『千日の瑠璃』198日目——私は風呂敷だ。(丸山健二小説連載)

 

私は風呂敷だ。

素干しや塩干しにした魚をぎっしり詰めこんだ箱をいっぺんに五つも包んでしまう、唐草模様の風呂敷だ。まだ二十歳前だというのに私を使って行商をしている娘は、私と同様、体の芯まで魚の臭いが染みついていた。山国のまほろ町へ海の幸を運んで売り歩く者は、ほかにもいないわけではなかった。しかし、彼女ほど若い者はいなかった。それに、彼女ほど商売気のない売り手もいなかった。

彼女は客に対して礼の言葉も言わなければ、愛想笑いさえも浮かべなかった。それでも悪い印象を与えることはなく、品物がよくて値が安いせいでよく売れた。夕方までに売り尽くし、空き箱をうたかた湖畔の焼却炉へ投げこむと、彼女は私を小さく畳んで売り上げ金を入れた手提げ袋に押しこみ、最終のバスに乗って帰って行くのだった。それでも売れ残った日は、上得意というわけでもないのになぜか丘の上の一軒家を訪ね、只同然の値で置いてゆくことに決まっていた。

きょう、彼女は丘の家へ行ったが、誰にも会えなかった。すると彼女は、売れ残った魚を箱ごと玄関先へ置き、私をいっぱいに広げてオオルリのさえずりを包みこみ、それを代金として受け取って、坂道を下って行った。バスを待つあいだ彼女は松葉の風に吹かれながら持参した弁当を遣い、缶入りのウーロン茶を飲んだ。食事がすむと、私をマフラーのようにして首に巻きつけ、海の町へ帰った。
(4・16・日)

丸山健二×ガジェット通信

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