「どこの世界にこんな奇妙な話があるかしら」自分の一周忌の支度を自分で!? ついに巡り巡って明かされた真実~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

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あれから一年…消えた私、忘れられない記憶

自殺未遂からの昏睡、快復からの出家と、激動の一年を過ごした浮舟は小野の里で新年を迎えます。雪に閉ざされた山では、凍った川の水からはせせらぎの音も聞こえません。

その風景に思い出すのは、匂宮と共に川を下り、ふたり過ごしたあの時のこと。「君にぞ惑う道に惑わず」と物狂おしく迫ってきた宮に流されてしまった、それがすべての間違いだった……。今となっては後悔だけが残りますが、ただあの時見たこと、聞いたことはまざまざと甦ります。

「かきくらす野山の雪をながめても ふりにしことぞ今日も悲しき」。勤行の合間にこう書きつける浮舟。「それでも彼女が寝室の近くの紅梅を愛でるのは、やはり宮のことが忘れられないからだろうか」と作者は突っ込みます。仏様のお供えに紅梅の枝を切らせると、それはまるで恨み言を言うかのように花を散らし、一層強く匂い立つのです。

「袖触れし人こそ見えね花の香の それかと匂ふ春のあけぼの」。姿はどこにもないのに、まるであの方がやってきたときのように香る春の夜明け……。あれからもう一年。年も改まったが、今頃自分のことを思い出している人もいることだろうと、浮舟は思いを馳せます。

何気なく聞いた会話から…世にも奇妙な展開に仰天

雪深く、人気も絶えた小野の庵に、珍しくお客さんがきました。この人は大尼君の孫で、紀伊守(きのかみ)の任に就いています。年齢は30歳くらいで、なかなかイケメン。それを誇ってかちょっと自慢げな雰囲気です。

「おばあちゃん、お元気でしたか。去年や一昨年はどうでしたか?」。しかし大尼君は誰だかよくわからないらしく、あまり会話になりません。仕方なく彼は叔母の尼君の方へ。

「すっかり年を取ってしまったのが残念ですね。僕は両親が死んだ後、おばあちゃんに育ててもらったので、親代わりだと思っているんですが、任地に居なければならないので申し訳ない。ところで、常陸の北の方からは連絡が来ましたか?

浮舟は久々に聞く「常陸」という言葉に耳を止めます。自分の親はもう任期が明けたので、会話に出てくるのは別人とはわかっているのですが、なんだか親の名前が呼ばれているようで気になり、聞くともなく会話を聞くことになりました。そういうことってありますよね。ところが、更に驚くべき名前が彼の口から飛び出します。

「……上京してからもバタバタと忙しくて。昨日もこちらへ伺おうと思っていたんですが、薫の右大将さまのお供で宇治へ行くことになりましてね。一日そっちにいました。

なんでも、宇治の故・八の宮様のお住まいだった所で、薫の君はそちらの姫君にお通いになっていたそうですが、その方は亡くなられて。その後、妹君を住まわせていらっしゃったのですが、その方もまた、去年の春に亡くなられたのだそうです」。

浮舟に動揺が走ります。でも人に見られたら怪しまれると、気取られぬように必死に部屋の奥を向いて座っているのが精一杯。それにしても世間は狭いと思うとドキドキです。

「あの俗聖の八の宮さまには、たしか姫君はおふたりと聞いていたのだけど、では匂宮さまとご結婚された方はどなた?」と尼君。

「ああ、薫さまが最初にお通いになったのが長女の姫君で、次の方はどうも脇腹の姫君だったようですよ。ですから、特に表立ったお扱いはしなかったようですが、たいそう悲しんでおられましてね……。亡くなられた直後のお悲しみぶりは大変なもので、いよいよ出家なさるのではないかと思われたほどです。

昨日もお気の毒なことでした。川際を覗き込んで、ひどく泣いておられました。お部屋に上がって柱に書きつけられたのが、「見し人は影もとまらぬ水の上に 落ちそう涙いとどせきあえず」というのでした。感情をお口に出される方でない分、そのお姿から悲しみがにじみ出て……。

私は小さい頃から殿のお世話になったものですから、本当にこの方以上に素晴らしい人はいないと思って、何があっても殿にお仕えすると心を決めているんですが、あのクールな方があんなに悲しまれるなんて。あのおいたわしい様子を見たら、特に女性なんかは心を動かさずにいられないでしょうねえ

つきましては、その方の一周忌がもうすぐだと言うので、法要に使う女性用の装束の仕立てを手伝っていただきたいんです。反物などはこちらで急いで用意しますから」。

こうして紀伊守は、夕霧や匂宮の評判も“まるで誰かが教えたかのように”ひと通りしゃべって帰っていきました。衣装を頼まれた尼女房たちは早速お裁縫に取り掛かり、浮舟にも声をかけます。

「こちらをお願いします。姫君は裾の処理などがとてもお上手ですから」。でも、これって私の一周忌の衣装なのよね……。一体どこの世界に、自分の一周忌の支度を自分でする人がいるだろう? 目の前で仕立てられていく衣装を見ても、とても妙な気分です。

