『千日の瑠璃』67日目——私は手紙だ。(丸山健二小説連載)

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私は手紙だ。

思いが募って書かずにはいられなくなったものの、何をどう書いていいのか見当すらつかないまま投げ出された手紙だ。午前中いっぱいかけて数十行に及ぶまわりくどい文章が作られ、ああでもないこうでもないと並べ替えられたが、結局全部棄てられてしまった。友人でも知人でもなく、顔見知りというわけでもない相手の気持ちを、私だけに頼って引きつけようなどという考えが土台無茶だったのだ。中学生や高校生ならまだしも、三十歳の女のすることではなかった。

だが、あの男のことが念頭を離れない世一の姉は、決して諦めなかった。相変らず利用者がなくてがらんとしている図書館の片隅で冷えた弁当をつつき、石油ストーブの上で沸かした湯をすすりながら、尚も私をいじくり回した。彼女はときどき丘の上のわが家を見上げ、雪の坂道を歩いて登り降りする日々にぞっとし、気抜けしそうになり、気を取り直してまた新しい文章に挑んだ。

そうこうしているうちに、彼女ははたと思いついた。本を利用してきっかけを作ろう、と。たとえば溶接に関した本や薪ストーブのことが記載された本といっしょに私を添えれば、さほど不自然ではないだろうと考えた。そして彼女は、夕方まであちこちの棚を捜した。しかしそうした類いの本は一冊も見つからず、日が沈むと私はただの紙屑となり、三十女のつくため息のなかへ投げこまれた。
(12・6・火)

丸山健二×ガジェット通信

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