光学迷彩の第一人者・稲見教授は『攻殻機動隊 SAC_2045』をこう観た 「バトーの行動原理は研究者に通じる」 「声優さん達こそが“GHOST”なのではないか」

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Netflixにて独占配信中の『攻殻機動隊 SAC_2045』。1989年に「ヤングマガジン増刊 海賊版」(講談社)にて士郎正宗が原作漫画を連載開始以来、押井守監督による『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)をはじめ、アニメーション、ハリウッド実写映画など様々な作品群を構成し、世界中に驚きと刺激を与え続けてきた「攻殻機動隊」シリーズ。

本作『攻殻機動隊 SAC_2045』は、「攻殻」史上初となるフル3DCGアニメーションとなり、『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズを手掛けた神山健治氏と、『APPLESEED』シリーズを手掛けた荒牧伸志氏によるダブル監督、Production I.GとSOLA DIGITAL ARTSによる共同制作スタイルで制作しています。

攻殻機動隊といえば、シリーズを通して最先端のアイテムが登場し、ファンをワクワクさせてくれますが、中でも“光学迷彩”は攻殻を象徴する技術。本作『攻殻機動隊 SAC_2045』にも様々なシーンで光学迷彩が登場します。

“光学迷彩”の第一人者である東京大学教授の稲見昌彦さんにインタビューを敢行。稲見教授から観た本作の見所、注目ポイントをお話いただきました。

稲見昌彦教授<撮影:Ken Straiton>

――今日はよろしくお願いします! 早速ですが、『攻殻機動隊 SAC_2045』をご覧になって、率直な感想はいかがですか?

稲見昌彦教授(以下、稲見):神山監督が共同監督として手がけらえている作品ということで、今風にアレンジされていて面白かったです。「SDGs(エスディージーズ)」(※持続可能な開発目標)がこういう風に料理されて出てくるとは思わなかったので。国連の目標であるSDGsは、色々な企業そして社会がサスティナブルな発展を目指していく為に使われていたものですが、作品の中では「持続的な戦争」となって出てくるあたり作品の世界観に合っていて。それと、後半に田舎の風景が出てきて「これは『攻殻機動隊』だったっけ?」と思うほどのコントラストが素晴らしかったです。私の様なおじさんだからこそ感じるのかもしれないのですが、郷愁を感じて印象的でした。

「ポスト・ヒューマン」というワードが出てきますが、今までのシリーズに出てきた「義体」とどう違うのか?という部分も考えさせられました。「ポスト・ヒューマン」はレイ・カーツワイルの本の中で出てきたりしていますが、カーツワイルの『シンギュラリティ』が提唱する“2045年”という概念ともつながっていて面白かったですね。

あと、熱光学迷彩がしっかり出てきた所は安心しました。最初から出てくると「寅さんが帰ってきた」みたいな感じで、安心するんですよね(笑)。押井守監督なんかは「光学迷彩のことはすっかり忘れていた」とおっしゃっていたそうですし、そう言う意味で本作は嬉しかったです。

――教授としては光学迷彩の事がまず気になってしまいますよね…! 攻殻機動隊に出会ったきっかけはどんな事だったのでしょうか?

稲見:原作が出始めた頃、大学の修士生だったのですが、すぐには読んでいなくて。同じ士郎先生の『アップルシード』は読んでいたんですけどね。研究室に所属した時に、助手の前田太郎先生(現大阪大学教授)に「私と議論したければ『攻殻機動隊』を見なさい」と課題図書としてコミックとビデオを渡されたのがきっかけでした。原作にしても映画にしても、一度観ただけでは分からない部分が多いじゃないですか。一度観ればストーリーは追えますが、繰り返し観れば観るほど気になる部分、面白い部分が出てくる。

修士まではナノテクノロジーやバイオセンサーの研究にも関わっていたのですが、博士から学び始めたのがバーチャルリアリティやロボットなどの技術で。『攻殻機動隊』はその両方がマッチングした様なSFで「自分はこれを読む為にこれまで研究していたのかもしれない」と思ったほどでした。

――「自分はこれを読む為にこれまで研究していたのかもしれない」素晴らしい出会いですね!

