非道な犯罪者の殺し合い祭りに興奮!『七つの墓碑』

非道な犯罪者の殺し合い祭りに興奮!『七つの墓碑』

 刑務所帰りの男対謎の連続殺人鬼、これすなわち興奮っ。

 非道な犯罪者同士が、たがいの真意を隠したままで目的に向けて突き進んでいく話なのだ。築かれる死体の山、山、山。身の程知らずの襲撃者を逆に半殺しにして、ぐうすか眠ってしまう主人公は常人の神経からかけ離れすぎていて、畏怖の念すら覚える。こういう犯罪小説を読みたかったのだ。野蛮なやつらの殺し合い祭りだ。

『七つの墓碑』(ハヤカワ文庫NV)は、ローマ生まれの作家イーゴル・デ・アミーチスのデビュー作である。無惨な情景から物語は始まる。自らの名を刻まれた墓碑の前で、一人の男が喉を掻き切られていたのだ。「元帥(マレシャッロ)」ことヴィットリアーノ・エスポージトという名のその死者は、ナポリの犯罪組織では知られた顏だった。その場にあった墓碑は他に六つ、ヴィットリアーノ以外のものは名前と生年月日のみで、命日は記載されていない。あと六つの死体が墓碑のために準備されるだろうことを現場の状況は物語っていた。

 墓に名を刻まれた男の一人、「突撃砲(テイラドリット)」ことミケーレ・ヴィジランテは、襲撃者から最も遠い場所にいた。塀の中である。何年もの間、イタリア国内の刑務所を転々としてきたのだ。しかし刑期短縮が決まり、晴れて自由の身となる。今は亡き両親の家を訪ねたミケーレの元に、見知らぬ若者が二人やってきた。かつての仲間であり、今はナポリ犯罪組織を束ねる「ペッペ・オ・枢機卿(カルディナーレ)」の使いだ。口のきき方を知らない若僧に腹を立て、ミケーレはそいつらをぶちのめす。かつてマンマが温かい夕食を作ってくれたその家で。かび臭い廃墟の床を血しぶきが染める。

 ここまでが第一章、話はほんのとば口にすぎない。全八章のこの長篇では、各章の冒頭で新たな犠牲者が出る場面が描かれる。七つの墓碑に命日を刻まれる悪党どもだ。墓掘り男とあだなされるようになった連続殺人犯を追うのは、ナポリ県警機動捜査隊所属の腕利き、カルミネ・ロプレスティ警部である。相棒として組まされたのが、退職して年金を迎えるまであと何日か数えているだけの日和見主義者、ニコラ・コッリエーリ主任警部なのでロプレスティはおおいに腐るが、持ち前の情報網を活かして見えない殺人者を追っていく。ミケーレとロプレスティ、根っからの犯罪者と警察官という異なる二つの視点を使って、作者は事件を追っていくのである。

 影の主役というべき墓掘り男はもちろん表に出てこない。犠牲者が札付きの悪党ばかりなのはともかく、続けて殺されなければならない理由は不明なので、本篇にはミッシング・リンクもの、つまり連続殺人の動機捜しの味がある。真意がわからないのは標的の一人であるミケーレも同様で、最初から何かを隠しているようなのである。一方の視点人物であるロプレスティも、名うての職業犯罪者を相手にしてきただけあって、表には出せない顔の存在を感じさせる。肚の内の読めない男たちが動き回り、その結果としてごろごろ死体が出る、というのが全体の四分の三くらいまでの展開だ。その間読者は、野獣のような男たちの行動を、固唾を呑みながら見守ることになる。サファリ・クルージングみたいな読書体験である。

 本書で最も魅力的なのは、まだ若く猛々しかったころのミケーレが、獄中で「虐殺者(ピノチェト)」こと、ドン・チーロ・スクイランテと同房になる場面だろう。すでに老境に入ったこの大先輩はミケーレに本を読むことを教えるのである。そこからミケーレは読書好きになり、本に描かれた人間に自らを重ね合わせて、自らを客観視することを学ぶのだ。理性も何もなく、当たるを幸いに他人を傷つけてきた男が本に触れることで内面に向き合うことを知る。そのために生じた変化が、ミケーレの運命を決定づけることになる。読書がこれほど重要な意味を持つ犯罪小説というのは、ちょっと珍しい。

「どんな話なんですか?」ミケーレはコーヒーを飲んだ。
「言えない」
 若きカモッラ構成員は好奇心をそそられて相手を見た。
「本は語って聞かせるものではない。読むものだ」年老いたボスは言った。
「でも、読んだことないんです。好きじゃないんで。読めないし。すぐに飽きて、おれには向いてない」
 ドン・チーロは笑みを浮かべて彼を見た。「どれだけ言いわけを並べるんだ。読みたくないなら、それで構わないじゃないか。だが、この本はおもしろい。おまえも気に入るだろう」

 この場面だけではなく、作中の刑務所描写があまりに魅力的なので思わず服役したくなった、というのは嘘だけど本当に細部までよく書かれている。

 実は作者は、刑務警察の警視長という責任ある職務に就くかたわら、妻と共にジュニア小説の執筆に携わってきた人物なのだそうだ。単独での執筆は本書が最初である。それにしては筆はこびがこなれており、上記のような本に関するものなど、構成要素も吟味されていて、読んで心地良ささえ感じる。このわくわく暴力ランドに君もおいでよ。

(杉江松恋)

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