『千日の瑠璃』484日目——私は座だ。(丸山健二小説連載)

 

私は座だ。

隠遁したはずの元大学教授が、良識派を自称する人々に切望されて承諾し、たった今就いたばかりの会長の座だ。現役時代は別荘、現在は本宅となっている彼の家に集まった《まほろ町の自然を守る会》の男女は、達識の指導者を得て、全員総立ちして喜んだ。常日頃から崇高な人格を身につけたいと本気で願っていた会長は、利欲には恬澹だと自認してやまぬ人々を前にして、こう語った。

我々は開発という名ですり替えられた蛮行を断じて許さぬ者であり、あくまで疑点を追及する者であり、非人間的、非地球的な企てを断固阻止する者である、とそうぶちあげ、衆知を集めて対策を練ることから始めようではないか、と言った。喋っている途中で彼は、講義のときの口調を完全に取り戻していた。彼の就任の挨拶が終ったとき、一番前にいる青い鳥のバッジを胸につけた若夫婦が、真っ先に拍手を送った。その拍手の大きさと長さが、ふたりを世話役に決定した。

ほかの連中とは生き方の流儀が些か異なるふたりは、人好きのする顔と、自然保護運動に関する生半可な知識と、揃いのバッジをひけらかしながら、世事に疎い人々に言った。三カ月以内に会員を十倍にしてみせると大見得を切った。元教授は、私のせいで十歳くらい若返ったかもしれない。皆が興奮して帰ったあと、彼は染みだらけの七十歳の頬を紅潮させて言った。「生き返ったみたいな気分だ」
(1・27・土)

丸山健二×ガジェット通信

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