〈暦法〉宇宙国家への異端の侵攻。めくるめく展開のスペースオペラ。
エキゾチックな設定のもとで展開されるモダン・スペースオペラ。原書は2016年に刊行され、ローカス賞第一長篇部門を受賞している。
数学と暦によって構成される体系〈暦法〉—-物理法則を凌駕する超テクノロジー—-によって、星間に専制国家を築いた〈六連合〉。その要衝である巨大都市・尖針砦が、異端の何者かによって暦法腐食(異質な暦による論理体系擾乱とでも言えばよいか)を受けた。異端の正体は不明だ。
尖針砦を奪還するために抜擢されたのが、辺境惑星出身の軍人で高等数学の能力を備えたケル・チェリスである。彼女は軍事作戦のプレゼンテーションで、どんな武器よりもひとりの男シュオス・ジェダオを利用すべきだと提案する。ジェダオは〈六連合〉の元司令官であり戦略の天才と讃えられた人物だが、敵味方の区別なく百万人以上を虐殺した咎で、三百九十八年ものあいだ、身体を剥奪された状態で監禁されていた。
チェリスはその身体にジェダオの精神を同居させ、軍勢を率い、尖針砦へと向かう。
物語のなかで〈暦法〉をはじめ夥しい造語が繰りだされるが、これらはルーディ・ラッカーの作品のように数学的意味があるものではなく、あくまで意匠にすぎない。ストーリーを追うのに特別な知識は不要だ。
さて、プロットの主軸は次のふたつ。
ひとつはチェリス/ジェダオが、どのような戦術で異端を攻略していくか。異端の出方を探りながらであり、戦況は局面ごとに変わっていく。
もうひとつは、チェリスとジェダオとのあいだの拮抗だ。チェリスにとってジェダオは強力な参謀であると同時に、油断がならぬ相手でもある。なにしろ彼が過去に起こした虐殺の動機がわからぬままなのだ。
味方対敵というわかりやすい図式が崩れるのは、中盤をすぎてから。異端に関する情報がチェリスのもとに徐々に集まってくる。それに基づき、チェリスとジェダオは次のようなやりとりをする。
「きみは読解力がないらしい。異端の資料にあった”マーケティング調査”や”人口データ”を覚えているか? あれは投票を意味していたんだよ。そして彼女は”民の代表”といった。つまり民主主義が芽生えているということだ」
「え? 民、主……」
ジェダオはため息をついた。「不明瞭で実験的な政治形態だ。住民がリーダーや政策を投票によって決める」
チェリスには想像もつかなかった。そんなやり方で、安定した統治ができるのだろうか。
このあたりからチェリスは、目の前にある尖針砦の奪還だけではなく、自分の背後にある〈六連合〉のありかたに意識をむけていく。それが終盤、まさかの急展開へとつながっていく。詳しくふれるわけにはいかないが、ぼくが連想したのはアニメ『翠星のガルガンティア』である。
この作品は三部作の開幕篇にあたる。第二部と第三部も邦訳の予定だ。
(牧眞司)
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