稲見:攻殻機動隊って色々な物への入り口になると思うんですね。私の場合は攻殻機動隊がきっかけでテクノロジーに興味を持ったのですが、若い方達が本作を観て古典的なSFの名作を観たり読んだりするきっかけになれば良いなとも思いました。

私は残念ながら「ガンダムならファーストから観なさい」というタイプの人間なのですが(笑)、『攻殻機動隊』はもしかしたら最初から観なくても良いのかもしれないですね。若い方ならば神山監督の手がけた作品から観た方が、問題意識が近いのでは無いかと。ソーシャルメディア的な考えは神山監督が得意としている所なのかと。

本作もソーシャルメディア的な匿名性で、多くの人たちの意識的・無意識的な気持ちが使われていて。今まではサイバースペース(※コンピュータネットワーク上に構築された仮想的空間。物質的には存在しない情報空間)的な考えが描かれていながらも、どちらかというと匿名のたくさんの人が出てくるというわけでは無かったと思うので。最初の頃はインターネットの中でのネットニュース的なある程度実名社会の要素の方が近いかなという印象があります。

――特に好きなキャラクターはいらっしゃいますか?

稲見:バトーです。年齢的には荒巻さんに近くなってきたかなとは思うのですが(笑)。バトーがモチベーションについて語っている部分があって。相手が「大した報酬も無いのにどうしてそんな事をするんだ」という様な事を言い、「別に金が全てじゃない。俺たちは自分のスキルを活かして、自分の好きな事をしているだけだ」と返すのですが、その考え方に研究者と近いものを感じて。クリエイティブな仕事をされている方も共感出来るかもしれませんね。本作ではそこにグッときました。シリーズを通しても、バトーの行動原理が好きなんです。

――また、大塚明夫さんの声がとても格好良くて渋いですよね。本作では『攻殻機動隊 S.A.C』シリーズのオリジナルキャストが集結している事も話題となりました。

稲見:見慣れた作品と声が同じだと安心感がありますよね。これは私の個人的な意見ですが、声優さん達こそが「GHOST」なのではないかと思うんです。キャラクターの外見である「SHELL」の部分が変わってもGHOSTの部分が同じだとつながっている、と。海外実写版の『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)の日本語吹替版もS.A.Cシリーズの声優さん達なので、吹替版を観なくてはダメだという声がありますが、ハリウッドの役者さんを義体として声優さん達が使っているのだと。そういう意味では、声優さんこそが攻殻機動隊の世界観を体現しているのではないかとすら思ったりします。

――声優さん達こそが「GHOST」! すごく面白い視点ですね。ちなみに、攻殻シリーズの他に教授が技術的に面白いな、良く出来ているなと思う作品は何ですか?

稲見:『レディ・プレイヤー1』は頑張っていたと思います。バーチャルリアリティのリアルさがあって。『アイアンマン』も好きです。宇宙から突然やってきた、とかでは無くて自分でトンカン作っている所が良いんですよね。

――そういう視点で映画を観るのも面白いですね。

稲見:そうですね。『プレデター』というSF映画がありますが、プレデターもステルス的な甲冑を身につけているのですが、プレデターは後ろからきた光を前に来る時に迂回させて透明に見せるという説明で、あれは私が想定する光学迷彩とは異なる原理ですね。迷彩とは何かというと、カメレオンの様に後ろの景色と同じ物を写す事がそうだと。色々な方向から入る光をちゃんと記憶して、何らかのディスプレイ技術によって再生してあげる。それを赤外線に対してもやっているのが熱光学迷彩だというのが私の考えです。現在の技術でも行えます。

