“月に住む”が現実に!「月面都市ムーンバレー構想」って?
夜空を見上げればいつもそこにある月。古来より信仰の対象で、宇宙飛行士たちが探索に挑み続けてきた、人類にとって身近であり、“憧れ”の存在でもあります。しかし、人間を月面に着陸させることに成功したのは、2020年現在、1969年のNASAのアポロ計画のみで、それ以降、人類は月に立っていません。その月に、近い未来、人類の住める街をつくろうという壮大なプロジェクトが、「月面都市ムーンバレー構想」です。プロジェクトに取り組む宇宙スタートアップ企業、株式会社アイスペースに話を聞き、月に人が住む未来の世界と宇宙開発の最前線を伝えます。
住民1000人、訪問者1万人! ムーンバレー構想とは
ロケット打ち上げコストの大幅な低減を可能にしたテクノロジーの進歩や、宇宙船、着陸船、ロボット等の技術発展により、近年、世界各国の宇宙活動が活発になっています。
例えば、アメリカのNASA が、2024年には宇宙飛行士を月面に送り込もうと進めている有人月探査計画「アルテミス計画」で月面固定式住居を含む月面でのインフラについて明らかにしたほか、2019年にロケット打ち上げ数1位となった中国は、国際月面研究ステーションの構想を進めています。さらに、日本でも、JAXAとミサワホームが宇宙の極限環境下での住宅システム構築の実証実験を南極の昭和基地で行っています。スイスの銀行UBSは、現在約40兆円の宇宙産業規模が2030年には倍増すると試算しており、宇宙産業の中心として、宇宙資源開発が注目されているのです。
(写真/PIXTA)
2023年に民間として日本初の月探査機を送り込もうと開発を進めているのが、アイスペースです。月資源開発の先に、月に人類が住める街をつくろうという壮大なビジョンを掲げています。月面都市ムーンバレー構想が生まれたきっかけを取締役COO中村貴裕さんに聞きました。
「そもそも、月資源開発が活発化しているのは、近年の研究で、月に貴重な鉱物資源だけでなく、およそ60億トンもの水が存在していると分かったためです。水は水素と酸素に分解できます。人類の活動に必要なのはもちろん、ロケットの燃料になるため、将来の宇宙開発に欠かせない資源として注目されています。当社で月面資源開発に取り組むにあたり、未来像を明確に持つことが重要であると考えました。2016年ごろ、社外の識者を集め、2040年に世界がどうなっているか、会議を重ねていたんです。月資源開発を進めれば、住民1000人、年間1万人が訪れる街を月につくることは可能だと考えました。まず、氷が地下にある可能性が高い月の南極に研究者らがムーンバレーをつくり、そこに新婚旅行などで地球から人々が往来する世界です」(中村さん)
(写真/PIXTA)
月に実際に住むとしたら、どんな生活ができるのでしょうか。
「いちばんの魅力は、宇宙空間が近いので、星が大変美しく観測できることでしょう。とくに月から地球の眺めは素晴らしいはずです。実は、月は人類にとって、住むには過酷な環境なんです。放射線量は地球の数百倍、寒暖差は280度もあり、マイナス170度の極寒と110度の凄まじい暑さが交互に訪れます。マイクロメテオライトという隕石も降り注ぎます。そのため、未来の月面住居は、耐熱、断熱でつくられたドーム型になるかもしれませんね。月には地下に空洞があるので、放射線や隕石を避けられる地下都市になる可能性もあるでしょう」(中村さん)
「開発当初は、代表の袴田武史さんと二人だけだった」と話すCOOの中村さん(画像提供/アイスペース)
2022年に派遣する月面探査機は宇宙資源開発への第一歩
中村さんは、月面都市実現に向けた月資源開発のためには、次の3つのステップがあるといいます。
1.ロケットを使って、地球から脱出する。
2.ロケットから切り離した月着陸船(ランダー)を降行させ、月面に着陸する。
3.月面探査機(ローバー)で探査する。
クレーターや縦孔など、将来、有人基地の候補となる探査を行う(画像提供/アイスペース)
「ロケットについては、イーロン・マスク氏のスペースX等が安定供給されていますが、着陸船に関しては、民間による月面探査一番乗りを各チームが競い合っている状況です。当社では、月面着陸、月面探査の2つのミッションを行うプログラム『HAKUTO-R』を発表し、2022年月面着陸、2023年月面探査に向け、開発を進めています。2021年中にも、月着陸船の組み立てに着手する予定です」(中村さん)
