里程標的作品から現代の新鮮作まで、人狼テーマの饗宴

里程標的作品から現代の新鮮作まで、人狼テーマの饗宴

『幻想と怪奇』第2号は、特集「人狼伝説 変身と野生のフォークロア」。

 巻頭カラーページの「人狼映画ポスター・ギャラリー」が楽しい。これは本文掲載の「菊地秀行インタビュー 銀幕の人狼たち」で言及された、ホラー映画のなかからピックアップしたもので、なかなか壮観。これにつづいて、野村芳夫さんのエッセイ「人狼」が掲載されている。氏がアマチュア時代から親しんできた作品から、翻訳家として手がけた作品(自ら出版社に持ちこんだ企画も)まで、人狼テーマの小説について熱く語っている。

 その野村さんがこの号に訳出したのが、デール・C・ドナルドスン「ピア!」だ。ホームパーティを楽しんでいる四組の夫婦の情景に、そのなかの誰かが人狼だとの疑念が持ちあがる。疑念の種は、パーティ参加者全員の知りあいであるオカルティストの”霊振”によってもたらされた。完全な密室ではないものの、なかば閉鎖空間である室内、そこに停電や参加者のひとりの悪ふざけが加わり、尻上がりに不吉な空気が増大していく。ストーリー展開にどんでん返しが仕掛けられており、エンターテインメントとして手堅い。

 ジェイムズ・ブリッシュ「闇はもう戻らない」も、ホームパーティ参加者のなかに人狼が入りこむ。そうそうに誰が人狼かが明かされるが、その怪異的な力と人間の知略との攻防が繰り返されて、起伏あるストーリーが紡がれる。人狼の正体に人類史的スパンでの病理的説明が加えられるのが、いかにもこの作家らしい。

 フリッツ・ライバー「魔犬」(既訳がある作品だがこれは新訳)は、ブリッシュ作品とは好対照で、都市文化論を背景とした心理的な仮説に拠っている。都市環境が人間の感情を抑制し、それによって溜まった不安・恐怖が心理的感染を発生させる。熟した文化が超自然の培養器になるというのだ。物語展開もさすがライバーで、語り手自身は邪悪な存在ではないのだが、行く先々で魔物発生のトリガーになってしまう。彼はそれが実際のことか、それとも自分の気の迷いか判然としないまま、事態が進む。かくして、超自然ホラーに加えて、心理サスペンス的趣向が、作品にもたらされる。

 古典的な作品も五篇。そのうちでの白眉は、アルジャーノン・ブラックウッド「ランニング・ウルフ」(こちらも新訳)だろう。カナダの原生林を舞台に野性と人間との対峙を描き、アニミズム的世界観が前面に出ている。ジャック・ロンドンの動物小説に、スーパーナチュラルな要素を加えたような味わいと言えばよいか。

 現代作品の翻訳は二篇。

 ニーナ・キリキ・ホフマン「ゴミ箱をあさる」は、犬が苦手なのに、ゴミ箱に捨てられた仔犬を見るに見かねる思いで拾ったクレアの物語。仔犬は赤ん坊に変身し、クレアは戸惑いながらルビオと名づけて育てる。その過程でクレアが犬嫌いになった経緯、彼女と夫との秘密が明かされていく。語り口と構成が巧みな秀作。

 スティーヴ・ラスニック・テム「おじいさまの画帳」は、祖父と孫娘の一見穏やかなやりとりがつづくが、その向こう側に胸騒ぎがするような謎が立ちあがる。

 日本作家による書き下ろしショートショートが、井上雅彦「森になる」と安土萌「老人とオオカミ」。そのほか、藤原ヨウコウのカラー口絵、澤村伊智、斜線堂有紀によるエッセイ、資料「海外人狼小説リスト」と、盛りだくさんの内容。

(牧眞司)

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