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『千日の瑠璃』201日目——私は托鉢だ。(丸山健二小説連載)

 

私は托鉢だ。

新米の修行僧の、まだどうしても気恥ずかしさが抜け切らぬ、ためらいの托鉢だ。私は満開の桜並木の道に沿って始められたが、しかしきょうは最初からうまくゆかなかった。私のことで、彼はいきなり先輩の叱責を受けた。「礼の言葉を口にしてはならんとあれほど言ったのにまだわからんか」という声が飛んできた。そのあとがまたいけなかった。物乞いとかち合ってしまったのだ。

後ろ姿の飄々とした、まほろ町にとってのその新参者は、他人の玄関先で小銭を受け取るたびにペこペこと頭を下げ、わざと隣り近所に聞えるほどの大声を張りあげて礼を述べていた。先輩の僧たちは然らぬ体を装い、堂々たる歩武を保って、そいつを追い越そうとした。両者の違いをはっきりと世間に示すには、それしかなかったのだ。ところが、物乞いを見たことによって若い僧の心に疑念が生じ、町の人々の視線が急に気になり出した。

そして、どうやら鳥のはばたきを真似ているらしい奇妙な少年とすれ違った際、若い僧には、少年の顔がすべてを見抜いてにたりと笑ったように見えた。途端に彼は胸先に匕首でも突きつけられたみたいに立ち竦み、それきり一歩も動けなくなった。どこが違うのか、と僧は私に訊きながら、しばらく呆然としていたが、先輩の声で現に返ると、正反対の方角へ一目散に逃げ出した。きょう彼が受けた施しは、桜の花びら十数枚だけだった。
(4・19・水)

丸山健二×ガジェット通信

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