アイスペースが運営していたチームHAKUTOは、月面探査レースGoogle Lunar XPRIZEに、日本から唯一参加していました。HAKUTOは、日本で古くから月を象徴する動物とされている白いうさぎ(白兔)という意味です。HAKUTO-RのR(Reboot)には、道半ばで終えたGoogle Lunar XPRIZEの挑戦を継承し、民間として初めての月面探査を「再起動」するという想いが込められています。
最終的な目標は、地球~月間の輸送サービス構築です。着陸船または探査機に顧客のペイロード(荷物)を搭載し、月へ輸送するほか、要望に応じて、月面のデータを取得する等のミッションを行っていく予定です。
現在、ペイロードを月へ輸送する商業サービスを民間企業などから公募するNASAのCLPS(クリプス)プログラムのコンペに日本で唯一参加しており、JAXAやルクセンブルク政府とも月資源開発で連携して、日本、ルクセンブルク、アメリカの3拠点で活動しています。
2020年7月に最終デザインが完成した月着陸船(ランダー)。着陸脚を広げた状態で、幅約2.6m、高さ約2.3m、重さは約340kg。ランダーの上部に約30kgの重さのペイロード(貨物)が搭載できる(画像提供/アイスペース)
民間の参入で拡大する宇宙産業
アイスペースが、NASAのCLSPプログラムに採択された2018年末は、これまで国主導だった月探査が国際協力をベースに民間主導に切り替わる分岐点になりました。NASAが大きく舵を切ったことは、日本をはじめ各国に大きな影響を与えています。日本政府は、2020年6月に今後10年間の宇宙政策をまとめた新たな「宇宙基本計画」を閣議決定。現状で約1兆2000億円ある国内の宇宙産業の規模を2030年代早期に倍増させること、官主導だった宇宙開発への民間参入や宇宙ビジネスの拡大方針を打ち出しました。
高まる宇宙産業への期待が追い風となり、アイスペースでは、企業とのパートナーシップの締結が多くなっているそう。民間の力を活かした新しい宇宙ビジネスが注目を集めており、その背景を中村さんはこう語ります。
「官主導は、税金を使うため国民への説明責任があり、リスクを最小限にすることが優先されます。民間は、無駄を削いだ上で、制約なくルールをつくれますし、ビジネス的な観点から、企業に対してマーケティングやブランディングの提案ができます。今回のプロジェクトに、航空、通信、放送、自動車、建設、広告代理店、印刷などさまざまな業種の企業がパートナーシップにご賛同いただきました。これから20年の挑戦を共にしていだだきたいとの思いから、技術協力を積極的に行っています」(中村さん)
将来、月に住む未来が、夢物語ではなく、リアリティのある世界として近づいてきているのを感じます。
360度の視野を持つ高画質カメラを搭載した探査機(ローバー)。機体には、パートナーシップ企業名が記されている(画像提供/アイスペース)
宇宙開発で広がる人類の生活圏
現在、地球での豊かな生活は、通信、農業、交通、金融、環境維持に至るまで、さまざまな産業が人工衛星を中心とした宇宙インフラにより、成り立っています。インターネットや自動運転が発展すれば、ますます、インフラの重要性は高まり、宇宙資源開発が今後の鍵となっていきます。ポテンシャルマーケットとして注目されている月面探査ですが、「月をゴールとは考えていない」と中村さん。
「住みやすさでいえば、月より、大気のある火星の方が良いとされています。しかし、地球から火星に直接行くには輸送コストが高い。月でロケット等の燃料である水素を補給すれば、10分の1のコストで済むのです。月は宇宙開発のハブ(中継地点)となり、人類の生活圏はますます広がっていくでしょう」(中村さん)
コロナ禍により、地球上がさまざまな困難に直面した2020年。一方で、宇宙をステージに、さまざまな企業が全く想像もつかない未来を描き、計画を進めています。これから人類の夢がかなっていくのか、注目していきたいです。
●取材協力
・株式会社アイスペース 元画像url https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2020/12/77180_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル
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