日本人がNASAで働くには~正職員になるまで~(note)

今回は大丸 拓郎さんの『note』からご寄稿いただきました。

日本人がNASAで働くには~正職員になるまで~(note)

火星ローバーに魅せられてNASAジェット推進研究所 (JPL) を目指した筆者。夢が叶い職員として働けることになりました。しかしこのときは任期付き職員としての採用で、JPLで正職員のポジションを獲得するためにはさらなる試練が待ち構えていました。

ジェット推進研究所(JPL)はNASA の中でも無人宇宙探査ミッションを担当していて、太陽系のすべての惑星に探査機を送り込んだ世界唯一の研究機関です。代表的な探査機には現在も火星で探査を続けているローバーのキュリオシティや星間空間に到達した人類初の人工物であるボイジャーなどがあります。NASA/JPLに就職するに至った経緯はこちらのnote*1 にまとめました。あわせてお読みください。

*1:「日本人がNASAで働くには 」2019年1月13日『note』
https://note.com/takurodaimaru/n/n17e74fc49339

夢の舞台JPLへ

2017年の夏、いよいよ夢に描いていたJPL職員としての生活が始まった。しかしインターンシップから1年半ぶりに戻ったJPLは、僕が知っているJPLとは少し変わっていた。

2020年打ち上げ予定の火星ローバーMars 2020や、木星の衛星で海が存在すると言われているエウロパに向かう探査機エウロパ・クリッパーなど特大級ミッションの開発が始まっており、JPLはかつてないほど忙しく、たくさんのエンジニアを雇い入れていて、活気であふれていた。僕はオファーをもらってから博士課程を卒業するまで1年以上待ってもらっていたので、その間に僕の部署でも新入職員が15人くらい増えていた。

そして僕の部署のスーパーバイザーもEからGCに代わっていた。Eはマネジメントよりもテクノロジーの発展に貢献したいと、後輩のGCに椅子を明け渡したのだ。GCはいつも陽気で部下思いの頼れる人物だ。スーパーバイザーがEでないことには少し驚いたが、僕はインターンのときにもGCにとてもお世話になっていたので、すぐに納得した。

働き方のイメージ

「改めてようこそJPLへ。オファーがでてからかなり時間がたったからな。だいぶ環境が変わってるだろう?」とGC。

「知らない人がたくさん増えててびっくりしました。」

「それで今後どういう風に働いていきたいとかイメージはある?まずはインターンの時に働いていたEのプロジェクトで働いてもらおうと思ってるけど。」

「僕もまずは研究開発をメインに働きたいと思っています。将来的にはフライトプロジェクトにも参加したいです。惑星探査ミッションに興味があります。特に火星とかエウロパとか。」

JPLでの仕事は大きく、実際に探査機を作って飛ばす”フライトプロジェクト”と”研究開発”に分けられる。自分がより貢献できる仕事は大学時代に研究していたヒートパイプやインターンのときに携わっていたプロジェクトなどの研究開発だと思っていた。それにJPLの探査機はシステムとしてはレベルが高いのだが、使っている技術はどちらかというと昔ながらのものが多く、近い将来に限界が来るのでどうにかしなければとも思っていた。

「そうだな。まずは研究開発のプロジェクトで成果を出すのを目標にしよう。フライトプロジェクトへの参加も賛成だ。フライトプロジェクトに参加して実績を積めばレギュラーにも昇格されやすくなるしな。」

この時点で僕はまだテンポラリーと呼ばれる1年ごとに契約を更新するいわゆる任期付き職員だった。そのうえ永住権を持たずに労働ビザで働く、NASAからしたら完璧なる外国人で、今のJPLの忙しさが収まったらいつ首を切られてもおかしくない立場だ。だから一刻も早くレギュラーと呼ばれる正職員になって、永住権を取得しなければという少し焦りに似た気持ちがあった。

少し楽観的すぎた

僕はJPLで職員として初めての仕事に息巻いて取り掛かった。仕事の内容はインターンの時の延長上だったのでタイムラグなしで取り組むことができた。順調に成果をだし、チームとしてもテクノロジーの完成度をどんどん上げていった。みんなも僕が戻ってきたことを喜んでくれていたし、僕自身も夢の舞台で働けていることをとても嬉しく思っていた。

