「彼女は65年以上助産師を続ける中で多くの女性たちに会い、助産師としてだけでなく、例えば少女たちに性教育を教えるなど何らかの形で人生の道標になっていました」『GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生』パスカル・プリッソン監督インタビュー
前作『世界の果ての通学路』にて、教育を受けるための道程で様々な障害に立ち向かう4つの国の子供たちの勇気と苦難を語り、2013年セザール賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したパスカル・プリッソン監督による7年ぶりの最新作『GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生』が12月25日(金)にいよいよ公開される。ケニアに住むGOGO(カレンジン語でおばあちゃんの意味)ことプリシラ・ステナイは他の多くの少女たちと同様、学校に行くことを禁止され、教育を受けることなく育ち、現在は助産師としてみんなの尊敬を集める存在。94歳の彼女には52人のひ孫がいるが、1990年の「万人のための教育世界宣言」の後の改革で初等教育が無償化したにもかかわらず、不就学のひ孫たちがいることをきっかけに自身も90歳で小学校への入学を果たした。本作はそのプリシラが小学校に通い、卒業試験に挑む様を追ったものだ。監督は語る、「これまでの作品を撮影しながら、女子の教育のレベルがその国の自由と民主主義の度合いを表していることに気付きました。貧しい国では、ひとりの子供を就学させる機会があると、男子を選ぶのです。女子は子供の時から家事に追われ、それから家族を助けるために働かなければならないか、一人前の女性になる前に結婚させられることすらあります。女子の学校教育は新世紀の重要な課題の一つです」と。本作を鑑賞した後、私たちはどんなアクションを起こすべきか。それも監督の問いかけのように思う。
――まず素晴らしい作品をありがとうございます。プリシラさんの言葉はとても胸に響きますし、『世界の果ての通学路』でもザヒラのおばあちゃんが「あなたたちはついている。知識で世界を切り拓くんだ」と述べていましたよね。そこからの本作ということで、胸が熱くなりました。
本作では非常に穏やかなトーンとリズムで毎日が進みます。プリシラさんの卒業試験(大切な日)がハイライトですが、それも無理にドラマティックにしていない。学校をモチーフとしたドキュメンタリーを手がける中で、学校に行くことが当然の特権となっている国の批判をするわけでもなく、登場人物たちを不幸に描くこともなく、ただ彼らの姿を追うだけで、ヴァイアスがかけられていないより深く広いメッセージが伝わるように思います。作り手として何をどう撮るか、エディットするかという取捨選択で意識していたことがあれば教えてください。
パスカル監督「私の作品にはナレーションがありません。特に説明や指示をすることなく、彼らのシンプルな生活やオリジナリティを尊重しながら、彼らの会話をそのまま撮るからです。時にサプライズの連続であったりするけど、そういうことも含めてあるがままの状態を撮るようにしています。実際に何度も学校やゴゴの家族の所に足を運び、どういう撮影をするか、どういう映画を撮るか、カメラは2台使うなどといった説明をして、あとは一つのシーケンスの中で自由に普段通りの生活をしてもらい、自然の成り行きに任せます。言ってみればある程度統制されたインプロヴァイゼーションというのでしょうか。やらせや事前に準備されたものは全くなく、正真正銘の本物をそのまま撮りたいという想いがありますが、そうするためには彼らの授業スケジュールや生活リズムを完璧に把握しておく必要があります。そういう意味での入念な事前準備はありました。
撮影後は、私は彼らの会話を全部理解していたわけではないので、編集する前にまず翻訳して字幕をつけて、ナレーションのような下書きを作って、それに沿って映像を並べていくという作業手順なんですね。子どもたちには席を変わらないように、常に同じ制服を着ているようにというお願いをしていて、それによってカットの選択の幅は広がったのですが、編集作業は膨大にはなりました。
このようにやらせも何もないドキュメンタリーに仕上げるためには、やはり非常に強いパーソナリティが必要になってきます。例えばゴゴのようなね。『世界の果ての通学路』の場合もそうです。強いインパクトのあるストーリーや個性がなければ1時間以上もたせることは不可能でしょう。だからこれらはドキュメンタリーなのですが、ある人物のポートレイト映画とも言えるかもしれません。説明などは一切入っておらず、その人物を映像を通して観てもらうという。
