多様な傾向を集めつつ、懐かしい印象すら受ける間口の広いアンソロジー

 もっとも新しい十年紀のSF傑作選。思わず身がまえてしまうが、心配はご無用。収録されている作家の人種・経歴・セクシャリティは多様で、作品の傾向もバラエティに富んでいるものの、飛びぬけて先鋭的な表現・主題・論理はほとんどない。ある程度SFに馴染んでいる読者にとっては、むしろ懐かしい印象すら受けるくらいだ。

 2010年代SFのトップランナーをひとりあげるならまちがいなくテッド・チャンだが、このアンソロジーは「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」を収録。仮想空間に棲む仮構生物の育成を扱い、基盤システムの刷新が彼らの生活環境を大きく揺るがす事態をきわめてアクチャルに描いた中篇だ。チャンならではのトガった部分(現代物理と形而上学が絡みあう展開)は少なく、むしろ登場人物への共感やストーリーテリングですんなりと読ませる。

 もうひとりの2010年代トップランナー、ケン・リュウは奇想・抒情・アクションどれでもいける作家だが、本書には物語性が豊かな「良い狩りを」が採られてる。美しい妖狐に駆け出しの妖怪退治師が翻弄される伝奇スチームパンクだ。

 こうしたテッド・チャン、ケン・リュウの作品セレクションによって、このアンソロジーはずいぶん間口の広いものになっている。

 ピーター・トライアス「火炎病」は、40年代・50年代黄金期のアイデアSFを思わせる安定した味わいだ。青い炎を幻視する奇病が発生。治療法をさぐっていくうち、思いもよらぬ病因に行きあたる。

 郝景芳「乾坤と亜力」は、アシモフ「ロビー」の現代版とでも言うべきハートウォーミングな一篇。超高度だが無垢なAIと幼児との交流を描く。

 陳楸帆「果てしない別れ」は、脳障害を負った主人公がその障害ゆえに異種知性と直結する役を担う。コンタクトそのものは物語の中心ではなく、ミッションと平行して描かれる主人公と妻との抜き差しならぬつながりが主題だ。

 SFのアイデアやガジェットより人間関係を焦点になる点では、サム・J・ミラー「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」も同様だ。プログラム可能なナノマシンの集合体としてのポリマーが開発され、ひとびとは新奇な玩具として楽しんでいたが、それが暴走してしまう。壊滅後の世界で、主人公はかつて因縁のあった相手と対峙する。

 チャールズ・ユウ「OPEN」は、巨大な単語が部屋に現れて……というドナルド・バーセルミみたいな話だが、バーセルミのようなポップさの代わりに、乾いた感傷とでも言うべき独特な風合いがある。

 チャイナ・ミエヴィル「” ”」は不在の生物をめぐる架空論文で、理屈っぽいSFマニアが大喜びしそうな悪ノリが全開。

 このアンソロジーでもっとも「新しさ」を感じたのは、ピーター・ワッツ「内臓感覚」である。記憶構造に影響を与える腸内細菌というアイデアを、グーグルによるマイルドな(しかし周到な)監視社会と結びつけてみせる手際が秀逸。しかし、それが際立つのは、意外な角度から語りはじめ、皮肉な結末へと導く小説構成があってこそだ。傑作である。

 カリン・ティドベック「ジャガンナート――世界の主」は、フィリップ・ホセ・ファーマー「母」、ブルース・スターリング「巣」あたりを髣髴とさせる異様生態SF。マザーと呼ばれる生物の体内で、人間たちは決められた役割を担って一生を送っていた。育児嚢、蠕動エンジン、壁が分泌する食べ物……それら内臓世界のありさまが異様だ。やがてマザーに異変があらわれ、主人公ラク(彼女は〈腹〉の働き手だった)は、マザーの外に世界があることを知るはめになる。これも傑作。

 さて、ぼくがもっとも楽しく読んだのは、アナリー・ニューイッツ「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」である。主人公はドローン型ロボット。もともとは町を巡回して市民の健康状態をチェックするために作られたが、その福祉サービスはとうに廃止され、いまは無所属の身の上になっている。しかし、律儀なロボットはたゆまず巡回をつづけていた。その仕事のかたわら、ロボットは町に巣くうカラスたちの鳴き声を蓄積・解析することで、彼らと不完全ながら意思を通わすようになる。ロボットはあくまでロボットで、カラスはあくまでカラスなのだが、彼らなりの行動原理で町に発生しつつあった疫病を察知し、それを人間に伝えようとする。良い感じにゆるく、とぼけたところがある、とても愉快な一篇。

(牧眞司)

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