だがこの時の僕は少し楽観的過ぎた。

世間話をしようとEのオフィスに行った時のことだった。ドアに近づくと中から僕の名前が聞こえた。

「そろそろタクに他のプロジェクトを考えないとな。うちのプロジェクトだけだと予算が限界だ。」Eの声だった。

「わかってる。タクにフィットするフライトプロジェクトがないかと聞いて回ってるところだ。ただ外国人だから情報の輸出規制をどう突破するかが問題だ。」GCの声だった。

立ち聞きするつもりはなかったが聞こえてしまった。EとGCにここまで考えさせてしまっているとは知らなかった。 僕は二人の負担になっている…

後から知ったが、JPLでひと一人をプロジェクトで雇うのはかなりの出費なようだ。JPLでは各プロジェクトが職員にたいして働いた分だけ支払う。しかしその額には設備代、保険、諸々の雑費が含まれ、最終的に給料として支払われる額の約二倍と言われている。小さな研究開発プロジェクトで僕一人分の人件費を賄うのはかなりの負担だったのだ。

しかもアメリカの研究機関で機密情報が含まれるフライトプロジェクトに外国人が入っていくのは想像以上に大変だった。実際にGCが最初に聞いてくれたプロジェクトからは「今は外国人のクリアランスをとるために面倒な手続きをしている暇はない」と断られたらしい。フライトプロジェクトはすでにフル稼働していて、外国人である僕が入り込む隙間は無かったのだ。

自分の足で立とう

自分のやりたいことばかり語り、早く正職員になりたいという自分の都合ばかり考えていた自分が恥ずかしく思えた。EもGCも一生懸命動いてくれている。これ以上周囲に迷惑をかけないように何かしなければ… 自分の力でできることはないかと僕は考えた。

するとタイミングよく研究開発プロポーザルのチャンスが回ってきた。短期間で予算も少額だったが、とにかく何かを始めなければと思い、大学時代に研究していた自励振動ヒートパイプと呼ばれる熱制御デバイスを応用したシステムの開発をテーマに申請書を書き提出した。運良くプロポーザルは採択され、たったの2カ月間だったが僕は自分のプロジェクトを持つことになった。

そのプロジェクトは金属3Dプリンタを使って自励振動ヒートパイプを構造の中に組み込み、電子機器からの発熱を解決しようとするものだった。材料系と電気系のエンジニアをスカウトしてプロトタイプを製作し短期間のうちにシステムコンセプトの実証に成功した。そのことで部署の中でも少しずつ認められ、周囲からの信頼も高まってきた気がした。

それをきっかけに物事がうまく回り始めた。

GCがついにフライトプロジェクトの仕事を見つけてきてくれた。正確にはまだ研究開発フェーズにあるプロジェクトだったが、エウロパ・ランダーという名の、探査機をエウロパ表面の氷の上に着陸させ、ロボットアームで氷を削りその場で分析するというミッションだ。

エウロパは厚さ数kmの氷で覆われているが、その中には海がある。その海の底には熱水噴出孔と呼ばれる地熱で熱せられた水が噴き出る穴があり、その周りでは生命が誕生する可能性があるとも言われている。もしかしたら表面の氷にも生命の痕跡、もしくは生命そのものが含まれているかもしれない。

僕の仕事はロボットアームを試験するための、エウロパの環境を作り出すチャンバーと呼ばれる装置の開発だった。GCが僕のために見つけてきてくれたのは、生命探査に携わりたいと思っていた僕にとって、まさに夢の仕事だった。

Credit: NASA/JPL
エウロパ・ランダー。海が存在する木星の衛星エウロパで地球外生命の発見を目指す。

 

エウロパを作れ

エウロパは太陽から遠く光が届きにくいので表面温度は-200℃と極めて低い。さらに大気がないので真空状態だ。一般的な人工衛星を試験するのに使われるチャンバーが到達できるのはせいぜい-170℃。しかも液体窒素を大量に使うので大きなチャンバーを稼働させるには一日で1万ドル以上かかる。これだとすぐに研究費が尽きてしまう。そこで、僕に課されたのが「より低温を実現できて低コストで運用できるチャンバーを作れ」というかなり無茶な仕事だった。

実はこのチャンバーの開発には前任者がいた。しかしその困難さから中途半端な状態で放置されていた。そこにサーマルエンジニアとして僕、もう一人メカニカルエンジニアが投入された。僕らの使命はチャンバーを完成まで持っていくことだった。

