者が少なくて、結局流会になってしまった、暴力追放の集会だ。警察と役場の懸命の呼び掛けも空しく、やってきたのはほんの数人にすぎなかった。それも、反社会的な一味とその進出に頑強に反対する者たちではなく、お上の言いなりになる、暇を持て余した年寄り連中ばかりだった。かれらは主催者側に訊いた。弁当は出ないのか、と。
壇上に立った警察署長は、協力的でない町民を叱り、今は猶予している場合ではないと言って危機感を煽ったものの、途中で話をやめ、一礼して引き下がった。担当の刑事は役場の職員をつかまえて、手落ちを責めた。動員をかけてくれとあれほど頼んでおいたではないか、と言った。むろん役場の関係者も黙ってはいなかった。雪のせいだ、と言い、警察を信頼していないからだ、と言い、町は今、もっと重要な、存亡に関わる大問題を抱えこんでいてそれどころではないのだ、と言ってやり返した。だが、丘のてっぺんで暮らしているために地声が大きい職員の言葉だけが、皆の印象に残ってしまった。彼はこう言ったのだ。「あの連中だって人間だ」と。それは口にした当人が最も信じられない言葉だった。柔道で体型が定まった刑事が、鬘をつけたその職員にこう言った。「そういえば土地が売れるんだってねえ」と言い、「あの連中は大金を手に入れた者ばかり狙うんですよ」と言い、「あいつらは人間なんかじゃありませんよ」と言った。
(2・7・水)
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