『千日の瑠璃』491日目——私は小屋だ。(丸山健二小説連載)

 

私は小屋だ。

まほろ町で越冬している物乞いが、寒さに堪え切れなくなってかえらず橋の下に建てた、間に合せの小屋だ。少しの廃材と、大量のダンボール箱、それが私の主な材料だった。鬘にはこだわるくせに身だしなみはあまりよくない役場の職員がやってきて、放逸そのものの日々を送る住人と私を交互に見比べながら、こう言った。「凍え死ぬなよ」とそう言っただけで、そそくさと帰って行った。

また、見回りにきた消防署員は、「まあ、いいか」と呟き、「火を出しても焼け死ぬのはあんただけだもんな」と言った。そして話のわかりそうな警官は、「冬場だけでももっと暖かい土地で暮らせば」と勧め、「わしだったらきっとそうするな」と言った。しかし物乞いは、渡り者の気楽さ以上に私のことが気に入ってしまい、動こうとはしなかった。拾い集めた板切れを古釘でとめ、その上にダンボールを貼っただけの雑な造りだったが、それでも彼は私のなかへ潜りこむと、得もいわれぬ幸福を味わった。同時に、流れる暮らしに疲れを覚えた。彼はそのあとまだ充分に使える石油ストーブやらちょっとした家具やらを持ちこんだ。床に毛布を敷き詰めてごろっと寝ころんだときに、彼はまほろ町の住人になっていたのだ。それを自覚した彼は、「しばらくとどまるだけさ」と己れに向って言い訳をした。そんなことを言っておきながら、ボールペンと厚紙で表札を作り始めた。
(2・3・土)

丸山健二×ガジェット通信

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