僕らはアイディアを出し合い、熱モデルを作りシミュレーションを回して結果を検証し、試行錯誤を繰り返した。問題は大きなシステムなのでどの部分の設計をいじれば効果的に温度を下げることができるか断定するのに時間がかかることだった。プロジェクトスケジュールの都合上、デザインにかけられる時間は限られていたので焦りもあったが、地道に、しかしできるだけ素早く一つずつのファクターを検証していった。すると、あるとき決定的なパラメータを発見し劇的にパフォーマンスを改善することができた。

チャンバーの温度は目標の-200℃を大きく下回る-230℃を達成し、僕らはJPL史上最も到達温度の低いチャンバーを設計することに成功した。この成果がプロジェクト内外で評価してもらえて、僕らはJPLの新人賞と言われているディスカバリー賞をもらうことまでできた。

GCも「この調子ならレギュラーにコンバートされるのもすぐだろう。」と喜んでくれた。GCやEにも少しは恩返しができただろうかと僕もホッとした。

焦り、不安

思うように働くことができ始めて、とても楽しくなってきていたし、周りから評価してもらえることも素直にうれしかった。

しかし、一向にレギュラーにコンバートされる気配はなかった。そのころJPLでは職員の数が増えすぎたことで、NASA本部からの指令で雇用が止められており、内部の人間でもコンバートするのが難しかったようだ。

僕はまた少しづつ焦りを感じ始めていた。その頃にはJPL全体としての忙しさはピークを過ぎつつあり、6000人いる職員を3年かけて5500人まで減らすという噂も聞こえてきた。そうなれば外国人でテンポラリーの僕なんかはその500人に入る可能性はある。せっかく夢を叶えてこの舞台までたどり着いたのに、ここで日本に帰らなければならないのだろうか。不安は日に日に募っていった。

自分の力ではどうにもできないことに苛立ちも覚えたが、とにかく今は目の前にあることにベストを尽くし続けることだと自分に言い聞かせた。

来週までにタトゥーいれてきて

同じ部署の友人MがJPLを辞めるという知らせを聞いた。Mは僕と同い年で、初めてJPLに見学に来た時から知っているので付き合いは長い。一緒にランチをとったりする仲の良い友達の一人だった。しかも彼は仕事ができた。Mars 2020のプロジェクトでエース的なポジションを任せられており、僕もとても尊敬していた。

奥さんが別の土地でいいジョブオファーをもらったから、家族一緒に暮らすためにJPLを辞めてついて行くそうだ。もし自分だったら家族と暮らすために夢だった仕事を諦められるだろうかと考えさせられたが、彼はそう決めたようだ。彼ならどこに行っても大丈夫だろう。

そんなとき僕にも転機が訪れた。

Mars 2020 RoverはJPLの中でも”キング”と称されるほど大きいフライトプロジェクトだ。そのサーマルチームの頂点に君臨するのは女王L。彼女はJPL初の火星ローバー、マーズパスファインダーの時代から開発をリードしてきた人でMars 2020が彼女にとっては5台目のローバーになる。

ある日Lに急に呼び出された。

彼女は僕の目を真っ直ぐに見てこう告げた。
「Mの抜けたポジションに入って欲しい。もしチームに加わってくれるのであれば、来週までに M A R S ってタトゥーいれてきて。」

タトゥーはもちろん比喩だがこのプロジェクトに全てを捧げろという意味だ。正直、僕は迷った。火星ローバーに憧れてJPLを目指したものの、自分には縁がないと思っていたからだ。それにJPLの中では火星とエウロパがライバル的な関係にあり、その時点では僕自身をエウロパ側の人間だと思っていた。

しかし、あの日見たキュリオシティの火星着陸のシーンが頭をよぎった。僕もあの瞬間に立ち会えるかもしれない。自分の正直な気持ちには逆らえなかった。3日置いてLに返事をした。

「タトゥーはいれてないけど大丈夫ですか?」

Lは笑って言った。
「本気にしちゃったらどうしようかと思ってた。」

人類が初めて手にする火星の土

Mars 2020の見た目はキュリオシティとそっくりだ。一番の大きな違いは、火星の岩石をドリルで削り、サンプルチューブに詰めて地表に置いてくるためのシステムが搭載されていることだろう。将来、別のローバーがこれを拾い集め、地球へとサンプルリターンする計画だ。うまくいけばこれが人類が初めて手にする火星の土になる。

僕の仕事はそのサンプル採集システムの製造と熱試験だ。

Credit: NASA/JPL
Mars 2020 Rover。将来のサンプルリターンに向け、火星の岩石を採集し、サンプルチューブに詰めて火星地表に置いてくる。これが人類が初めて手にする火星の土になるかもしれない。