出会った人たちとは強い信頼関係を築くことができ、共感を抱き、友情が生まれ、撮影をしているときに何か困難にぶち当たったということはなくて常に喜びを得ながら撮影を続けることができました。私がドキュメンタリーを作る際には、ただ撮っておしまいではなくて、人間的な冒険がずっと何年も続いていくものになります。今作も『世界の果ての通学路』の場合も、登場人物たちを何年にも渡ってフォローしています。ゴゴだけじゃなくてゴゴのひ孫娘ももちろんフォローしています。それが私にとってのドキュメンタリー制作なのです」
――素晴らしい制作への姿勢ですね。プリシラさんはこの映画をご覧になれましたか? 観られていたとしたらどのような感想を抱いていらっしゃいましたか。
パスカル監督「実はプリシラの小学校で映画を上映したんです。最初、彼女はこの年齢になって小学校に行くなんて子どもたちに馬鹿にされるんじゃないかと心配してたんですが、上映したら子どもたちみんなが喜んで笑顔になり、ゴゴに対しても拍手喝采で、学校に行くたびに上映してくれと頼まれるくらいに、みんなにとってすごく良い思い出の一つになっているようです」
――プリシラさんは非常に進んだ考え方の持ち主ですね。彼女は助産師というプロフェッショナルな職業の女性ですが、それも彼女の考え方に影響しているのでしょうか。
パスカル監督「ええ、影響していると思います。彼女は65年以上助産師という仕事を続ける中で多くの女性たちに会い、助産師としてだけでなく、例えば少女たちに性教育を教えるなど何らかの形で人生の道標になったり、14歳くらいの若い女性たちを導いていくという、助産師以上のことをしていました。元々頭のいい人だったのですが、そういった仕事を通じてさらに知性が磨かれていったと思います」
――プリシラさんが推し進めていた寄宿舎が立ったことは女子学生にとってとても大きな意味があるそうですね。今、寄宿舎はどのような状況ですか?
パスカル監督「女子専用の寄宿舎を建てるということはゴゴにとって非常に大きな戦いで、特に学校に通うには遠すぎる少女たちを通わせるにはどうしても必要だったので実現して本当に喜んでいました。2020年の初めには遠方から来ている300名の女生徒を受け入れましたが、残念ながら3月以降はCOVID-19で休校になっています。秋から開校する予定ですが、ケニアの学期は1月から11月までなんですね。その間の約10ヶ月が休校ということになり、全員が留年になることは決まっていて、来年からまた同じ年をやり直すことになります。ケニアではヨーロッパほど感染が広がってはいないけれど、もしまた増加したらすぐに閉鎖になる可能性があり、予定では秋からとなっていても、まだどうなるかはっきりとはわからない状況です」
――ドキュメンタリーを撮るために世界各国を回っていた監督も COVID-19で動きがとれない状況ですよね。今、監督が進めていたプロジェクトはどのような状況ですか。
パスカル監督「確かにCOVID-19の影響で8か月先延ばしになっているプロジェクトもありますし、先延ばしになっていることで投資にも影響が出てきています。ワクチンがいつ出てくるのかわからないのですが、今は諸々様子見の状態ですね。本作も最初は2020年5月に封切りの予定だったのが7月になり、2021年1月13日に延期となりました。しかし1月13日に映画館が本当に開館されるかわからないような状況なので、先のことは一層わかりにくくなっています。今は2021年にむけてシナリオを準備しているような状態です。私は日本が大好きなので、本当は日本にも行きたいのですが」
――『世界の果ての通学路』の制作のきっかけの一つともなったお子さんは今20歳になっていますよね。お子さんが大きくなるに従って、ドキュメンタリーの対象年齢が上がっていくのもとても素敵だなと思っています。お子さんと一緒に来日できる日が早くきますようにと願っています。
パスカル監督「ありがとうございます。20歳と19歳の娘がいます。2019年に日本に8カ月滞在した甥もいますよ。8ヶ月も日本にいたらフランスに帰りたくないとなっていました(笑)。私は子どもも若者も大好きです。特に若者の感性、感受性が大好きなのですが、アフリカで非常に大変な思いをして学校に通っている子どもたちを見てしまうと、フランスでフランス流の教育を受けている子どもたちに対してちょっと怖い父親になってしまいがちです(笑)」
text & edit Ryoko Kuwahara
『GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生』
12月25日(金) シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
http://gogo-movie.jp
監督:パスカル・プリッソン PASCAL PLISSON
製作:マリー・タウジア MARIE TAUZIA
撮影監督:ミッシェル・ベンジャミン MICHEL BENJAMIN
編集:エリカ・バロッシェ ERIKA BARROCHÉ
音楽:ローラン・フェルレ LAURENT FERLET
2019年|フランス|英語・スワヒリ語|カラー|スコープサイズ|DCP|5.1ch|84分|原題:Gogo|
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ
© Ladybirds Cinema
DIRECTOR
パスカル・プリッソン PASCAL PLISSON
自然を題材に、ナショナル・ジェオグラフィックやBBCのTVドキュメンタリーを制作。12年間ケニアのマサイ村に通いつめ、世界で初めて部族の映画撮影に成功した『マサイ』(03)で劇場デビュー。2作目となる『世界の果ての通学路』では、教育を受けるための道程で様々な障害に立ち向かう4つの国の子供たちの勇気と苦難を語り、フランスで150万人以上の観客を動員する大ヒットを記録。2013年セザール賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、世界中の35カ国に配給された。その他監督作に『LE GRAND JOUR』(15)など。
世界中の教育支援団体と強い絆を築いており、ハンディキャップ・インターナショナルの大使も務め、世界中で開催される多くの会議や討論会に参加している。
<監督からのメッセージ>
私たち西洋の国では、学校は全ての者が利用できる権利だということをしばしば忘れる傾向にありますが、世界には教育が貴重な財産である場所があります。ゴゴの物語を通して、教育を得るために生涯をかけて闘ってきた女性の奮闘ぶりを見せたいと思います。数ヶ月前、村でゴゴに出会いました。彼女が「あなたの国では全ての子供たちが学校に行っているのか」と尋ねるので、「そうです。学校は無料です」と答えました。彼女は微笑み「あなたは素晴らしい国に住んでいる」と言いました。私が15歳で学校をやめたと告白すると、厳しく叱られました…そして自然のことのようにゴゴに恋したのです!
ゴゴは世界の子供たち、特に少女たちを学校に行かせない親たちに、教育は財産であることを彼女の村から示したいと望みました。世界ではあまりにも多くの子供たちが希望のない生活をしており、ゴゴは彼らを導きたかったのです。これまでの作品を撮影しながら、女子の教育のレベルがその国の自由と民主主義の度合いを表していることに気付きました。貧しい国では、ひとりの子供を就学させる機会があると、男子を選ぶのです。女子は子供の時から家事に追われ、それから家族を助けるために働かなければならないか、一人前の女性になる前に結婚させられることすらあります。女子の学校教育は新世紀の重要な課題の一つです。女子の教育が進み、子供の死亡率と過剰出生率が低下している国では、伝染病の拡大もより抑制されています。そして教育を受けた女性は、次に自分の子供を教育することができるのです。
私は世界中を駆け巡り、人々の現実を被写体との距離感と親密さを織り交ぜながら撮影する映画監督です。登場人物の運命に焦点を当て、人々の人生を変えるような社会問題を扱った作品を作っており、これが私のアプローチの中心にあります。
このようにして、これらの映画作品は単なるドキュメンタリー作品をはるかに超えたものとなるのです。これらはゴゴのような素晴らしい人間の冒険であり、教育の促進に捧げられた人生の集大成に向けて、付き添っていきたいと願っています。
<ゴゴからのメッセージ>
世界中の全ての子供たち、特に少女たちに伝えたい。
勉強はあなたたちの力、豊かさになります。だから、突き進んで下さい。
私は、たとえ100歳までかかっても、卒業できるよう神に祈っています。
ープリシラ・“ゴゴ”・ステナイ
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ウェブサイト: http://www.neol.jp/
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