幸せは一種類じゃない!〜桂望実『結婚させる家』

幸せは一種類じゃない!〜桂望実『結婚させる家』

 理想のあり方、というものがある。ある、というか、一般的にそれが理想だとみなされているテンプレートがある。その最たるものが、理想の家族像ではないだろうか。両親が揃っている、子どもはふたりくらい、できれば庭付きの一軒家、といったあたりが最も必要とされる条件に違いない。それを実現するためには、結局20~30代くらいで結婚して家庭を持つ、ということが概ね前提となってくるかと思う。とはいえ、誰しもに出会いの場があるわけではなく、結婚まで進む機会のないまま歳を重ねるケースはいくらでもある。その際、結婚情報サービス会社に相談するというのも選択肢のひとつだ。主人公の桐生恭子は、そういった会社の中堅どころ、ブルーパールに勤めている。

 ブルーパールは、会員資格が40歳以上。若い人は大手の企業に流れがちだ。恭子は担当した会員のカップリング率が高いことで有名で、「大人の婚活界でレジェンド」「カリスマ相談員」などと称される存在である。年齢を重ねるにつれ婚活にはさまざまな難しさが発生するようだが、恭子は会員たちに的確な助言でアシストする。例えば女性の会員に対しては、

・プロフィールの趣味の欄に海外旅行はダメ(お金のかかる女だと思われるから)
・特に好きだったり得意だったりするわけでなくても、自炊をしているなら趣味の欄には「料理」と書くのが効果的
・家から最寄り駅まで歩いているなら、「散歩」も趣味に加えていい(お金がかからず、健康的なイメージがあるから)

といったプロの技が伝授されるのだ。他にも、プロフィール写真の撮り方のコツ(ずらっと並んだ顔写真の中ではとにかく目立つことが最優先)や演技の必要性(プロフィールに実際とは異なる内容を書いた場合などに)についてのアドバイスなどを適宜行う。

 そんな恭子が発案したのが、都内の一等地にある大邸宅で「交際中の会員を泊まらせて、しばらく暮らさせ」るというもの(宿泊期間は1週間・家族の同宿可)。このプレ夫婦生活企画によって、会員たちが『交際』から『真剣交際』に発展するまでにかかっていた平均半年という期間を短縮できるのではないかという狙いだ。社長の浩子が「自信満々な恭子ちゃんを見てると、不安がどんどん大きくなる」と危ぶむ中、恭子は新企画をスタートさせるが…。

 本書には、複数の『交際』中のカップルが登場する。うまくいくカップルもいれば、そうでない会員たちもいる。複数のカップルのさまざまな事情や内面に触れ、彼らの変化(あるいは変化のなさ)を目の当たりにしたことで、恭子自身も成長していく。

 恭子は、若い頃に一度大きな過ちを犯している。それ以来、結婚や家庭には縁の薄い生活を送ってきた。その恭子でさえも、ある意味類型的な判断から逃れられていないというところが皮肉かもと、読み始めてすぐは思った。”趣味は料理”的な空気を出せなどと、相手に気に入られるためには自分を曲げることも辞さないよう女性会員にすすめるなんて、ちょっと古くない? しかし、恭子も決して悪気があるわけではなく、それどころか彼らがうまくいくようによかれと思っての忠告なのである(そして、そうした類型がまだまだ主流な世の中でもあるのだ)。

 登場人物の中で特に印象的だったのは、カップルたちではなく、浩子とその夫・慶三が開いたホームパーティー(恭子に未婚の男性を紹介する目的)に参加していた草子さん。42歳で看護師資格を取り、52からはホスピスで働いていた女性だ。彼女の波乱の人生については詳細を書くことを控えるが、そういう日々を送ってきたからでもあるのか、彼女の一言一言にはとても重みがある。

 結局のところ、何が幸せかというのは人それぞれなのだ。どんなにお金があっても容姿に恵まれていても、自分の心が求めるものから目を背けていてはほんとうの幸せには手が届かない。自分がどんな風に生きていきたいのかということに気づけた登場人物たちの、最終的にはふっ切れた様子に元気づけられる一冊。

 もちろんどんな世代の読者にも楽しめる内容だと思うが、とりわけ恭子と同世代の読者には響くと思う。恭子が53歳の誕生日を慶三&浩子夫妻に祝ってもらう場面があるのだけれど、私もまさにもうすぐ53と同い年だ。私は結婚して子どももいるがそれでも、「男の子3人なんて考えられない」とか「庭がないと家って感じがしないよね」とか言われた経験がある。それを本人に伝えて、「あなたの境遇は、理想的な幸せのかたちとはいえないですよ」と教えてくれてでもいるつもりなのか? そんなディスりに心をすり減らさないためにも、本書を読んで「人の幸せって一種類じゃない」「人の数だけ形がある」といま一度胸に刻んだ方がいい!

(松井ゆかり)

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