 

フライトプロジェクトでは、みんなが決められたスケジュールでハードウェアを完成させようと必死で、ミーティングではまくし立てて喋る。知っておくべき情報が膨大だ。そのうえネジ一本についてまで把握しておく必要がある。曖昧な返事は許されない。専門分野のスキルに加えて、情報の把握・整理、コミュニケーション能力、正確なスケジューリングが必要とされる。

慣れないフライトプロジェクトでの仕事は大変だった。働きはじめた当初は、またまだ自分がチームに貢献しているとはお世辞にも言える状況ではなく、自信が持てなかった。

右も左もわからない環境で、できるだけ早く戦力になろうともがいていた。自分が火星ローバーを作っていることを忘れるくらい必死だった。ニュースサイトでMars 2020の写真を見ても、いま自分が作っているものだとは到底思えなかった。

ただ、夜空に光る赤い点を見つけるたびに「あそこに飛んでいく探査機を作っているんだ」と勇気づけられ、また次の日頑張る力が湧いた。

君を雇ったときにミスをした

Mars 2020のプロジェクトで働き始めて半年がたち、何とか自分が思うように仕事を進められるようになってきた。それと同時に熱試験のスケジュールが近づいてきて忙しさは日々増していた。

そんなある日、GCが急に僕のデスクに来てこう告げた。「最近の仕事状況を整理して15分後にオフィスに来てくれ。」

心当たりはあった。Mars 2020が始まってから明らかに仕事を持ちすぎていた。きっとそのことに関して注意を受けるのだろうと思った。しかしGCがそんなこと言うなど今まで一度もなかったので少しドキドキしていた。

GCのオフィスに行くと、少し焦っている様子で仕事状況を確認してきた。いつものGCとは明らかに様子が違う。すると、
「よし、セクションマネージャーの部屋に行こう。」

部屋に向かって歩いているとき、僕はハラハラしていた。そんな大事になっているとは…今度から自分のマネジメントはもっとしっかりしようと、すでに反省していた。

部屋に入るとセクションマネージャーがとても神妙な顔をしてデスクに座っている。
「かけなさい。」

僕は言われるがままに椅子に掛ける。

「忙しいか?」

「彼は少し仕事を抱えすぎなようです。」GCが言う。

「忙しいですけど、すべての仕事を期日までには終わらせています。」僕は精一杯弁解した。

セクションマネージャーは深くうなずいた後こう言った。

「君を雇ったときにミスをした。」

血の気が引いた。一瞬の沈黙が永遠に感じられた。

「君を雇ったときにミスをした。テンポラリーではなく、最初からレギュラーで雇うべきだった。私の誤ちを許してくれ。君をレギュラーにコンバートする。おめでとう。」

体の力が抜けた。それと同時に自分に圧しかかっていた何かから解放されるのを感じた。

隣に座っていたGCを見るとニヤニヤと笑って言った「おめでとう!」

この二人のおっさんに飛びついて全力でハグしたい気分だったが、その気持ちを抑えて「ありがとうございます、さらに貢献できるように頑張ります」と伝え、固い握手だけ交わし部屋を出た。
本当のスタート地点

自分のオフィスに戻った僕の目からは自然に涙があふれていた。自分でもびっくりした。この一年半、NASAをクビになるかもしれないという不安や焦り、どうにもできない苛立ちに押しつぶされそうになる日もあった。それを支えてくれたのは僕がNASAで働くという夢を後押ししてくれた家族、大学の先生、そしてGCやE、ともに働く仲間たちだ。

ようやく本当のスタート地点に立てた。

僕は今、NASAという大きな組織の一員として、毎日充実した日々を過ごしている。うまくいかないこともあるし、まだまだ一人前だとも思わない。だけど、この夢の舞台で人生をかけてこの仕事に取り組んでいる。これからどんな試練が待ち受けているだろうか。そのワクワクする思いを持って、まずはMars 2020の打ち上げの日を目指して突き進みたい。

 

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▼ NASAで働くことになったいきさつはこちら。

「日本人がNASAで働くには 」2019年1月13日『note』
https://note.com/takurodaimaru/n/n17e74fc49339

 

▼ Mars 2020 Roverの開発に参加したエピソードはこちら。

「NASAの惑星探査ロボットは人の心で動く 」2020年4月5日『note』
https://note.com/takurodaimaru/n/n17e74fc49339

 
執筆: この記事は大丸 拓郎さんの『note』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2020年5月9日時点のものです。

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