本作で、(光学迷彩を身につけた状態で)照明のある場所を通った時に照明の光源が七色に分光していたんですね。そうなると、これまでの光学迷彩はディスプレイ型だったのですが、今回の光学迷彩は『プレデター』型に近く、メタ・マテリアルを使用していたのかもしれない、と。メタ・マテリアルを使う事の難しさで、波長によって曲がり方がズレてしまうんですね。本作を観ていて「あ、分光している」と思った時に、これまでのシリーズではそういった印象(七色に分光している)が無かったものですから、利用技術が変わったのかな?と。面白かったですね。

――攻殻シリーズの中でも技術が変化しているという。

稲見:『攻殻機動隊』に出会って、「光学迷彩」という名前だったからこそ、これは自分にも出来そうだ・やってみたいと思えたんですよね。映画『透明人間』の、薬を飲んで透明になるといった描写だと今ある技術では難しいだろうと研究しようとは思わなかったかもしれません。ただ、今私の同僚で透明になる薬を開発している、上田泰己先生という方がいます。生身の人間に使う事は出来ないのですが、生物から臓器を取り出して観察する時に使える「透明化試薬」という物を作られています。例えば、鶏のレバーを買ってきてその薬をつけると透明になって内側まで見れると。なので私が今いる専攻にはディスプレイ型と薬型による透明化を研究している人がいるのです。

――SFの様な技術が現実に可能になっていると…。稲見教授のこのお写真(光学迷彩の写真)も本当にすごいですよね。

<撮影:Ken Straiton>

稲見:ありがとうございます。私はいつもプロジェクターと、再帰性反射材という特殊な素材で作ったマントの様な服を使っています。私の作っている技術の限界で、特定の場所から見ないと透明には見えないんです。今後そこをどの様に改善していくか研究していく行く中で、ライトフィールドという技術を使うともっと多様な環境で透明化する事が出来るのでは無いか、と考えられています。なので、光学迷彩は完全なフィクションの技術では無くて、いつか実現したり、それに近い物が作られるだろうという事なんですよね。5年先、とかは厳しいと思いますが、何十年先の未来には完成しているのかもしれません。

――光学迷彩が実用化されたら、社会でどの様な使われ方をしそうですか?

稲見:身体の一部を透明化して安全に手術を行うといった医療用の用途や、外から見たら普通だけれど中からは景色を透明に見える自動車であったり、地面や建物を透明化して工事するという、色々な事に応用が出来ると思います。

――そういった未来が数十年先にやってくると思うと、本当にワクワクしますし、楽しみです。最後に、教授がこれからの『攻殻機動隊』に期待することはどんな事ですか?

稲見:期待する展開を裏切って欲しいです。期待通りに進むという安心感がある作品も悪く無いのですが、本作は特に声優さんたちのお力もあって『攻殻機動隊』という世界観がきちんと担保されている作品だと思ったので、その中で僕たちの予想を裏切って欲しいなと期待しています。

――今日は大変貴重なお話をどうもありがとうございました!

Netflixオリジナルアニメシリーズ「攻殻機動隊 SAC_2045」
【キャスト】
草薙素子:田中敦子/荒巻大輔:阪 脩/バトー:大塚明夫/トグサ:山寺宏一
イシカワ:仲野 裕/サイトー:大川 透/パズ:小野塚貴志/ボーマ:山口太郎/タチコマ:玉川砂記子
江崎プリン:潘めぐみ/スタンダード:津田健次郎/ジョン・スミス:曽世海司/久利須・大友・帝都:喜山茂雄/シマムラタカシ:林原めぐみ

原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社 KCデラックス刊)
監督:神山健治 × 荒牧伸志
シリーズ構成:神山健治
キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
音楽:戸田信子 × 陣内一真
オープニングテーマ:「Fly with me」millennium parade × ghost in the shell: SAC_2045
エンディングテーマ:「sustain++;」Mili
音楽制作:フライングドッグ
制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
製作:攻殻機動隊2045製作委員会

Netflixにて、全世界独占配信中(※中国本土を除く)
(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会

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藤本エリ

映画・アニメ・美容が好きなライターです。

ウェブサイト: https://twitter.com/ZOKU_F

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