薫が今も自分を想ってくれていると思うと感慨深くもあるし、何より実母の悲嘆を思うとつらい。かといって、尼姿を見せても何になろう。あまりに奇妙な展開に、浮舟は平静を装って裁縫を手伝う気になれず、臥せってしまいます。

心配した尼君はお裁縫そっちのけで浮舟に駆け寄り「どうなさったの?」。そして紅色に桜色の華やかな織物を着せかけて「あなたにはこんな綺麗な色のご衣装を着ていただきたかったのにね。墨染めの暗い色目ばかりになってしまって」

浮舟は「尼衣かわれる身にやありし日の 形見に袖をかけて偲ばむ」。尼の法衣を切る身の上になったが、華やかな衣を在りし日の形見にかけて偲ぶことだ……。

でもこうなると身バレも時間の問題。そうなると尼君は情報をかき集めた挙げ句、私が今まで黙っていたと怒るだろう。ともかく知らぬ存ぜぬで通すしかない。「昔のことはすっかり忘れてしまいましたが、こういった衣装を見るにつけても、なんだか胸に迫るものがございまして」

案の定、尼君は親のことなどをあれこれと聞いてきましたが、浮舟はすっとぼけて切り抜け、この衣装で法要される女性が自分であると知られぬように振る舞います。

巡り巡って……ついに彼が知ることになった“真実”

おかげで(?)無事に浮舟の一周忌が営まれました。亡骸のないままの葬儀からはや一年。せめてもの罪滅ぼしにと、薫は浮舟の弟・子君を元服させてやり、また弟たちの中で器量の良い子はそばで召し使う予定です。

雨のそぼ降る日、薫は中宮のもとへ伺候していました。あまり女房たちもおらず、しんみりした話をするにはふさわしい日でした。

先日、例の悲しい思い出の残る土地に久々に行きまして、あらためて世の無常というものを痛感いたしました。宇治での件は、私に早く仏道に入るよう促すために、こういった出来事を御仏が用意されていたのではないかと思われました」。

中宮は弟が落胆するのを見てかわいそうになり、あの僧都から聞いた話を思い出します。「その土地にはなにか悪い物の怪でも憑いているのかしら。その方はどのようにして亡くなられたの?」

「そうかもしれません。人里離れた寂しい場所に魔物が住み着くとか言いますしね。確かに、普通の死に方ではありませんでした」。

中宮はそれ以上の質問を避け、薫と仲良しの女房・小宰相の君にそっと耳打ちしました。「あなたから薫に、僧都から聞いたことを教えておあげなさい。それとなく、話のついでにでも」

「でも、中宮様が仰れないことを私がどうして言えるでしょう。私はまったくの他人ですし……」。

「それもケースバイケースというものよ。私は薫と匂宮が三角関係に陥ったことも、それを苦に女性が自殺なさったこともすでに知っています。そして、僧都の話から、彼女が出家なさったこともね。

今なお悲しみに暮れる薫があまりにあわれで、思わず口にしてしまいそうになったけれど……でも、息子(匂宮)がしたことを思うと、私が言うべきではないと思うから」。

小宰相は中宮の心遣いを実にスマートなものだと思い、感心しました。そして早速、薫が自分の部屋に来た時にこのことを伝えます。

屈辱・疑心・怒り・期待……真相を確かめるための出立

死んだとばかり思っていたあの浮舟が生きている! しかもすでに出家して……。もっと詳しいことが知りたいが、すでに世を捨てた女を追いかけていくというのも物笑いだし、まして匂宮が嗅ぎつけないことがあろうか。そうなれば仏道修行どころではない。三角関係の再燃が待っているだけ……。

そして再び頭をもたげてくるのは疑心。(中宮はずっと前からご存知だったのに、なぜすぐに教えてくれなかった? それももしかすると、匂宮がすでに浮舟の居場所を押さえていて、「薫にだけは知らせてくれるな」と泣きついていたからかも知れない!

匂宮が浮舟と続いているのであれば、僕はもう絶対に関わり合いにはなりたくない。心では彼女のことを諦めきれていないとしても……。いつか遠い将来、また浮舟と静かに語り合えるチャンスが来るかも知れない。ともかく愛人としての彼女を取り戻そうとは思うまい)。屈辱、疑心、怒り、そして期待。いろいろな感情が彼の中に再び蘇ります。

こう思いつつも、匂宮がこの事を知っているのかどうかが気になる薫は、再び中宮のもとへ。薫の言いたいことを理解した中宮は「宮が知っている、などということは絶対にありません。私はあの子のどうしようもない性格に本当に困り果てています」と関与を否定。

しっかり者の中宮がペラペラ口外しているはずもないので、このことを知っているのは本当に中宮と、小宰相だけだろうと思われます。

というわけで、寝ても覚めても浮舟のことばかりになった薫は、用事のついでに僧都のもとを訪れることにしました。情報は得たものの、詳しいことは何もわからないまま。薫は逸る心で山を目指します。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

(執筆者: 相澤マイコ)

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